最新救急事情 2000年5月号 溺水の生死は救急隊次第

 
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最新救急事情 2000年5月号

溺水の生死は救急隊次第

 

溺水は世界中どこでも乳幼児の死亡原因の上位を占める。日本では平成7年で5575人が溺死しており、これは全死亡数の4.5%を占める。溺水の救急医療も進歩しているとは言い難い。

事例:北海道増毛(ましけ)町

事故発生現場から、携帯電話により関係者が隣接市の自宅に連絡し、119番通報され、隣接市消防より当消防本部へ通報される。内容は、場所と溺れた者がいるということ以外詳細は不明であった。救急隊出動後、CPAでの収容が予想されるため、増援隊が出動した。海水浴中成人男性1名が溺れ、それを助けにいった男性1名の計2名が不明であることを海岸で聴取し、捜索を開始した。発生から約20分、関係者により1名発見。

18歳男性。口腔、鼻腔は海水でいっぱいであったため、吸引を実施。JCS300、呼吸感じず、脈触れず。直ちにCPR開始。現場にてコンビチューブSA挿入。両肺野聴診にて湿性ラ音が聴取され、心臓マッサージの度に口・鼻から海水の流出が続く。車内収容後、継続観察で、呼吸・脈拍なし、瞳孔散大、対光反射なし。静脈路確保。病院収容後Vf出現し、2回DCが行われ心拍再開する。その後、病棟に入り自発呼吸が出現したが9時間後死亡。

2人目の男性21歳は、通報から約2時間半後にダイバーによって発見された。患者の眼球結膜は充血し、額には海底の石に擦れてできたと思われる傷があり、口腔内の吸引した海水も少量で、その後の海水の流出がなかったことから、乾性溺水でうつぶせのまま海中に沈んでいたものと推測する。呼吸・脈拍なし、JCS300。下顎に硬直があったためコンビチューブ挿入をあきらめ、バッグマスク換気によるCPR継続搬送により車内収容、搬送した。

溺水者の救命は、その場に居合わせた者による早期の引き上げ、心肺停止状態であれば直ちにCPRが行われなければならない。この事例では、溺れた者を救助する難しさや危険性と、迅速な救助による早急な心肺蘇生が重要であると感じられた。

2人目では発見までに時間を要し、長時間海中に没していたため、処置を行わず搬送される状態ではあったが、「水没時間が1時間半以上経過しているため、頭から治療適応外と決め付けてしまって、家族が一途の望みを託しているにもかかわらず家族の気持を踏みにじっていたのでした1)。」という家族の心情や、死の判定は医師しか行えないことなどから、このような事例においても救急隊は最善を尽くすべきであると考える。

溺死の状況

20年間にわたる救急病院での詳細な報告では、病院に運ばれた溺水者のうち59%が死亡した。溺死者の63%が野外で、12%がプールで、18%が風呂で溺れている。行動としてはボート、水泳、落下、入浴が同じ割合であった。車で海川に突っ込んで溺れるのも11%あった2)。ただこれは夏も涼しいシアトルでのデータで、暑いシンガポールでは水泳初心者が溺死の過半数を占める。15歳以降34歳までは男性が女性より溺死する可能性が大きい。15歳以上の溺死には飲酒が関係している。15歳以上の溺死者の血中アルコール濃度を調べたところ、9%は酩酊状態、30%は泥酔状態であった。しかし、1975年には50%でアルコールが検出されており、年々少なくなってきている2)。小児の溺水で体温が正常の場合、運ばれてくる小児の23%が死亡もしくは植物状態となる3)。

予後を左右する因子

10分以上水没していたもの、蘇生に20分以上要したものは予後は絶望的である3)。小児では、救急外来で意識を取り戻したものは全員が後遺症なく退院している4)。逆に、救急外来に心肺停止した状態で運ばれてきた小児の76%は死亡する。救急外来で蘇生できたとしても、小児ICU入室時(来院から平均200分後)までに意識が戻らない症例では全員4)もしくは78%5)が死亡し、僅かに助かった者も全員に後遺症が見られた5)。これにより、体温が正常なら来院から200分で意識が戻らないものはいくら良くても植物状態にしかならない4)。最先端の治療法が試みられても、結果には変化はなかった5)。小児では水没していても蘇生に成功した事例が何例も報告されている。これは低体温で脳が保護されるためであるが、極めてまれと考えた方がいい。

成人になるともっと厳しい。水没していても蘇生が期待できる条件は、40歳以下であること、体温が22-32度であること6)。それ以外は万が一蘇生できたとしても植物状態である。

蘇生に成功しても人工呼吸が必要になった患者の72%が肺水腫になり、14%が肺炎になる。肺水腫になるのは海での事故が多く、プールでは少ない。肺炎については溺れた場所に関係はない7)。肺水腫も肺炎も予後を左右する因子となる。

救急隊にできること

溺死を防ぐには溺れるところに近づかないことしか方法がない。溺れないために水泳を習うことは全く意味がない。泳ぎを習い自信を持った人間が増えると水に近づく人間も増える。そうすると溺死者も増えることになる8)。

生死を分けるのは病院搬入時までにCPRが成功するかどうかにかかっている。幸いにも溺水ではバイスタンダーCPRが行われることが多く、カリフォルニアでは溺水児の80%が受けているという報告がある9)。日本でもバイスタンダーCPRはかなり行われているようだ。グレイゾーンの溺水者の生死は救急隊の力量次第。全ての手技を迅速に行い、さらに循環作動薬で心臓を動かせるかが溺水者の転帰を決める全てである9)。

結論
1)溺水の生死は病院搬入時までにCPRが成功するかによる。
2)救急隊が循環作動薬を使える体制が必要である。

本稿執筆に当たっては北海道 増毛町消防本部 新井睦 救急救命士の協力を得た。

引用文献
1)プレホスピタル・ケア 2000;13(1):62−66
2)JAMA 1999 16;281(23):2198-202
3)Pediatr Emerg Care 1996 ;12(4):255-8
4)Pediatr Emerg Care 1997 ;13(2):98-102
5)Crit Care Clin 1997 ;13(3):477-502
6)Ann Emerg Med 1998 ;31(1):127-31
7)Intensive Care Med 1996 ;22(2):101-7
8)JAMA 1999 16;281(23):2245-7
9)Pediatrics 1997 ;99(5):715-21


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