230119救急活動事例研究 61 山岳救助中に心肺停止となった 1 症例 高崎市等広域消防局 忰田祐弥

 
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症例

近代消防 2021/05/10 (2022/6月号) 、p94−6

救急活動事例研究 61

山岳救助中に心肺停止となった 1 症例 高崎市等広域消防局 忰田祐弥


氏名:忰田 祐弥(カセダ ユウヤ)
所属:高崎市等広域消防局 安中消防署松井田分署消防2係
出身地:群馬県高崎市
消防士拝命年:平成25年
救命士合格年:平成24年
趣味:スノーボード、ゴルフ、YouTube鑑賞

 

目次

1.高崎市等広域消防局の概要

当消防局は高崎市と安中市で構成されている(001)。管内には4署10分署あり、職員数は445人で救命士は106人である。

令和2年の災害は火災が110件、救急が1万7590件、救助は239件であった。

001

高崎市等広域消防局の管轄地域

2.症例

70歳男性。

覚知は令和x年10月xx日15時49分。

「70歳男性、登山中に約20m転落し負傷。呼吸あり」との救助指令を受け出動した。また、高崎ドクターカーが同時に出動している。

現場地図を002に示す。直近の松井田分署から集結場所までは直線距離で約12.5キロで、搬送先の三次医療センターまでは東方向へ直線距離で約31キロであった。

先着入山隊の時間経過を表1に示す。入山開始から要救助者接触までは7分であったが、救出開始から集結場所で待機していた救急隊及びドクターカー医師に引き継ぐまでは46分かかった。

002

現場の位置関係

 

表1

先着消防隊(先着入山隊)時間経過

集結場所到着後、まず、関係者と接触し、情報聴取を行った。日没が迫っていたので、後着隊を待たずに、先着消防隊3人が入山準備をした。登山道の状況がわからない中での活動が予想されたので、自己装備をしっかりと整え、関係者1人と消防隊3人が現場へ向かった。早期接触を第一に考え、最低限の自己確保などの山岳救助資機材や水分、防寒着、外傷バックを携行して入山したものであり、自動体外式除細動機(AED)とバッグバルブマスク(BVM)は持って行かなかった。

関係者によると、パーティーは3人。要救助者は一番後ろを歩いていた。音がしたため関係者が後ろを振り返ったところ要救助者がいなくなっていたので、周囲を捜索すると、登山道の下に滑落しているのを発見した。高さは約20m下で、発見時呼びかけに反応していた。

現場付近の写真を003に示す。滑落したと思われる場所から約15メートル下に傷病者が仰臥位でいた。崖の上部は岩が露出していた。ロープを設定して救出活動を行った。

 

003

現場付近の写真

要救助者との接触時の観察結果を表2に示す。JCS1、呼吸正常、橈骨動脈やや速く冷感はあったが、湿潤は認めなかった。前額部に血腫及び挫創、頭部及び顔面全体に出血痕があったが、活動性の出血はなかった。後頸部圧痛、右胸部に圧痛を認めた(004)。

救出中に意識レベルが低下していき、心肺停止となった。ただちに胸骨圧迫を試みたが、登山道の状況から要救助者の救出を最優先とした。下山後、集結場所で待機していた救急隊及びドクターー医師に引き継ぎ、直近の3次病院へ搬送され、同日死亡確認されている。

 

004

現場活動の再現写真。個人がわかるようにヘルメットとマスクは外して撮影した。

3.考察

(1)AEDとBVMを持っていかなかった理由

現場は日没が迫っており、少人数の入山で険しい山道が想定され、意識、呼吸があるとの情報だったため、まずは早期接触と安全を第一に考え、自己確保などの山岳資器材を携行して先行入山した。

AEDとBVM等は後続の救急隊に携行させることも想定したが、現場到着後、完全に日没しており、救急隊の軽装備で入山するのは遭難及び滑落等の危険があるため、救急隊は集結場所で待機することとなった

(2ドクターカー症例検討会での討論

医師からは「初期波形が心室細動だった場合は早期除細動で一時心拍再開する可能性があるので、AEDだけはどうにかもっていって欲しい」とのことであった。当消防局救急課としても、今回の事案は指令内容から「呼吸あり」であったが、ポンプ車積載のBVMとAEDは携行していくべきだったと結論した。

これらを踏まえ、自隊では山岳救助事案があった場合は、明らかに不要の場合を除き全症例でAED及びBVMを携行している。

4.結論

(1)登山中に滑落し、救出中に心肺停止となった症例を経験したので報告した。

(2)AEDとBVMを携行しておらず、症例検討会で議題に上った。

(3)山岳という特殊な現場で何を持っていくべきか検討し今後に活かしていきたい


ポイントはここ

事故発生後2時間で心停止を起こしている。受傷機転と症状を見ると、緊張性気胸・心タンポナーデ・肝臓破裂のいずれかで死亡したものだろう。時間経過を見ると、心停止から医師の診察まで28分かかっている。たとえ救助に入った隊員たちがAEDやバッグマスクを持っていたとしても助けることはできなかっただろうし、一刻も早く下山しようとした救助隊の判断は正しかったと思う。

考察ではAEDなどを持って行かなかったことを「判断ミス」をしている。消防でこのようなネガティブな症例を報告することは極めて珍しい。成功例より失敗例のほうが多くのことを学ぶ事ができる。高崎消防の勇気を讃えたい。

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