最新救急事情2000/03月号 ハイムリック法と掃除機

 
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最新救急事情2000/03月号

ハイムリック法と掃除機

毎年のこととはいえ、お正月には餅を取りまくった救急隊員も多いことだろう。老人が餅を喉に詰まらたのなら「寿命だった」とあきらめもつく。しかし、こどもが肉や玩具を喉に詰まらせたり、ピーナッツで肺炎になって来たりすると、「離婚しないで」と願わずにはいられない。

事例:北海道網走市

年間を通じての気道異物による死亡者数は5000名(平成6年)を越え、その9割が50歳以上で、原因は食物塊によるものが大部分を占める。気道異物にはバイスタンダーによる応急手当が必須なのはもちろんであるが、口頭指導の重要性・難しさを改めて考えさせられた事例を経験したので紹介する。

8時21分覚知。「59歳の女性、食事中に餅を喉に詰まらせた模様」。出場途上、通信司令室から、「口頭指導により背部叩打法及びハイムリック法指導中。異物の除去には至っていない。CPAの模様」の情報を受ける。8時27分現場到着。案内人(傷病者の夫)から事故状況を聴取しながら屋内に入ると、傷病者は車椅子に座り食卓に向かい、頭部を後屈させた状態であった。口頭指導により背部叩打法及びハイムリック法を実施したが餅を除去できず、その後気道確保の指示に従ったためこのような体位でいたものと推察した。意識レベル300、顔面チアノーゼ、呼吸停止、脈拍触知不能であった。

床に仰臥位に移し、喉頭鏡及びマギール鉗子で餅片2個(3cm x 3cm, 2cm x 2cm)を除去。吸引器で食物残渣・唾液などを吸引する。呼吸停止状態と判断、バッグマスクで人工呼吸を開始する。ECG心拍40回/分を確認するが、総頚動脈で脈拍触知できず、心臓マッサージを開始する。8時37分救急車内収容。医師から気道確保・静脈路確保の指示を受け、ツーウエイチューブ挿入。駆血帯を卷くがうっ血を確認できず静脈路確保を断念する。瞳孔左右4mmで、呼吸・脈拍の回復徴候は確認できなかった。8時43分病院到着、8時48分心拍再開130回/分、橈骨動脈で脈拍触知可能、呼吸・意識は回復せず。植物状態のまま10カ月後死亡退院。

気道異物による窒息事故は、応急手当(異物除去法)の普及次第で著しく救命率が向上する。本事例は、現着時の傷病者は車椅子に乗せたままであり、ハイムリック法が実施されたかは疑問が残る。人工呼吸・心臓マッサージの指導・実施までは至らなかったが、口頭指導時は[気道異物の傷病者は、床に臥している]という先入観が、車椅子の傷病者に対し異物除去の指導の妨げになった可能性は否定できず、改めて口頭指導の難しさを考えさせられた。

また、異物除去法については、一般に器具を用いない背部叩打法、ハイムリック法などの普及に努めているところであるが、そんな中で掃除機使用の是非についての論議が聞かれる。確かに掃除機使用は危険を伴うが、背部叩打法、ハイムリック法などで除去できない場合は、掃除機使用の指導を考慮する必要があるのではないだろうか。

ハイムリック法の合併症

ハイムリック法は救急隊員ならば誰でも知っている方法で、現在は口頭でも指導されている。有用性が認識されるに従って、合併症の報告もされるようになってきた。危険なのは胃破裂で、異物除去に成功しても胃破裂で死ぬ確率は非常に高い1) 。また、間断のない気管内圧の上昇によって気管のどこかに穴があき、皮下気腫や縦隔気腫を起こすこともある2) 。食道破裂は少ない3) 。また、抱きかかえるのに容易な小児では成功率が高いが4) 、成人になると失敗する例が増えてくる。

成人で異物を喉に詰まらせることは何らかの疾患を持っている人に多い。危険因子としては、高齢、歯牙欠損、アルコールが重要であり、長期入院と鎮静剤も挙げられている5)。精神科入院中の患者(入院平均5年)で18人が32回の窒息を経験している6) 。しかし、85%の症例では発症時に目撃者がいる5)。これが応急手当の普及が強く望まれる理由である。

掃除機の使用は

目の前に喉を詰まらせた家族がいたとして、電話の説明だけで一般市民はハイムリック法を行えるのだろうか。青木7)は電話で正確に伝わっていた症例を紹介しているが、パニックに陥っている状態で皆がちゃんと行えるとは思えない。

餅などによる完全気道閉塞に対して掃除機のホースを口に入れ吸い取った例が学会や新聞で紹介されている。普通のホースは太くて喉頭まで達しないため、ホースに取り付けて喉頭まで管を差し込むことのできるアダプターも市販されている。しかし、救急隊の教科書には一言も書かれていない。積極的に口頭指導しているという話も聞かない。掃除機は本当に危険なのか。舌を吸い込まれたって入れ歯を吸い込まれたってスイッチを切れば出てくる。ダメでもともと、異物除去できたら命拾い。指令台にも柔軟な対応をして欲しい。

小児の気道異物

小児、特に2歳以下は気道反射が未熟な上になんでも飲み込む。1歳以下の死亡の最多原因であり、4歳以下の死亡の7%を占める。気道異物として最も多いのがよちよち歩きまではピーナッツであり、それ以降はピンや鉛筆のキャップなど食物以外のものが多くなる。小児では小さな異物であっても吸い込んだ直後は喉に手を当てかきむしるしぐさをする。次にひどい咳をするが、異物が気管支に固定されてしまうと咳は治まってしまう。そのため、1週間以降に肺炎などの他の症状によって気道異物と診断がつく症例が12-24%も存在する8)。

小児の気道異物を防ぐためには父母への啓蒙が欠かせない。イスラエルでは、テレビとラジオのキャンペーンにより、わずか2年間で気道異物患児が35%も減少した9)。

結論
1)ハイムリック法には重篤な合併症をおこす危険がある。
2)掃除機は考慮すべき器材である。
3)気道異物防止には啓蒙が最良の方法である。

本稿執筆に当たっては、北海道網走地区消防組合消防署 中 明 (なか あきら) 救急救命士の協力を得た。

引用文献
1) Postgrad Med J 1998; 74 (876): 609-10
2) Resuscitation 1998; 39 (1-2): 129-31
3) J Accid Emerg Med 1996; 13 (4): 295-6
4) Arch Fr Pediatr 1985; 42 (8): 733-6
5) JAMA 1982; 247: 1285-8
6) Can J Psychiatry 1997; 42 (5): 515-20
7) 救急医学1999; 23(6): 735-7
8) J La State Med Soc 1998; 150 (4): 138-41
9) Eur J Pediatr 1995; 154 (10): 859-62


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