050504よっこいしょ

 
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050504よっこいしょ

よっこいしょ

作:ゴマちゃん

 「リリリン、リリリン」とベルが鳴って、相手は指令員だった。「どうも、○○でした。」「どうしたの。」「いやー、緊急通報システムからの要請なんだけどね。」「え、それじゃ、救急じゃないの。」「いや、また、○○さんからなんだけどね・・・・」「ふーん、分かった。行ってくるわ。」と、受話器を置くと白衣を着て救急車に乗り込んだ。

 消防職員にとっては、良く経験する当たり前のことであるが、消防車や救急車はいつもサイレンを鳴らして走るわけではない。いわゆる、相談とか苦情処理といった出向業務である。例えば幼児がトイレに入って鍵を掛けてしまった(救助出動となることも多いが)とか、猫が木に登って降りられないとか(???)、雪国の人しか分からないかもしれないが玄関の前に雪が積もって出られないとか。[一口メモ:雪国では、すきま風防止のために窓の外側全面を覆うようにビニールを貼る家が多い。そのため冬は窓を開けることができない。出入りは玄関だけが可能となる。そもそも隙間だらけの家なので換気不足にはならない。なお、現在の住宅事情は良いのでそのような家は少なくなった。高気密高断熱住宅!]

 さて、次に当市自慢のシステムだが災害弱者のための緊急通報システムである。導入している消防本部も多いと思うが、高齢者や障害者の一人暮らしなど、いわゆる災害弱者宅に火災センサーとかガスセンサーとか緊急ボタンを設置して、例えば救急要請時にそのボタンを押すと該当者の情報が119番指令台ディスプレイに表示されるとともに、機器内蔵マイクから該当者と会話可能であるといったシステムである。(最近はより進んだシステムもあるらしいが。)

 と、前置きが長くなったがこのときの、要請内容は次のようなものであった。(話の続き)「で、どうしたの。」「○○さんからなんだけどね。またベットから落っこちて動けなくなったみたいなんだよ。怪我はないみたいだし、そんなに急がんでいいから、夜中だし、ピーポーならさんで来て欲しいということなんだ。」ということで、この○○さんは70才の女性なんだけど、慢性全身リューマチ&肥満のためベットから落ちたら立つことが出来ない人で、日頃はベットの上に寝ていて、食事の時は体を起こしベットサイドに座りベットを椅子にして座る。トイレはその姿勢から、ベットサイドのテーブルに手をついて立ち、その横の簡易トイレにじわじわと伝って座り用をたすという暮らしをしている。

 過去に数回同じような救急?要請があるが、いずれも次のようなものであった。○○さんは、いつものように食事もしくはトイレのためにベットに寝た姿勢から体を起こす。ベットサイドに座り、さてテーブルに手をついて立とうとするときに、!、床についた足下が滑り、ちょうど野球のスライディングのように床上に仰臥位となってしまい立つことができなくなってしまうというパターンである。救急隊が到着してベットに戻すかトイレに座らせればそれでおしまいなのだが、その時がまた一苦労である。何分相手は横綱とはいわないが前頭級、しかも全身のリューマチなので手足を支えるとあちこちが痛い。そこでまさに、隊員3名で70才のおばあさん相手に相撲を取っているような形となり腰周りを掴んで「よっこらしょ」となるわけである。

 さて、このときもいつものように玄関を入り「○○さーん」と声を掛け入っていくと、いきなり「何やってんだい、遅いよ。」ときた。「○○さんこそ、急がんでいいから、ピーポならさんで来いって言ったのに。いきなり怒ることはないでしょう。」とこちらが言うと、「急がんで良いって言ったって。こっちはトイレに行きたくて起きようとして転んだんだから。限度があるわい。」ってなもんでした。と、多少のやりとりの後、また3人がかりで体を起こしてトイレに座らすといつものように笑顔にもどった。「それじゃ、用が済むまで、あっちに行ってるから。すんだら言ってね。」と言うと。今度は「気にしないで良いから、いまさらこの年になって、多少見られたからって恥ずかしくもないから。そこにいて良いよ。」ときた。冗談じゃない。○○さんのお尻だからこそ、よけいに見たくないのに・・・と思いながら、用をたすのを待ってベットに移し、転ぶときに動いてしまった椅子やテーブルをまるで1mm単位で修正して帰るのでした。

 ある意味、出動以外で救急隊が出向するときは、楽しい業務は少ないのだが、けして楽しいとは思わないものの、何となくほのぼのとした○○さんのところへの出向業務なのでした。

 その後、自分自身の異動のため○○さんのところに伺うことはなくなったが、最近はどうしているのだろう。出動指令で流れないから分からないが、今もたまに滑って救急隊がいっているのだろうか。再びの異動で○○さんと相撲を取る日のために、鍛えておかなければと思うのであった。


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