240406救急隊員日誌(231)スパイに学べ 情報収拾の技術

 
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救急隊員日誌
月刊消防 2023/09/01, p66
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「スパイに学べ 情報収集の技術」

どんな仕事にも情報収集は欠かせない。救急隊が現場に到着して病院を決定するまでに要する時間は10分くらいか。この10分間で傷病者のバイタルを測定したり、全身観察を行なう。もちろん家族からの情報も重要だ。119通報に至った経緯など、詳細に話を聞いていく。必要な情報は全てそろったら病院連絡だ。これまでの情報を集約して医師に伝える。そして救急車に収容。搬送中にも情報収集は欠かせない。呼吸数はどうかな?主訴は腹痛だったけど・・・あれ、少し膨隆してないか?これは病院に追加で情報提供しておこう。どの救急隊もこういった具合ではないか。


 「救急隊の言っていることが全然違う!」先日、搬送先の医師から叱られたと後輩が相談してきた。現場では「119通報の“数分前”からお腹が痛くなった。」と傷病者は話していたのだが、病院に着いた途端に“昨日から痛かった”と全然違うことを説明し始めたらしい。彼はとても不満げだ。


 病院に着いた途端、現場では教えてくれなかったエピソードを話し始めると言った経験は僕にもある。これは医療機関との信頼関係に関わる重要な問題だと思って、コミュニケーションの講師に質問をしたことがあった。「傷病者はなぜ救急隊に隠し事をするのか。」極端に言えばこのような趣旨だ。これについて講師は「傷病者の目的は緊急な受診であって、搬送はその手段だから。」「隠し事ということはないが、早く受診したいが故に、都合の良さそうな情報を無意識に選んでいるのではないか。」と教えてもらった記憶がある。この時に僕は、欲しい情報は引き出すには“情報を伝えたくなるような仕掛け”が必要なのだと学んだ。


 情報を引き出す専門職として最初に頭に浮かんだのは警察官だ。稲村悠著、“元公安捜査官が教える「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術”には、諜報活動を行ってきた稲村さんならではの技術が満載なので紹介したい。


 一つ目「ギブ・アンド・テイク」まず自分から情報を与えるということ。例えば友人から相談を受ける時、「君だけに相談したいんだけど・・・」と言われると「自分は特別に信頼されているんだ」思ってしまうだろう。そうすると「実は僕もこんなことがあってね・・・」と自分の内面を話しやすくなるらしい。救急隊活動に置き換えるとどうだろう。「腹痛を訴えるあなたに適切な病院を選びたい」「病院でスムーズに診察してもらうため」など、まずはこちらから相手に有利な言葉をかけると良いのではないか。


 そして二つ目。「ミラーリング」相手と共通点を作って親近感を与える手法だ。「同調効果」とも言うらしい。お酒やタバコに付き合ったり、服装も相手に合わせたりする。救急現場なら、傷病者が鼻を掻けばこちらも鼻を掻き、「お腹が痛い」と言えば「お腹が痛いんですね」と真似を重ねていく。たったこれだけ。人間は、自分に似ている人に親しみを感じる。そうやって故意に相手に親近感を与えることで、傷病者からの情報を引き出しやすくするのだそうだ。


 稲村さんは言う。「結局は、相手の大事なものを同じように大事と考えるということなんです」と。そうえいばコミュニケーションの講師も、「救急隊だけでは傷病者の願いを叶えることはできないのだから、救急隊のサービスに捉われ過ぎないこと」「信頼関係を築くには、相手の悩み寄り添うこと」と言っていた。傷病者にとっては、救急車に乗ることがゴールではない。病院を受診して治療してもらい、今まで通りの日常生活に戻ることがゴールである。傷病者から真意を聞き出せないと言うことは、その分寄り添うことができなかったということなのだろう。どんな仕事にも情報収集が欠かせない。諜報戦のプロも使う技を活用して、スパイがごとき情報収集に挑戦してみよう。

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