症例52: 上腸間膜動脈閉塞症

 
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症例52: 上腸間膜動脈閉塞症

87歳女性

脳梗塞とそれに伴う脳血管性認知症のためたびたび入退院を繰り返していた。既往歴として62歳で遠位胃切除。65歳から心房細動。75歳からはイレウスのため年に1度の頻度で入院(写真1)。80歳で左脳梗塞、右片麻痺。脳梗塞は軽症も含め3度発症している。現在は上肢に麻痺が残るものの日常生活はほぼ自立している。

家族と朝食中、突然腹部の痛みを訴えた。直後に嘔吐。今までも何回もイレウスで入院していたため、症状は強いものの今回も同じと考えて夕方まで自宅で仰臥していた。午後5時頃に大量の粘血便が見られたため救急車の出場を依頼した。

現着時、傷病者はトイレ横に座り込んでおり、しきりに腹痛を訴えていた。床にはトマトケチャップ様の便が広がっており家族が始末をしていた。坐位のまま観察。JCS 10。表情苦悶状。顔面は蒼白。血圧は触診で弱い。脈拍は100/分程度。救急車収容後、血圧120/92、脈拍100-130心房細動あり不整。腹部は膨満。弱い筋性防御を認めた。


Q1:考えられる疾患は
Q2:搬送中の注意点は


A1:上腸間膜動脈閉塞症。典型例である。
A2:短時間の搬送では急変する可能性は少ない。腹部の激痛に対して愛護的な対応が望まれる。


解説

上腸間膜動脈閉塞症は現在でも6割から9割が死亡する予後不良の疾患である。命が助かったとしても腸管の多くを切除するために一部の例では生涯中心静脈栄養を必要とする。小腸全体に起こる心筋梗塞と考えてもらえばどれほど重大な病気か理解できるだろう。

発症は多くの場合突然で、腹部の激痛と嘔吐から始まる。激烈な症状の割に腹部は柔らかく所見に欠ける。動脈閉塞が続くと腸管は麻痺し、さらに時間が経つと腸梗塞となって腹膜刺激症状や筋性防御が現れる。上腸間膜動脈を閉塞させるのは半数の症例で塞栓であり、心房細動でできた心房内血栓が動脈を閉塞させることが一番の原因となっている。

本症例では突然の腹痛と嘔吐、大量の粘血便が見られている。また背景に心房細動があった。さらに症状の割に筋性防御などの腹膜刺激症状がないことも上腸間膜動脈閉塞症を支持する。実際の診察では、70歳代までならば強い症状が出るものの、80歳を越えるとそれほど自覚症状がないことも経験する。漫然とした痛みで腹部症状も欠けるとなれば診断は困難である。

本症例は前述した通り典型例と考えられたので、腹部単純写真を撮ったのみ(写真2)で腸管切除のできる病院へ転送している。転送先の病院では造影CTにて上腸間膜動脈の完全閉塞を確認、直ちに開腹手術を行った。腸管の壊死範囲はトライツ靭帯以下の全小腸と上行結腸の一部であり、壊死部の腸管を摘出した。術後意識が回復せず、敗血症を併発して発症4日目に永眠した。

写真1

前年イレウスで入院した際の腹部単純写真。ガスは大腸に限局している。

写真2

今回の腹部単純写真(仰臥位)。ヘビのようにうねっているのは小腸ガス像。正常では小腸にガスを認めることはない。急性腹症では立った状態で写真を撮りで写真を撮り腸管に液面が写らないか(二ボー)確認するのだが、本症例では立つことはおろか上体を起こすことも患者が拒否したため仰臥位の写真しか撮っていない。


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07.5.12/12:40 PM

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