240201救急隊員日誌(228)忘れ物の多い救急隊長

 
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救急隊員日誌
月刊消防 2023/06/01, p67
 
 
 
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あまりに忘れ物をするので、僕の隊の隊員は大変だ。

忘れ物の多い救急隊長

 もう何年も救急隊長をしているのだけど、昔から克服できない欠点がある。とにかく何でも忘れてしまうのだ。感染防止ゴーグル、聴診器、予定、隊員の名前まで、ありとあらゆるものをすぐに忘れてしまう。それで困ったことが何度もある。

 数年前の救急出動で、傷病者のお薬手帳を預かった。あまりに重症だったので、お薬手帳を無くさないように、とりあえず救急記録表のバインダーに挟んだ。車内収容してすぐさま隊長席の横にある棚に置く。しかし、いつもの感じでいくと、これは病院に着いて救急車から降りるときに忘れるパターンだな」と不安になり、「お薬手帳・・お薬手帳・・・。絶対に持っていく。忘れるな。」と頭の中で反芻する。傷病者の状態を記録するメモ用紙にも「お薬手帳」と書く。よし。これで大丈夫。と思って安心して救急車から降ると、やっぱりお薬手帳を忘れた。まるでのび太くんのようなミスだ。すぐに忘れたことに気付き、一旦、先生に断ってから救急車に取りに戻ろうと考えていたら、小走りで救急車に戻った時に「あれ?なんで救急車に戻ったんだっけ?」と一瞬分からなくなった。これはさすがに自分にゾッとした。

 あまりに忘れ物をするので、僕の隊の隊員は大変だ。出動する時や現場に到着して傷病者宅に向かう前、それはもう保護者のように「隊長!聴診器持ってますか?隊長!ゴーグル忘れてますよ!」と指摘しなければならない。人事異動があったとき用の引継書には、「この隊長は忘れ物が多いので気を付けるように。」と書いてあるらしい。忘れることが前提の救急隊長なのだ。しかし、この忘れるの本質は、忘れること自体にあるのではない。自ら確認を怠ってしまうことにある。

 救急車に乗り込む時や現場を出発する時など、毎回忘れ物がないか確認しなければならない。自分のような忘れ物が多い人間ならなおさらだ。しかしなぜか毎回、「今回は忘れ物はない。」「大丈夫だろう。」と思ってしまうのだ。なんだろう。今までそれで散々忘れ物をしているはずなのに、それでも「今まで散々忘れ物をしてきたけど、今回は大丈夫だろう。」と思ってしまうのだ。とんだ馬鹿野郎な隊長である。こうやって改めて考えると、そもそも「確認を怠らないようにしよう。」とあまり思ったことがない。おそらく自分の中で、毎回確認することが一番のストレスなのだ。毎回確認することすら忘れてしまうのに、“毎回確認することを忘れないように確認すること”を意識しなければならない。それこそストレスなのだ。頭の片隅に「確認しろよ。」の文字が常にあるくらいなら、もう僕は忘れ物をする人間として認知してもらうか、なんなら忘れ物をしてしまう方がよっぽどマシだと思い始めてしまっている。僕は忘れるという技術を極めてしまったのかも知れない。

 それでも不思議と医療のことに関しては忘れ物が少ない。もちろん気管挿管の確認を忘れたことはないし、脳血管疾患鑑別のELVOスクリーンだったり敗血症のqSOFAもスラスラ言える。さっきも隊のメンバーで救急救命士の問題を出し合ったけど、免許を取って10年以上経った今でもまったく負ける気がしない。「君はまだまだだね。出直してきなよ、佐々木君。」と偉そうに吹いてみたのだけど、「あ、隊長。僕は木村です。いい加減覚えてください。」とカウンターがきてノックダウンしてしまった。

 僕はもう何年も救急隊長をしているのだけど、「忘れ物」はこれからも僕の代名詞としてあり続けるのだろう。それでも僕は救急救命士として、“病院前救護にかける想い“だけは忘れまいと心に誓うのであった。

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