041107病院前ACLSは無意味

 
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最新救急事情



041107病院前ACLSは無意味

 最新救急事情
 病院前ACLSは無意味
 
 救急救命士の気管挿管解禁に続く薬剤投与解禁をにらみ、病院前ACLSがJPTECに続く現在プレホスピタル・ケア領域のトピックスになっている。心停止患者に対して病院に到着する前に静脈を確保しアドレナリンに代表される循環作動薬を投与することによって心拍再開率を向上させようというのが薬剤投与の目的であり、病院前ACLSの基本である。ところが、病院前ACLSに否定的な論文がこの8月にThe New England Journal of Medicine (NEJM)に発表された。
 
 病院前ACLSでは生存率は変わらない
 

 この論文は、オンタリオ州とその周辺2500万人を対象に8年間にわたって行われた研究の報告である。実際に病院外心停止となり研究対象になったのは5600人,平均年齢は69歳である。
 研究は2段階に分けて行われた。初めの1年間は除細動のみで病院前ACLSを行わなかった。次の3年間は病院前ACLSを行った。いろいろな郡で開始時期が異なったため、全体としては8年間の研究期間となっている。病院前ACLSの内容は救急救命士による気管挿管、点滴、循環作動薬投与である。
 結果として、病院前ACLSなし群の対象患者数は1400人、病院前ACLSあり群は4200人であった。バイスタンダーによる処置や心電図装着時の心電図波形の有無とその形状、除細動までの時間は両群で差はなかった。病院前ACLSあり群では、気管挿管の成功率94%、点滴の成功率89%、アドレナリンの投与率96%と優秀な成績であった。
 時間的経過を見てみると、覚知、現着、現場から病院への移送時間は両群で差がなかった。差があったのは現場での滞在時間で、病院前ACLSなし群では平均9分であったのに対して、病院前ACLSあり群では22分かかった。
 患者の転帰に関する事項では、心拍再開が病院前ACLSなし群13%あり群18%で有意差あり、入院できた患者の割合が病院前ACLSなし群で11%あり群で15%でこれも有意差あり。しかし生存退院できた割合が病院前ACLSなし群あり群ともに5%、生存者の脳機能スコア1(脳機能正常)と1年後の生活水準指数も差がなかった。
 
 救命の輪の軽重
 

 筆者らはまた、救命の輪について論じている。ここでの救命の輪とはガイドライン2000の挿絵で示された「素早い通報」「素早いCPR」「素早い除細動」「素早いACLS」を指す。生存退院者を対象とした筆者らの結果によれば、最も大切なのが「素早い通報」で、素早い通報がない場合に対するオッズは4.4倍、次が「素早いCPR」の3.7倍、「素早い除細動」が3.4倍であった。ちなみに「素早いACLS」は1.1倍であった。
 

 病院前ACLSに金は出せない

 筆者らは言う。「この結果は、懐疑主義者の「病院前ACLSで助けたとしても救急外来とCCUを賑わすだけだ」という意見に論拠を与えるものである。心拍が再開して病院にたどり着けさえすれば、楽観主義者なら生存率が上がったと考えるだろうし、実際に今関心を持たれている脳低体温療法は生存率を上げるかもしれない。しかし我々は心停止患者の転帰を評価する物差しは生存退院患者の割合であり、どの程度神経学的に回復したかの評価であると信じる」。さらに病院前ACLSの導入前後で生存退院率がどう変化したか経時的にグラフで表し、病院前ACLSを導入してもそれ以前と生存率が変化していないことを見せている。これはまた、研究期間の8年間で治療法に進歩がない証でもある。
 現在まで発表された病院前ACLS文献については、メタアナライシス(EBMの時の統計手法)の文献では病院前救急システムに病院前ACLSを導入する利点はないとしていること、病院前ACLSが有効であるとした文献では救命の輪のうちの2つの輪、「素早いCPR」と「素早い除細動」が病院前ACLSあり群となし群でマッチしていないことを挙げている。「我々のデータでは病院前ACLSプログラムの価値を見いだせなかった」とし、「病院前ACLSを導入して我々のデータより高い生存率を示している都市では皆我々の地域よりバイスタンダーCPRの割合が高い」のであって、「地域に病院前ACLSを導入する利点は、搬送時間が長くなることとで、その他は不明」と皮肉を述べている。
 筆者らの結論は実に明快である。「行政官は(教育費用など金のかかる)病院前ACLSよりはるかに有効な輪、バイスタンダーCPRと除細動に(限りある)資源を投入するべきだ」
 
 

 どう受け取るか
 

 さすが臨床雑誌の最高峰、NEJMに採用されただけあってその質は素晴らしい。アラを探すとすれば、脳機能が完全回復した人だけを比較していて、軽度や中等度の障害の残る人の割合を無視していたり、群分けをランダムに行っていないことくらいである。
 この論文を胆振東部地区救命会で紹介したところ二つの反応が返って来た。大多数は「病院前ACLSを学ぼうとしていたのに意味がないのか」という落胆だった。JPTECが一巡し、これから病院前ACLSの時代だと意気込んでいた若い救急隊員にはとりわけ厳しかったようだ。残りが「心臓が動いていれば生きていると考え、心臓の動いているうちに一目会いたいとする日本の感情にはそぐわない」というものだった。
 私には現在の病院前ACLSの普及運動を否定する気はない。生存率上昇という一つの目標に向かって多くの救急隊員の意識を高めるのに有効だと思っているし、病院前ACLSを学ぶ過程で身に付く様々な知識が必ず現場で役立つからだ。
 
 

 標準課程も救命士も対等
 

 しかしそれより強く思うのは、救急救命士の資格がなくても傷病者を救命するには十分条件を満たすということである。
 前回のこの項では気管挿管が無意味だという論文を紹介した。今回は点滴と薬を否定するものである。さらに除細動はもうすぐ一般人でも行える。
 では、救命士ではないあなたが「自分は救命士ではないから」と自分を卑下する理由はどこにあるのか。救命においてはあなたも救命士と対等なのである。自信を持とうではないか。
 
 引用文献
 N Eng J Med 2004;351:647-56
 


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