160605今注目の糞便移植

 
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160605今注目の糞便移植

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160605今注目の糞便移植

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今回は救急とは全く関係のない、糞便移植の話である。この1年でにわかに脚光を浴びてきた治療法なので、聞いたことのない人も多いかも知れない。簡単に言うと、他人の便を患者の大腸に注入することで病気を治療するものである。病気のない人は「汚いから嫌だ」と思うだろうが、病気に悩む人には画期的な治療法である。何せ、内視鏡検査のついでに内視鏡の先端から便を溶かした液体を注入するだけ。痛くも痒くもないし、拒絶反応ので悩むこともない。一度やってダメだったら別の人の便を入れてもらえばいいのだ。
 今回はこの糞便移植についての論文を紹介する。

糞便中の細菌を移植する

 治療で「糞便移植」をするのは、便の中に含まれる細菌叢(さいきんそう)を移植先の腸管内で形成させるためである。細菌叢とは「数も種類もいっぱいの細菌が集まって生きている状態」を指す。抗生物質を投与されてたり何らかの感染でこの細菌叢が攪乱されると多くは下痢を起こす。

 動物の世界では糞を食べる種はけっこうあって、例えばウサギは自分の糞を食べることによって腸内細菌が生成したビタミンKを摂取しているし、コアラは母親が子供に自分の便を食べさせて腸内細菌を形成させることで、ユーカリの葉を食べられるようになる。ヒトでも中国や韓国では健康人の便を消化管疾患の患者に食べさせて治療をすることが近年まで行われていた。

 現在の方法は、移植する便と生理食塩水を混ぜて撹拌し、それを濾過してろ液を注射器に詰め、大腸内視鏡を施行している時に内視鏡の中を通じてろ液を内視鏡先端から大腸内に散布する、いたって簡単なものである。便の提供者は日本の研究では親子や夫婦に限定しているが、海外の論文では全く他人の便が使われている。便は新鮮なものの方が細菌も元気なので良いという話と、凍結保存した材料を用いても効果に差がないという話の二つがある。凍結保存で効果が変わらないのであれば、便の中でも効果の高い便から菌を精製してカプセルに入れて飲むことも可能となるので、治療の幅は劇的に広がる。

クロストリジウム腸炎で著効

 糞便移植で確実な効果が得られるのが、クロストリジウム・ディフィシルによる腸炎である。この菌はもともと腸内にいて何ら病原性を持たないのだが、抗生物質の乱用により他の細菌が極端に減少すると抗生物質に抵抗性を持つこの菌が異常に増殖し、頑固な下痢を引き起こす。クロストリジウム・ディフィシルを抗生物質で退治しようにも他の菌もさらに減少してしまう。抗生物質を止めればいいかというと、止めても死滅してしまった菌が生き返る訳でもないので、治療に難渋することになる。そこで糞便移植である。便に含まれる細菌叢をそのまま移植することによってクロストリジウム・ディフィシルを再び肩身の狭い菌に追いやるのである。その治療効果は絶大で94%が治癒する1)。しかも抗生物質を使うよりずっと安く上がる。

潰瘍性大腸炎に応用

 潰瘍性大腸炎とは、大腸の表面がただれる病気である。直腸が最もひどく、口側に行くほどただれは軽くなる。例えるならやけどの傷口に常に硬い便がこすれているのと同じであり、症状としては強烈な腹痛、血便、下痢が現れる。二十歳前後の若者に発症することが多いのも特徴ある。現総理大臣の安倍晋三氏もこの病気で、以前総理大臣を辞任した時の最大の理由がこの病気の悪化であった。

 カナダから潰瘍性大腸炎での治療効果が出ている2)。現在ひどい炎症のある潰瘍性大腸炎患者75例を2群に分けた。半分の38例には処理済みの糞便50mLを、残り37例には水50mLをそれぞれ浣腸の要領で肛門から注入した。注入は週1回で6回、全部で6週間の治療である。その結果、糞便移植で寛解9例改善15例であったのに対し、水を入れた群では寛解2例改善9例であった。寛解率には有意差を認めている。因みにこの研究では全くの他人の便を使っている。研究の早期には便の提供者は2人だけだったが後に1人脱落4人参加し、合計6名の便が使われている。

 別の論文3)では潰瘍性大腸炎への有効率は0-68%と、有効率はかなり幅広いようだ。

クローン病・肥満

 潰瘍性大腸炎のほかにも多くの疾患で糞便移植は試みられている。まずは潰瘍性大腸炎と並ぶ難治性消化器疾患であるクローン病。クローン病は潰瘍性大腸炎と同じく若年者に発症し激烈な症状を呈するが、潰瘍性大腸炎がほぼ大腸に限局するのに対してクローン病は全身の至る所に病巣をつくる、質の悪い疾患である。このクローン病に対する有効率は0% 3) から60% 4) とこちらも幅広い。

 肥満に対しても腸内細菌叢の変更によって解消できるのではないかと研究が行われている5)。体に菌がいない、当然腸管内にも菌がいない無菌ハツカネズミに対しては、大腸に植え付ける細菌叢によって肥満も作れるし痩せも作ることができる。だから細菌叢の種類によって肥満や痩せが決まることは間違い。

汚いと思う人は幸せな人

 こんな簡単でお金もかからない方法が一般的になれば素晴らしい。もし自分が潰瘍性大腸炎やクローン病になったら、そうして止まらない血便や突然やってくる消化管穿孔に怯えるようになったら、誰の便でもいいから入れて直して欲しいと思うだろう。汚いと思う人は自分の健康に感謝すべきである。

 この治療法が一般的になる頃には、今の下痢止めや乳酸菌飲料と同じように、清潔に抵抗なく腸内細菌叢を飲む方法も確立しているだろう。早くそのような時代になって欲しい。

文献
1)Waye A:J Clin Gastrienterol 2016 Feb 17 Epub
2)Gastroenterology 2015; 149: 102-109
3)World J Gastrotenterol 2015;21:5359-71
4)Inflam Bowel Dis 2015;21:556-63
5)Clin Microbiol Infect 2013;19:305-13


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16.6.5/1:35 PM

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