近代消防 2023/2/11 (2023/03月号) p70-2
蜂刺傷によるアナフィラキシーショックから冠動脈症候群を発症したKounis(コーニス)症候群の1例
松枝輪太郎
松本広域消防局
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松本広域消防局
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目次
はじめに
アナフィラキシーショックの発生機序や病態等は、喉頭浮腫による窒息や、血管拡張による循環血液量の減少が主な病態である。致死性不整脈が前景に出て死亡するコーニス症候群(*)と考えられた症例を経験したため発表する。なお写真1から写真6までは再現写真である。
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*KOUNIS(コーニス)症候群1,2)
コーニス症候群とは、”アレルギー反応により肥満細胞から放出される種々のメディエーターによって急性冠症候群に係る種々の病態が引き起こされる疾患“をいう1)。
・発生機序
アレルギー反応により肥満細胞から放出されるメディエーターが冠動脈の攣縮や、冠動脈プラークの破綻を惹起する。
・原因物質
アレルギー反応の原因となるものであればいずれもコーニス症候群を生じる可能性がある。
・疫学
“医療現場における認知度が高くないことや、確立した診断基準が存在しないことから、アナフィラキシーや急性冠症候群と診断されたものの、コーニス症候群とは診断されなかった症例があることが想定され、実際の患者数は多い可能性があると考えられている。
文献
1)Kounis NG, et al. : Histamine-induced coronary artery spasm: the concept of allergic angina. Br J Clin Pract. 45: 121–8(1991).
2)アレルギー反応に伴う急性冠症候群(コーニス症候群)について”.厚生労働省.2021ー11ー9
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症例
63歳男性。
自宅で庭木の剪定をしていたところ、右上腕部をキイロスズメバチに刺されアナフィラキシーショックを発症後心肺停止したもの。現場が遠隔地であったため、出動途上にドクターヘリの出動を要請し、ランデプーポイントから現場まで医師を搬送するための医師搬送隊が出動した。
救急隊現場到着時、傷病者は玄関前の庭先に仰臥位で倒れ、知人による胸骨圧迫が実施されていた(001)。
初期評価の結果、心肺停止を確認したため直ちに心肺蘇生(CPR)を開始し(002)、AEDパッドを装着したところ初期波形は無脈性電気活動(PEA)であった。口腔内に粘液が貯留していたため吸引機により口腔内を吸引した(003)。バックバルブマスク(BVM)換気を実施するも換気は不良であった(004)。
現場で指示要請を行い、特定行為に着手した。
BURP法を併用し喉頭展開したところ、気道内及び喉頭に浮腫はなく、コーマックグレード1を確認したため、気管挿管を実施(005)し換気良好となった。同時に別の隊員が左肘正中皮静脈に22Gで静脈路確保完了後、薬剤投与1回目を実施した(006)。
搬送を開始し、薬剤投与を4分おきに実施した。
搬送途上に医師搬送隊と合流し、当救急車に医師と看護師が同乗したのち、ランデプーポイントへ向け搬送を再開した。その後、車内で波形が心室細動(VF)となったため医師が除細動を実施した。除細動から4分後に自己心拍が再開したため胸骨圧迫を中断した。心拍再開直後の四肢誘導心電図の波形を007に示す。この時点で発症から約1時間経過している。同乗医師の指示により12誘導心電図によるモニターを実施したところ、 II, III, aVFでSTの上昇を認めた(008)
ランデプーポイント到着後に再び総頚動脈が触れなくなり、胸骨圧迫を再開したところ、VFが出現したため2回目の除細動を実施した。その後、ドクターヘリが離陸し、病院へは発症から約1時間半後に収容となった。
病院収容時の身体所見を009に示す。心電図波形は再度VFを呈していた。
心臓カテーテル検査(発症2時間後)の結果、冠動脈に有意狭窄は認められなかった。多臓器不全により同日死亡した。
001
病者は玄関前の庭先に仰臥位で倒れ、知人による胸骨圧迫が実施されていた
002
心肺停止を確認したため直ちに心肺蘇生を開始
003
口腔内に粘液が貯留していたため吸引機により口腔内を吸引した
004
バックバルブマスク換気を実施するも換気は不良
005
気管挿管を実施
006
静脈確保後薬剤投与
007
自己心拍再開直後の心電図波形
008
心拍再開から3分後の12誘導心電図波形。ST上昇を認める
009
病院収容時の身体所見
考察
本症例の心停止の原因については、蜂に刺されて数分で心肺停止となり、蕁麻疹などの皮膚症状および喉頭浮腫などの気道症状がないため、蜂によるアナフィラキシーショックによりコーニス症候群を起こし一過性の冠攣縮が起こったと考えられた。
010は2011年から16年までの6年間それぞれの、アナフィラキシーショックによる死亡数を、主な3つの原因別に表したものである。毎年50人前後が死亡しているが、この中にコーニス症候群によって死亡した人が含まれている可能性がある。実際に本症例の死亡診断書の診断名は蜂刺症によるアナフィラキシーショックとしていた。
今後、アレルギーやアナフィラキシーを呈した症例の中に、コーニス症候群が隠れている可能性を念頭におき、12誘導心電図によるモニターや、致死性不整脈を考慮した除細動パッドの早期装着により、急性冠症候群の発生を見逃さないことが重要である
010
アナフィラキシー ショックによる死亡数
ここがポイント
コーニス症候群は現在までに175例の報告がある1)。本体はアレルギー反応による血管収縮および血栓形成であり、心臓の冠動脈に起これば心筋梗塞になり、腸間膜動脈に起これば腸管壊死を引き起こす2)。この症候群は3つの型に分類されている3)。1型は冠動脈に疾患を持っていない人がアレルギー反応と胸痛を呈するもの。2型はもともと冠動脈に狭窄がある患者がアレルギーにより症状を呈するもの。3型は冠動脈にステント留置(金属網による拡張術)されている人で冠動脈に血栓が形成されるものである。この報告は既往歴が不明であるが死亡したことから2型もしくは3型と考えられる。
1)Int J Cardiol 2017 Apr 1;232:1-4
2)Clin Chem Lab Med 2016 Oct 1;54(10):1545-59
3)Eur J Intern Med 2016 May;30:7-10
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