200613救急活動事例研究(37)状況評価の大切さを再認識させられた感電自殺の一例(彦根市消防本部 左近上卓)

 
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症例

近代消防 2020年5月号 p88-90

状況評価の大切さを再認識させられた感電自殺の1例

左近上卓

彦根市消防本部

〒522-0054 滋賀県彦根市西今町415

彦根市消防本部消防署本署第1部

電話0749-22-6119

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目次

はじめに

救急活動では、状況評価を実施して、事故概要や安全などを確認してから傷病者に接触することは当然のこととなっている。
今回、診断結果が「感電死」であった心肺停止(CPA)事案を経験した。電源は一般住宅の100Vコンセントであり、救急隊員が接触した時にも病者への通電は続いていたことから、処置を誤れば救急隊員も感電していた可能性があった。この症例を通じ状況評価の大切さを再認識したため報告する。なお、現場活動写真は全て再現である。

症例

某日、「xx歳女性、居間で反応がないところを帰宅した家族に発見された」との通報内容で出場した。現場到着時、自宅内の状況評価を実施したところ危険は認めなかった(001)。病者は家族により胸骨圧迫が施されていた(002)。体型が大柄の女性であり、部屋の隅に倒れていたため、今後の活動を考えて、広い場所へ移動させ(003)、観察を実施した(表1)。

——————-

表1

接触時の観察結果

外見:外傷なし

呼吸:感ぜず

脈拍:総頚動脈で触れず

皮膚:冷感あり

意識レベル:JCS300

——————-

初期評価でCPAを確認し直ちに心肺蘇生(CPR)を実施した(004)。除細動パッドを貼付ける際に胸部に湿布様のテープ(30cm×10cm程の大きさ)が貼られていることを発見(005)した。家族に確認するも循環器疾患等の既往はなく、詳細不明のため、重なりに気を付けて除細動パッドを装着(006)した。初期波形は、ノイズが混入したような波形(007)であった。

この波形について、高周波ノイズ波形、電気機器が関係したもの、ペースメーカーの異常、心室細動発生といった可能性を考えたが、解析を実施したところ除細動は不要であり、心室細動は否定的であった。

現場離脱の段階でも心電図波形は心静止であった。移動する時に病者の背中からコードが出ている(008)ことを発見した。コードの先は延長コードに繋がっていた(009)。病者の背中に電気毛布がまぎれていたためにノイズを拾ったのかとも考えたが、搬送を急いでいたためコネクタを外して(010)直ちに車内収容に向かった。

病院でもCPRに反応することなく死亡確認となった。診断名は「感電死」であった。病者の状況から感電自殺の可能性があると考えられた。

001
自宅内の状況評価を実施したところ危険は認めなかった

002
病者は家族により胸骨圧迫が施されていた

003
広い場所へ移動させた

004
直ちに心肺蘇生を実施した

005
胸部に湿布様のテープを発見した

006
湿布様のテープを避け除細動パッドを装着した

007

除細動パッドを装着した時に検知した波形。実際のもの

008
移動する時に病者の背中からコードが出ていることを発見した

009
コードの先は延長コードに繋がっていた

010
コネクタを外して直ちに車内収容に向かった

考察

感電自殺を試みる事例は少ない。そのため、安楽な自殺方法としてインターネットなどで紹介されているものの、実際に救急出動で経験したのは初めてであった。

今回の事案では、家族が胸骨圧迫を実施していたことから現場は安全であるとの先入観が大きく影響した。活動中には「胸部に貼られた湿布様のテープ」「背中側から出たコード」と感電自殺とわかるポイントがあった。「ノイズが混入したような心電図波形」は、その時に通電中であることを示していた。今回の事案で隊員が感電しなかったのは幸運であったに過ぎない。

CPA事案のように緊急を要する現場や自損行為の現場では正確な情報を得られないことが多い。このような現場では疎かになりがちであるが、改めて状況評価は重要であると再認識した。加えて、先入観は判断を鈍らせる。先入観なく活動することが大事である。

著者

名前:左近上卓(さこんじょうすぐる)

sakonjou.JPG

所属:彦根市消防本部消防署本署第1部

出身:滋賀県彦根市(ひこにゃんの町)

消防士拝命:平成22年

救命士合格:平成30年

趣味:サッカー、コーヒー

ここがポイント

著者の話では「はっきりと断定はされなかったものの、感電自殺が最も考えられる」とのことであった。そのためこの症例も感電自殺として報告している。心臓に心室細動を起こすのは適切な方法を選べば簡単で、例えば動物実験で心臓を露出した状態なら乾電池1本で心臓を止めることができる。九州電気保安協会のホームページ1)には20mAで死亡の危険があること、皮膚が濡れていれば皮膚の接触抵抗は0Ωに近くことが書かれている。この報告を読むと、患者をスクープストレッチャーで持ち上げるまで通電が続いていたようだ。現場は乾燥しており救急隊員はゴム手袋をしているので、胸骨圧迫でも感電する危険性は少ない。しかしゴム手袋に穴が空いていた場合は感電の危険がある。著者の言う通り、状況評価は大切である。

なお、筆者は「消防に入ってから、救急救命士として活動したいと熱い思いを持って今まできて、2年前にようやく救急救命士となることができ」たそうである。今年1月に初めてシンポジウムで発表し、その4ヶ月後にに近代消防に症例報告が掲載されることになった。この想いを大事にこれからも活躍して欲しい。

1)https://www.kyushu-qdh.jp/public_interest/howto_electlic/shock/

症例
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