071104Scoop and Runを考える

 
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071104Scoop and Runを考える


読者から:

 いつも楽しく拝見(勉強)させて頂いております、本日Scoop and Runを考えるの記事を拝見致しましたが、つい先日にナイフでの刺創の事例に出場しまして現着時には女性がショック状態(意識清明)左側胸部に2cm程度の創(1箇所のみでナイフは抜かれていた)を確認してストレッチャーに直ぐに移し車内収容後に即出発(現場滞在時間2分間)結果的に心タンポナーデでありましたが救命されたようです。

 このように小生もJPTECのインストラクターではありますが、指導内容と実際の現場活動にはギャップを感じており型にはまったL&Gから実際のScoop and Runなどの手段の必要性を感じておる次第です。では簡単な説明ではありましたがこれからもよろしくお願いします。(症例部分管理者改変あり)(2007-12-4 tue)


読者から:

 スクープ&ラン面白く読まさせていただきました。新しいもの全てが正しいという訳ではないですね。また教科書が全てでないのも救急現場です。JPTECはあくまでも外傷初療のお手本。JPTECを勉強し、現場を経験し、そして古き良き物も勉強し、自分で疑問を見つけ解決していく。。。生涯勉強・・・救命に携わるものの宿命です。私もJPTECインストラクターですが、もっと貪欲に救急を降りる日まで勉強を続けていきます。また面白い記事を楽しみにしています。(2007-11-6 tue)


 JPTECのプロバイダーコースでは刃物が刺さっている時の処置の時間がある。そこでは刃物はタオルで固定してログリフトでバックボードに載せましょうと指導される。刃物を固定してからも通常の高エネルギー事故と同じく観察をして、バックボードに固定をして搬送する。そこでふと考える。実際そういう患者がいて、腹の真ん中に刃物が刺さっているとしたら、刃先はきっと大きな血管を傷つけているだろうから、見た瞬間にさっと運ぶべきじゃないのか。

救急医は予後を改善させない

 外傷は病気の中でも特殊なもののようで、救急隊員や病院スタッフの努力が数字となって現れづらい分野である。救急外来のしくみをいくつかの国で比較して、誰が最初に患者を診て処置を行うか比較したが、救急の専門医が治療に当たってもそれ以外の医師が治療に当たっても生存率には関係がない1)。確かに救急専門医が救急外来にいれば見落としは有意に少なくなるのだが、それが転帰に反映されてこない。これは病院だけではなく現場でも同じで、ドクターヘリを現場につぎ込んだとしてもその結果は標準課程の救急隊員が陸を運んだのと差は出ない。自己心拍再開はドクターヘリのほうが率は高いのだがそれが生存率に結びつかない。鈍的外傷についてはヘリコプターで挿管や点滴など高度な処置をしても、人工呼吸と胸骨圧迫だけしていてもこれも生存率には全く影響を及ぼさない2)

滞在時間が予後を決める

 いまのところ外傷患者の生存率を明らかに上げるのは早く運ぶことだけである。現場で処置をすることが無効であることは2000年に報告3)されている。これは多くの論文を集めで比較し直したもので、筆者らは現場もしくは救急車内で点滴や挿管などの高度生命維持(ALS)を行った群と、人工呼吸と胸骨圧迫くらいしか行わなかった基礎生命維持(BLS)群で患者の転帰を比較した。その結果、現場でALSを行うと死亡率が2.6倍にもなることが分かった。これらのことから、JPTECでは外傷では現場滞在時間を極力短くしてすぐ運ぼうと提唱している。

Scoop and Runは百害か

 そこでScoop and Run である。「スクープアンドラン」と読む。scoopは汲み上げること。名詞ではスコップ。JPTECでは何も行わずにストレッチャーなどに患者を載せてすぐさま現場を離れるのをScoop and Runと定義し、悪いものの代表としている。それに対してよいものの代表はLoad and goで、「現場で観察となすべき緊急処置を行い、5分以内で現場を出発する」とJPTECでは定義している。国立病院東京災害医療センターの井上潤一先生によるとScoop and run は「戦場という特殊な状況での話で平時においては一理あるも百害あり4)らしい。

 しかし、とにかく早く運ぶだけが助かる手段である外傷も存在する。代表的なのは穿通創である。アメリカフィラデルフィアからの報告5)では、胸部の穿通創患者の転帰について検討している。対象は救急外来で開胸に至った180例である。これを誰が運んで来たかで二群に分類した。88例は救急隊が運んで来て生存退院したのは8%に対して、92例は警察もしくは知人が病院に運んで来て、生存退院したのが17.4%もあった。この二群の生存率の違いを多因子解析で検討すると、救急隊は全身固定を含めてなんらかの処置を現場で行っているのに対して、警察官らは全く何も行わず病院に担ぎ込んだことが助かった最大要因とされ、scoop and runがload and goに比べ期待生存率を2.63倍高めることが分かった。この結果を受けて著者らは胸部重症患者では現場処置を最小限にするか、全く行わずに素早く病院へ搬送するように求めている。

 穿通創は刃物やアイスピックのような刺さるものに加えて銃創も広義の穿通創となる。銃創では全身固定不要なのは本年6月号で述べた

二次災害と大出血も

 Scoop and Run が患者を助ける例は他にもある。誰もが納得できるのは大災害現場での患者運び出しだろう。エルサレムでの結婚披露宴での爆発テロでは2階と3階の床が抜け落ち400人が落下、310人が負傷し23人が死亡した。この時には二次災害の危険もありどんどん運び出すしかなかった6)

 それと出血が止まらない時も適用になる7)。ショック状態も急激に進行する場合や危機的な低血圧はそのまま何もせずに運ぶ。外科的な止血のみが命を救う唯一の手段であり、全身固定を含めて救急隊員が時間を費やすことは患者のためにならない。ショックであってもまだ血圧が保たれている場合や症状の進行が止まっている場合には現場で処置をする余裕がある。

Load and Goが全てではない

 だから、JPTECセミナーのシナリオステーションで取り上げる病態のいくつか、例えば観察したら腹部膨満が進行して意識が落ちて来たとか包丁が腹に刺さっていてショック状態などはLoad and Goではない。固定を省略し一刻も早く病院にかつぎ込むことだけが助かる方法である。

 高エネルギー外傷すなわちLoad and Goではないし、JPTECで語られるC-ABC(Cとはcervical=頸椎のこと)は患者接触時の順番であって命の順番は意識ABCである。JPTECは教育法の一つに過ぎない。実際に活動するには不断の勉強が必要である。これは、現場に出向く救急隊員でだけでなく、セミナーで教えるインストラクターも、である。

引用文献

1)Prehosp Emerg Care 2005;9;79-84
2)Eur Emerg Med 2006;13;335-9
3)J Trauma 2000;49;584-99
4)http://www.fdma.go.jp/html/new/pdf/no6_sympo_01.pdf
5)J Trauma 2007;63:113-20
6)Prehosp Disaster Med 2007;22:80-2
7)Internist(Berl) 2004;45;267-76


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https://ops.tama.blue/

07.12.5/1:54 PM

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