最新救急事情 2000年7月号 現場は危険がいっぱい

 
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最新救急事情

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最新救急事情 2000年7月号

現場は危険がいっぱい

救急であれ火災であれ出動の現場には、何が漂っているか分からない。サリン事件や東海村の放射能事故に限らず、足を踏み入れたとたんにこちらが被害を受ける可能性だってある。

事例:北海道奈井江(ないえ)町

隣接市在住の塗装業者の家族から、町内の作業現場から主人が帰ってこないと救急要請。傷病者は63歳男性で一人で作業していた。いつもの帰宅時間を過ぎても帰らないため近所に住む同業の弟が現場に急行、傷病者宅に電話し消防署へ通報した。詳細不明瞭のまま出動。シンナー中毒を考えパルスオキシメータと携帯用酸素を準備した。

弟から事情聴取を行いながら5階建て共同住宅の2階に入ると強烈なシンナー臭がした。作業現場のドア及び窓は開放されていたが、塗装業者の倒れている浴室内はドアが少し開けられていた程度であった。傷病者は2.4m2(3/4坪)で換気扇と小窓がある一般的な浴室におり、浴室ドアにもたれかかるように座っていたため、弟が押してもドアを開放できなかったらしい。浴室ドアを隊員と2名で押し開け、傷病者をよしかかっているドアから離し玄関付近の廊下まで直ちに移動し観察を開始する。顔面蒼白、呼吸あり、瞳孔散大、SpO2 93パーセント、意識レベルJCS100、脈拍65回/分、血圧170/100mmHg、失禁なしであった。酸素を5リットル/分投与しながら血圧を測定し、町内病院への搬送を隊員に指示し病院手配を通信へ依頼する。血圧測定中から傷病者が若干動き始め開眼するようになり、浴室から救助して3分後にはSpO2 97パーセントになったため、酸素投与量を2リットル/分に抑え引き続き投与しながら搬送を開始した。

階段を降りるため布担架にて搬送を開始したところ傷病者は開眼し急に不穏状態となり、フェイスマスクを自らはずし全身を突っ張りうなり声を上げ始めた。搬送中は抑制が必要であったが、病院到着時には不穏状態も治まり瞳孔も正常に戻りつつあった。名前の呼びかけにも返事ができ、病院救急処置室搬入時には自らストレッチャーから処置室のベッドに移動できるくらいの回復が見られた。

救急隊は塗料=シンナーと思い込みやすい。関係者の話では、塗料にはたくさんの種類があり、現在はシンナー以外にも多くの溶剤があること、水溶性塗料が増えてきていることから、塗料=シンナーとは限らないとのことであった。

今回の救急で、普段よりシンナー中毒の傷病者搬送がなく中毒についての処置を勉強していなかったため必要器材が酸素しか思い付かなかったことと、通報と現場の状況からシンナー中毒と思い込み、意識消失をきたす神経疾患や負傷等によるショック状態などを確認しないまま傷病者の収容・観察・処置を行ったことは、私自身の経験不足と技術の未熟さのためであり、どんな時も十分に観察できる知識と技術を持たなければならない。

ガス中毒の恐ろしさ

救急隊は傷病者が出たときには真っ先に出動し、傷病者の収容に当たらなければならない。後方で患者のデータを見ながら治療に当たる医師とは全く危険度が異なる。まず、自分の身の安全を考えよう。現場に突っ込むのはそれからだ。

現在工業用に使用されている化学物質は5万種類に近い。これらの中で、毒性や治療方法が分かっているのはごくわずかしかない。化学物質は熱や水、他の物質との相互作用によって反応を起こし変化するものがある。だから、ばらまかれた状況によって危険性が異なる。有名な事故にインドのボパール市での災害がある。農薬工場で化学物質のタンクが爆発し、3000人が死亡したものである。この化学物質は肺水腫を起こし、300℃以上でシアン化合物を生成する。このことは爆発の時点では分かっておらず、企業からの情報提供もなかった1)。

ガス中毒の現状

就業中の急性中毒で日本中毒情報センターに最も問い合わせの頻度が高いのが、フッ化水素であり、ついでシンナー、亜鉛ヒュームの順である。これらはガスに暴露されてから症状が出現するまでが短く、症状が重篤になるまでの時間も短いので、治療側としても緊張が途切れないうちに治療に当たることができる。しかし、中には窒素酸化物や亜鉛化合物のように、暴露直後には全く症状がなく、1日以上置いてから呼吸困難が出現するものがある。この時間の違いは原因のガスが水に溶けやすいかどうかによる。水によく溶ける塩素や硫化水素は上気道で作用を及ぼすため作用の発現が早い。水に溶けづらい物質になると肺胞までガスが入り、そこでゆっくり吸収されるため作用発現が遅くなる。また、フッ素化合物のように、治療を中止すると症状が再燃する物質もある。何らかの化学物質を吸入した場合には、72時間までは監視する必要がある1)。

シンナーやガソリンの経気道的・経皮的吸収は非常に速い。シンナーの急性中毒は運動神経失調から始まる。中毒の寛解も早く、中毒物質を遠ざけることによって容易に改善する2)。路上でシンナーを吸っているような慢性中毒では、中枢神経に著明な萎縮をもたらす3)。自発性の欠如や易興奮性、少量の薬剤によるフラッシュバックなど、人格が荒廃していく。

消火訓練も危険

直接消火に当たる消防職員は煙を吸い込まないように細心の注意を払っていることだろう。しかし、安全な場所から指揮に当たったとしても、煙の吸引は避けられない。火災の煙の中には多くの有毒ガスが含まれる。その中でベンゼン核をもつ芳香族の中には発ガン性が認められるものがある。消防学校において軽油火災の消火訓練後に尿を採取したところ、低レベルではあるが発ガン性芳香族の分解産物が検出された4)。肺の容量は変わらないのに肺が酸素を取り込む能力が年々低下しているという報告5)もある。文字どおり自らを犠牲にして住民の安全を守っていることがよく分かる。

結論
1)危険性の分かっている物質はわずかしかない
2)現場に飛び込む前に身の安全を考えよう

本稿執筆に当たっては、砂川地区広域消防組合 砂川消防署奈井江支署 小島昌公 救急救命士の協力を得た。

引用文献
1)医学の歩み 1999; 190(12); 1035-36
2)Fundam Appl Toxicol 1997 ;35(2):189-96
3)Neurosci Lett 1996 19;203(2):85-8
4)J Occup Environ Med 1997 ;39(6):515-9
5)Am J Respir Crit Care Med 1999 ;159(1):119-24


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