第一線救急医による症例検討セミナー

 
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AEMLデータページから引っ越してきました

HTMLにまとめて下さいました粥川正彦氏に感謝いたします


第一線救急医による症例検討セミナー

症例
51歳男性。大工。
主訴
吐血
現病歴
8年前から肝硬変・アルコール依存症・胆石症の診断で他院にて入退院を繰り返す。
5月2日より食事をせず飲酒のみ。5月5日夜から上腹部膨満感・痛みを自覚。5月6日朝大量の吐血により出場要請。

「あなたならどうする?
(1)観察項目は
(2)処置は
(3)考えられる疾患は」

解説
「どれくらいわかったかな?」

(1)観察項目
大量出血である。ショックと考え、あらゆる観察をする。
患者は興奮状態で譫妄・幻覚が見られた。体表は強い黄疸、四肢には皮下出血。腹部は膨満。栄養不良。腹部は板状硬。血圧80/50mmHg、心拍数100/分。

(2)処置
血圧に応じた処置をする。この患者の場合興奮が激しく下肢挙上は不可能である。しかし、興奮しているうちは血圧が保たれているとも考えられる。静かになったら要注意。血液による窒息をまず考える。吐血が続くなら頻回の口腔内吸引、呼吸抑制が見られたらSpO2をモニターしつつ酸素投与、呼吸回数が低下してきたらバッグマスクによる補助呼吸が必要。血圧が低下するようなら下肢挙上を行う。心肺停止時には特定行為を行う。

(3)考えられる疾患は
確定診断だけ挙げる。
興奮・譫妄・幻覚:アルコール離脱症状。鎮静鎮痛処置を行った。
吐血:肝硬変による胃食道静脈瘤破裂。内視鏡による硬化療法で止血した。
腹部膨満:急性膵炎。直接死因の原因となった。

その後の経過
腹部エコー・CTにより膵腫大・腹水・右胸水貯留を認めた(図1)。


図1
入院時CT。膵レベルでの断層像。膵臓は腫大し境界が不明瞭になっている(A)。腹水のため腸間と腹壁が離解している(B)。


来院時採血で血中アミラーゼが1939U/L(正常130-400)と上昇しており、急性膵炎が考えられた。血液検査ではフィブリノーゲン・血小板数の減少、FDP上昇を認め、皮下出血と合わせ汎血管内血液凝固症候群(DIC)と診断した(表1)。

表1 項目 検査データ 正常値 単位 GOT 201↑ 0-40 IU/L GPT 60↑ 0-37 IU/L LDH 1516↑ 230-460 IU/L LAP 149↑ 25-51 IU/L ChE 0.2↓ 0.8-1.1 △pH T-Bil 6.6↑ 0.2-1.0 mg/dL Amylase 1939↑ 130-400 IU/L Elastase 5760↑ <400 ng/dL FBS 223↑ 60-100 mg/dL Ca 3.3↓ 8.8-10.0 mg/dL 赤血球数 317↓ 425-571 x104 血小板数 2.8↓ >10 x104 Fibrinogen 131↓ >150 mg/dL FDP 20↑ 10 <mcg/mL

表1
入院時血液検査結果。
肝硬変と膵炎の典型である。データの解釈は成書参考のこと。

5月8日、朝6時から意識レベルはさらに低下、昏睡となる。血液ガス分析では低酸素血症。胸部レントゲン写真ではスリガラス状陰影(図2)を認め成人性呼吸窮迫症候群(ARDS)と診断した。


図2
死亡前日の胸部レントゲン写真。仰臥位。両肺野はスリガラス状陰影を呈し、葉間には貯留液を認める(C)。


夜21時に呼吸回数が減少したため気管挿管し人工呼吸管理となる。5月9日午前1時からは心拍数も低下し始め、午前2時10分永眠された。
死後9時間で病理解剖を行った。膵は腫大し内部には出血が見られた(図3)。


図3
膵の割面像。膵臓は腫大し、内部には出血を認める。出血性膵炎であり最重症型である。


組織像では広範な脂肪融解が見られ(図4)、膵炎に伴う自己消化と考えられた。図4
膵臓と周囲組織の組織像。出血と脂肪融解を認める。膵臓も融解しているが、膵臓の自己融解は死後には必ず起こるため特異的所見ではない。


肝臓は左葉が高度に萎縮し、肝臓表面は小豆大の結節に覆われ、肝臓割面も同様の結節性変化が見られた(図5)。


図5
肝臓表面。左葉の高度萎縮と表面の結節。


組織像ではアルコールによるF型肝硬変と診断された。肺は表面が褐色に変色しており、含気がほとんど認められなかった(図6)。


図6
肺の表面像。含気がほとんど認められない。


肺胞は分泌物で閉塞しており、上皮には硝子像が見られた(図7)。直接死因はARDSによる呼吸不全と診断した。


図7
肺組織。肺胞は分泌物で充満しており(D)、肺胞上皮の破壊と硝子像(E)が見られる。


コメント
皆さんは講義で疾患は習っているだろうが、実際に臓器を見たり顕微鏡を覗いたりすることはないだろう。今回は病理医として症例を呈示した。救急現場から病理解剖まで、診断が確定していく一連の流れをつかんでほ欲しい。


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