月刊消防 2019/11/1号 p69
救急隊員日誌
月に行きたい
「これがないと物語は始まらない」
SRTという急流河川における救助法を学ぶ研修会を受講した。SRTの“S”はswiftwaterを意味していて、増水した河川で要救助者が発生した場合にどのような方法で助けるのかを学習する。この研修会では、基本原則と呼ばれる救助の方法論を教わることから始まる。救助方法の1番目は、「呼びかける」という救助方法だ。呼びかけてダメなら浮力体を「投げる」。次に長モノを「差し伸べる」と続く。使命感だけで川にいきなり飛び込んでいけないのだ。流れのある川に入るということはリスクを伴う救助方法だということを徹底的に教わる。複雑なことをせず、いかにシンプルに救出するかを最大のテーマとして、失敗することを想定してバックアップを取ることを常に求められる。もちろん川に入らなければ救助できない場合もあるので、この研修会は急流に身を投じて訓練も行う。私は泳ぎには自信があったが、流れの強い川で救助活動を行うことがこんなにも難しいとは思わなかった。川に入るのが危険といくら黒板で説明を受けてもイマイチ説得に欠けるが、いざ入ってみると命の危機を体感できる。確かにこれは危ない。高性能なライフジャケットを着用していないとあっという間に土左衛門だ。
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この研修会を終えて一番記憶に残ったのは、「川に自ら入るのは最終手段」という鉄則だ。でも「実際に急流に身を投じてみる」という体験をこの研修会でしていなければ、「川に入った方が早いんじゃない?」と安易に考えていたかもしれない。やはり何事もやってみなければわからないということだろう。
一方で、この危険な行動を真っ先に行ったことがきっかけとなって一躍有名人となった人物がいる。それは桃太郎のおばあさんだ。鬼退治という偉業を成し遂げた桃太郎だが、その引き金になったのはおばあさんの溢れる好奇心と行動力に他ならない。どんぶらこと流れてくる大きな桃。「あれは何だろう」と興味を持って、推定80歳の超高齢者がライフジャケットも着けずに川に飛び込み、必死に泳いで桃を救助している。100kgはあるであろう桃を担いで家に帰り、えいや!と割ってみる。「あれは何だろう」という好奇心と、「何が入っているんだろう」と中を見る勇気。そして危険をとして急流に身を投じる行動力!これがなければこの物語は始まらなかった。
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私たちも、「あれは何だろう?」と思って桃を掴みに行く好奇心と、「何が入っているんだろう?」と中を開けてみる勇気を兼ね備えたおばあさんのような人生を送っているだろうか。誘われたらとりあえず乗ってみるとか、ドキドキしながら未知なる扉を開けてみるとか・・・。この救急隊員日誌を書くことになったきっかけも、元をたどれば好奇心や勇気が引き金となっている気がする。これがないと物語は始まらない。
せめてライフジャケットは着けましょうとアドバイスをしてあげたいが、このおばあさんの行動力は私たちも見習いたい。
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