月刊消防2021/10/01, p40-43
題名 NBC災害対応
目次
著者
■所属
豊川市消防本部
消防署本署
■出身地
愛知県豊橋市
■消防士拝命
平成17年4月
■趣味
マグロ釣り
1.はじめに
豊川本市消防本部は、愛知県南東部の東三河地方に位置し、人口約18万人、面積約160平方キロメートルを1署、3分署、1出張所、職員数178名(令和3年4月現在)の体制で管轄しています。救助隊は特別救助隊1隊を兼任救助隊として本署に配備しており、令和2年中の救助件数は82件でした。
北部には県立自然公園に指定される最高峰789メートルの本宮山麓が連なり、中央部に広がる平野の東部には、一級河川の豊川が流れ、南部には波穏やかな三河湾を望むことができ、『山、川、海』といった豊かな自然環境に恵まれた地形です。
交通網として東名高速道路が東西を貫き、管轄区域内の豊川インターチェンジ及び音羽蒲郡インターチェンジが、市内を縦横する幹線道路の国道1号線及び151号線に接続しています(図1)(図2)。
図1
愛知県における豊川市の位置
図2
豊川市概要
市内にある豊川稲荷は全国的にも有名で、特に正月三が日には約150万人の参拝客が訪れます(写真1)。
写真1
豊川稲荷の様子
2.テロ災害対応について
近年、世界各国では多様な形態のテロ事案が発生しており、こうしたテロへの対応は、NBC (Nuclear:核、Biological:生物、Chemical:化学) あるいはCBRNE(Chemical:化学、Biological:生物、Radiological:放射線物質、Nuclear:核、Explosive:爆発物) という表現で世界各国の課題とされています。日本では、過去に化学剤を使用したテロ事案が発生しており、オリンピック・パラリンピックのような国際的なイベントにおいて、大規模テロに備えた対応が求められています。
こうしたテロ事案への対応は、消防機関に大きな役割が求められており、平成28年度救助技術の高度化等検討会の議題で取上げられ、対応能力の向上が求められています。
NBC災害の対応については、実際に活動した経験を持つ消防本部自体が乏しく、各消防本部の実情に応じたマニュアル策定や定期的な訓練研修が重要です。テロ災害を想定したとき、一消防本部では到底対応できない状況が想定されることから、本市が位置する東三河地区5市消防本部では、中核市である豊橋市消防本部を中心に定期的に合同訓練を実施しています。
しかしながら、初動対応や事故によるNBC対応も想定されることから、一消防本部としての対応能力向上を目的に、本市においても定期的な訓練を実施しているところです。他市消防本部との連携はもとより、限られた人員で隊員の安全を確保しながら、効果的に活動をすることが本市の課題です。
こうした実情を踏まえ、課題の改善策を模索し、対応能力把握と効果的な除染活動を検証しましたので、この場をお借りしてご紹介させていただきます。
3.除染所の配置について(考案①)
本市では、立位型の除染シャワー1基のみを保有していますが、これまで、除染活動の設営を確保できる活動隊員の規模を考慮し、脱衣所(乾的除染)、除染シャワー(水的除染)及び着衣所の設営を、原則単一レーンで考えていました。複数レーンを確保しても管理しきれないという観点からです。要救助者を早期に原因物質から遠ざけることを救助活動のポイントととらえ検証を重ねてきましたが、曝露者の除染活動において間延びして停滞することが散見されたため、迅速な除染所の設営方法と複数レーンの確保を検討することにしました。
着衣所には縦3m横4.5mの容易に設営できるイージーアップテントを横向きに使用し、さらに適切なサイズのブルーシートをT字型に加工(図3)(写真2)して間仕切として使用することで、2レーンを確保しました(写真3)。ブルーシートはS字フックを用いてテントのフレームに吊下げる形をとっており、迅速に設定することができます(写真4)。
図3
着衣所のT字型間仕切り
脱衣所においても、縦3m横6mのイージーアップテントとブルーシートを同様に間仕切と横幕に活用して、4レーンを確保しました(図4)(写真5)。
図4
脱衣所の間仕切り
脱衣所4レーンの内訳は、自力歩行不能な水的除染が必要な曝露者、自力歩行可能な水的除染が必要な曝露者、そして、自力歩行可能な乾的除染が必要な男女別を想定しています(写真6)。着衣所は、並行して使用するために2レーンを確保しました(写真7)(図5)。
