新連載
講座・特異事例
スキー場での事故
氏名:高野 潤哉
(たかの じゅんや)
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所属:富良野広域連合富良野消防署 山部(やまべ)出張所指導係
出身地:千歳市
消防士拝命:平成20年5月1日
趣味:子育て、読書
はじめに
今回は、過去の事例をもとにスキー場での事例について紹介します。
スキー場における事故は競技種目、競技者のレベル、様々なコースバリエーション、雪質などで様々な様相を呈します。打撲・捻挫や骨折のみの事案が大半を占めており、最近では、ブーツの性能が上がり膝の損傷が増加傾向にあります。多くはスキーパトロール員による適切な固定処置により、そのまま搬送されることが多いのですが、なかには頭蓋内損傷、胸腹部外傷や脊髄損傷など重篤な損傷を起こしている事案も決して少なくありません。また、受傷機転が様々であり、現場において詳細な情報を時間をかけずに得ることが重篤な状態の早期発見に繋がり、さらには一命を取り留めることに繋がっていきます。
受傷部位にとらわれず、広い視野で観察することが大事になってきます。
事例1
スキーパトロール員より60歳代男性がスキー走行中に転倒し、頭部を強打した(写真1)との救急要請*1。
現場到着時、傷病者はパトロール室のベッドに左側臥位(写真2)、主訴はパトロール員より頭部を痛がっていたこと聴取*2。
また、搬送中に嘔吐、その後呼びかけに反応が悪くなってきたとの情報を聴取。意識レベルJCS10で呼びかけにやっと反応する状態、呼吸、脈拍ともに正常、パトロール員の協力を得て車内収容。車内モニターにて脈拍89回、Sp02 91%、手首用血圧計で140/86、観察を継続し医療機関へ到着*3。医師に観察内容を引き継ぎ*4、救急隊は引き揚げました。本事例では転倒による頭部外傷に意識障害が伴った事例です。
事例1解説
*1受傷機転で頭部に衝撃を受けて意識障害を伴っているのであれば、高エネルギー事故であることを念頭に置き活動する必要があります。
*2意識障害がある傷病者では、脊髄損傷や頭蓋内損傷を見逃しやすいので、より慎重に観察を心掛けることが大事です。
*3本事例のように意識障害が引き起こされた場合では、意識レベルの評価を継続的に行うことや神経症状の有無、バイタルサインや随伴症状の観察が重要です。さらに、嘔吐や舌根の沈下に伴い、気道閉塞をきたす場合があるので気道を確保し、呼吸のリズムの異常や低酸素血症に注意を払う必要があります。
*4また、本人や関係者からより正確な受傷時刻からの時間経過や受傷機転を聴取し、医師にしっかりと引き継ぐことが重要です。
事例2
スキー場パトロール員より小学生くらいの子が転倒してお腹を打ったと救急要請。
現場到着時、傷病者はパトロール室内のベッド上に膝屈曲位(写真3)でおり、顔貌蒼白、苦悶表情で臍部周辺の継続的激痛を訴えていました。
関係者よりスキー滑走中によそ見をしていてロープウェイ乗り場付近の鉄製パイプに正面衝突(写真4)し*5、1分間程度の意識消失があったこと聴取。
意識清明、呼吸18回、脈拍85回、スティフネックを装着し膝屈曲位のまま車内へ収容しました。車内モニターにてSp02 99%、血圧95/62、腹部膨満なし、腹部聴診するも雑音なし*6。その後、意識レベルJCS II?10に低下し眠気を訴えました*7。観察を継続し医療機関へ到着。医師に観察内容を引き継ぎ救急隊は引揚げました。後日、医療機関からの書類により、肝破裂ということがわかりました。
事例2解説
*5本事例では、主訴や受傷機転より脊髄損傷の危険性がなかったことで腹部の外傷と判断し、腹痛を軽減する目的で膝屈曲位で搬送しました。
*6傷病者の体表面からの観察のみでは重症度の判断は困難です。実際に異常所見がないのに腹腔内出血が存在することもあり、本事例でも全身観察では腹部膨満や腹部の緊張は見られませんでした。このことからも一度ではなく継続した観察が重要になります。
*7出血性の病態では出血に伴う血圧低下などショックを示すサインを把握するのが大事です。ショック症状がでた場合には、気道確保や酸素投与を実施し、腹部の安静を保ちつつ、ショック体位にすることも考慮しながら保温をして迅速に搬送します。
事例3
スキー場パトロール員より70代男性が転倒し、頭を打って手の痺れを訴えているとの救急要請。
現場到着時、傷病者はパトロール室のベッドに仰臥位。関係者よりスキー滑走中に前のめりになりそのまま転倒*8し(写真5)意識消失したこと聴取。
主訴は両上肢の肘から指先までの痺れで下肢には痺れはみられません*9。意識レベルJCS II-10、その他の外傷等はなし。固定後、パトロール員の協力を得ながら車内へ収容。車内モニターにてSp02 90%*10、脈拍90回、血圧173/127、瞳孔左右差なし3mm、観察を継続し医療機関へ到着、医師に観察内容を引き継ぎ、救急隊は引揚げました。
事例3解説
中心性脊髄損傷は、高齢者に比較的多く、主に交通事故や転落、本事例のようなスポーツ外傷で発症します。過去にプロ野球の選手が中心性脊髄損傷により引退を迫られた例もありました。
*8本事例では、スキー滑走中に前のめりに転倒し、頭部や頸部が過伸展したことで外力が加わり脊髄損傷に至った可能性があり、明らかな強い痺れが両上肢にのみ見られました。
*9通常の脊髄損傷では、上肢と下肢の痺れの程度を比べると下肢の痺れの程度が大きくなることが多いですが、本事例のように下肢には目立った痺れがないのに対し上肢に強い痺れを訴える場合には中心性脊髄損傷を疑います。
*10今回のように頸髄の損傷が疑われる場合には、呼吸障害が認められることもあるため、呼吸苦の有無や呼吸様式の確認を継続して行うことが大事です。
事例4
スキー場隣接ホテル職員よりスキーをしていたお客さんが足首を切ったとの救急要請。
現場到着時、傷病者はホテルのロビーの椅子に座位、スキー滑走中に雪下に隠れていた木に左足を打ちつけアキレス腱を切った*11(写真6)ようだとのこと。
ホテルに隣接したスキー場から関係者の手をかりてホテルまできて救急要請に至ったことを聴取。スキーブーツを履いたままの状態だったので、脱着を試みましたが苦痛を訴えたため、固定を兼ねて履かせたままストレッチャーに乗せ車内へ収容。転倒したときの意識消失はなし、病態変化無く医療機関へ到着、医師に観察内容を引き継ぎ、救急隊は引き揚げました。
事例4解説
*11本事例では本人よりアキレス腱を切ったとの訴えがありましたが、苦痛を訴えたためブーツを脱着できず損傷部位を観察できませんでした。ブーツ以外にもウエアなども脱がすのには大変な苦労が必要ですが、胸腹部の重篤な状態を見逃すことになりかねないので脱着をできるだけ考慮しましょう。傷病者の苦痛をできるかぎり抑えたブーツの脱着方法を後述します。
おわりに
スキー場での事故による救急要請では、生命の危険に直結することも少なくありません。現場に行く私たち救急隊が受傷機転から重症化を予測し、迅速な現場活動を行った上で適切な医療機関を選定することで傷病者の生命を守ることに繋がっていきます。一人でも多くの生命を守りましょう。
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