080306助かるPEAは本当にPEAなのか
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080306助かるPEAは本当にPEAなのか
PEA。Pulseless electrical activityの略であり日本語では「無脈性電気活動」と訳される。以前にはelectromechanical dissociation (EMD, 電気収縮乖離)と呼ばれていた病態で、心電図モニターではQRSが出ているのに脈が触れない状態のことを言う。病院勤務の医者にとっては患者を看取る前に目にするありふれた病態である。今回はPEAについて考察する。
低い救命率
病院外心停止に占めるPEAの割合は約3割と報告されておりそれほどまれな病態ではない。しかしPEAを特徴付けるのはその低い救命率である。報告によってばらつきはあるものの生存率は2.4から11%しかない。これは心室細動(VF)の生存率20%以上と比較してかなり低い数字である。心電図で全く波が出ない心静止と違って曲がりなりにも普通の心電図波形に近いものがモニターに映る。しかし除細動はできないしアドレナリンも効果は薄い。救命に当たる救急隊員の緊張感と虚脱感は想像に難くない。
助かるのはアドレナリン不要例
PEAではどんな症例が助かるかを見ると不思議な傾向が見えてくる。フィンランドでの心停止患者3291例を検討した報告1)を引用する。PEA患者は984例でCPR対象患者の30%であり、PEA患者のうち自脈が復活して病院までたどり着けたのが253例(PEA患者全体の26%)、30日後にも生存していたのがわずか57例(同6%)であった。ではどんな症例が助かるかというと、生きて病院にたどり着くためには患者の年齢性別は関係ない。卒倒の目撃もバイスタンダーCPRも関係ないし現場到着の時間や病院到着までの時間も関係ない。生存できそうなのは原因が心臓以外で、自脈が卒倒から19分以内に回復するすることと、自脈回復までにアドレナリンを使わずにすむことである。でもこれは病院にたどり着くためだけで、30日後にも生存するためにはアドレナリンを使わずに自脈が回復する場合のみ有意に生存が期待できる。
除細動する症例は助からない
PEAからVFに移行すれば除細動が行えるので生存率が高まると私は考えたが、実際にはその逆らしい。アメリカからはPEAもしくは心静止1377例を解析した報告2)が出ている。ここではデータに不備がなかった738例を除細動ができたかどうかで2群に分けた。その結果、4時間後にも生存していたのは除細動を行った症例ではわずか0.6%であったのに対し、除細動をしなかった症例では5%にもなった。
除細動する症例はなぜ助からないのだろう。この報告ではどれくらいの時間で自脈が回復したかもグラフで示している。それによると除細動せずに自脈が回復する症例は除細動した症例群に比べ、自脈の回復が5分から10分早いことが示されている。つまり機械に頼らずとも自分自身で脈を元に戻せる症例が助かるという、当たり前の結果が示されている。考えればフィンランドの報告でもアドレナリンを使わずに自脈が回復するのはすなわち自分自身で脈が戻ったということであり、アメリカの報告と一致するところである。なおフィンランドでの報告でも除細動の有無での比較はしており、こちらでは除細動をしてもしなくても有意差はなかったとしている。アメリカの報告では心静止も症例に含まれているため、それが結果の違いにつながったと思われる。
助かった症例は本当にPEAなのか
もう一つ踏み込んで考えてみる。PEAは心電図でQRSが認められるのに脈が触れない状態である。そのためPEAの理解としては「心臓に電気は流れているのだけど心臓は収縮していない状態」であるし、私もそう思っていた。ところが報告によるとPEAとされた患者の心臓を心エコーで見るとその41%はちゃんと心臓が収縮しているらしい3)。
除細動で予後が悪化するのはこう理解するのが正しいのかもしれない。つまり、PEAからVFになって除細動の適応になるのは、電流に反応できなかった心筋が反応してぴくぴくできるようになったのではなく、触れづらいけど実は普通の脈を打っていた心筋が疲労し統率を失ってVFになったしまったのであると。同じ理屈で、今までに挙げた報告で助かった症例は本当はPEAではなく、だた脈が触れづらかっただけで普通の脈だった(QRSは幅広くはなっているだろうが)可能性を指摘する論文もある1)。
助けるためには覚えやすく
治療についても触れておこう。アメリカ心臓学界AHAでは「5Hs+5Ts」として10種類のPEAの原因を挙げ、患者を診たときにはこれらの原因が隠れていないか検索するように要求している。これは日本のICLSでも教わるので知っている人もいるだろう。しかしこの原因の列挙は覚えづらく、また蘇生現場でとても間に合わないようなものまで含まれている。ヨーロッパ蘇生学会では「4Hs+4Ts」としている。しかし、これには批判もある。緊張した現場で10種類も思い出せるか。普通のヒトの記憶の限界は7つまでだから項目が多すぎる。さらに現場や救急外来でCPRをしながら治療をするには間に合わなそうなものも含まれている。電解質異常なんてすぐに補正できることはまれだろう。このため「3+3」ルールとして覚えやすく原因を整理したものも登場している4)。
PEAの予後はこの20年以上も改善していない。基礎疾患もバイスタンダーCPRも関係ないのなら、これからの改善もかなり難しそうである。
文献
1)Resuscitatiion 2008;76:207-13
2)Resuscitation 2007;74:418-26
3)Chest 1992;101:123-8
4)Crit Care Med 2008;36:391-6
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08.3.6/10:10 PM
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