図5
除染所の配置
ブルーシートを有効活用することで、迅速な設置と除染所の複数レーン確保が可能となり、単一レーンで実施していた除染活動の間延びを軽減することが期待できます。また、予算面や入手の簡易さなどのメリットも感じています。
4.脱衣所セットの活用と誘導表示の掲示(考案②)
実災害では多くの自力歩行可能な曝露者の発生が想定されます。除染活動には、この曝露者をどうコントロールするかが大きなポイントといえ、限られた人員でも除染活動を停滞させないために、脱衣所セットを考案しました。
脱衣所セットとは、曝露者の除染活動に必要な物品をまとめたもので、脱衣した靴や衣類を密閉保管するビニール袋、付着した剤を清拭するタオル、着衣の代替として使用するタイベックスーツ、そして自力で移動するために必要なスリッパを1セットとして収納しています(写真8)(写真9)。
この脱衣所セットは、隊員の活動を補うもので、自力歩行可能な曝露者に対して、可能な限り除染活動を自己完結してもらえることを目的としました。そのため、曝露者に必要な行動を適切に誘導するために、イラストを使用した、できるだけわかりやすい説明表示を、除染所に掲示することにしました(写真10)(写真11)。
そのことで、活動隊員の負担や人員を軽減することができ、その人員を他の活動に充てることで、より効果的な活動を期待します。
以上のとおり、限られた人員でも曝露者の除染活動を停滞させないように、複数レーンを確保した効率的な除染活動と、自力歩行可能な曝露者のコントロールを着眼点として考案しました。
5.BC災害想定訓練について
今回考案した2点の検証を踏まえて、昨年12月に本市単独で想定訓練を実施しました。化学剤を使用したテロ行為を想定し、要救助者の数は8名、そのうち6名を自力歩行可能としました。本市が単独で対応できる目安として妥当な規模を想定しました。
訓練では、これまでの訓練成果を発揮し、応急救護所やゾーニング活動を含め、除染所設営をスムーズに実施できました。今回考案したレーン分けについても、時間や人員をかけ過ぎることなく、比較的スムーズに設営することができました。除染活動をみると、これまで単一で考えていた除染活動は、4レーンを確保したことで、除染活動の停滞を改善することに繋げられる手ごたえがありました。
しかしながら、曝露者のコントロールについて、いくつか課題が残りました。自力歩行可能な曝露者に対して、除染要領を分かり易く伝えるために作成したイラストは、要救助者役からわかりにくいという意見が挙げられました。イラストよりも実施要領を示した写真の方がわかりやすいという意見もあり、改善が必要です。
また、曝露者の貴重品の管理についても、財布やスマートフォンを脱衣所に置いていくことへの不安が挙げられ、適切な管理方法が必要となりました。
あわせて、隊員による誘導要領や曝露者の管理方法についても、再考する必要性を感じました。今後の課題として検討したいと思います(写真12)(写真13)(写真14)。
6.おわりに
一般的な救助事象をはじめ、消防救助業務に求められる活動は多岐にわたります。生活形態の変化に伴い増加傾向にある建物等による事故、各地域の特性で発生機転に特性がある山岳事故や水難事故、近年では異常気象により大きな被害が懸念される自然災害や大震災による備えが重要とされています。今回取り上げさせていただいたNBC災害への対応も、困難な状況においてより専門性の高い知識や技能が求められています。
全国726消防本部のうち、本市は中規模な消防本部といえます。今回紹介させていただいた内容は、限られた人員で、より専門性の高い事象に対して対応能力向上を目的に、本市が取り組む内容とさせていただきました。まだまだ改善点は尽きませんが、本市兼任救助隊の体制が、他の役割を担う隊員と共有していることを強みと考え、より良い救助活動のために取り組んでいきたいと思います。今回の記事投稿が読者の方に少しでも参考にしていただければ幸いです。
最後に、今回このような記事投稿の機会をいただけたことに感謝を申し上げ、終わりとさせていただきます。
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