月刊消防 2023/09/01号 p74-5
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最新事情
高流量鼻カルラシステム
目次
はじめに
慢性呼吸不全の患者は、緑色の鼻カヌラをつけて酸素を吸っている。救急領域では、同じ鼻カヌラでも毎分60Lもの酸素を流せる太い鼻カヌラが使われることがある。今回はこの高流量鼻カヌラを紹介する。
高流量鼻カヌラシステムとは
鼻腔から大量の酸素を投与する装置である。酸素と空気を混和して酸素濃度を決定するブレンダーから太い蛇腹が伸び、途中に大量の酸素に対応するための大型の加温装置が組み込まれている。さらに蛇腹の中での結露を防ぐために、蛇腹内に電熱線が入っている。形としては鼻カヌラであるが、全体の印象としては小さな人工呼吸器であり、臨床ではマスクによる酸素投与と気管挿管による人工呼吸器の間を埋める呼吸管理法として使われている。
利点と欠点
産業医大が公開しているスライド1)がとてもわかりやすいので引用させていただくと、この装置の利点は、
(1)高濃度かつ大量の酸素投与が可能。フェイスマスクでは上限の毎分10Lの酸素を投与しても、吸気時には大気が混入するため肺に入る酸素濃度が低下しやすい。これに対して高濃度鼻カヌラシステムでは強力に酸素を吹き付けて鼻腔と口腔を酸素で満たすため、90%以上の酸素を吸わせることができる。
(2)気道内圧を持続的に上昇させる。空気を吐くときには流入する酸素に対抗することになる。その結果、気道内圧は一定の値まで上昇する。これはPEEP (positive End Expiratpry Presshure, 呼気終末陽圧)と呼ばれるもので、肺胞の虚脱を防ぎ、肺の酸素取り込み能力を上昇させる。
(3)二酸化炭素の排出能力を向上させる。酸素が無理矢理入ってくることによって、上気道に溜まっている二酸化炭素が外に追い出される。
(4)気道粘膜の清掃機能が向上する。酸素は適切な湿度で気道に送り込まれるため、弱っていた粘膜に湿気を与えて機能を回復させ排痰効果を向上させる
(5)マスクに比べて楽。話せる。食べられる。メガネもかけられる。
欠点も当然あって、
(1)費用の多くは病院の持ち出しになる。空気と混和して患者に供給するにしても大量の酸素を使うことには変わりがなく、酸素消費量に見合った保険点数が付いていない。
(2)鼻カヌラの形で機能に差がある。PEEP能力が高ければ二酸化炭素排出能力は低い
(3)機械の音、特に空気が流れる時に管が出す音がとても大きい。これは徳島県立中央病院の西村匡司(まさじ)先生の総説2)に書かれている。流量が大きくなると音が大きくなるのはもちろんだが、同じ流量でも酸素濃度が上がるとさらに音が大きくなる。
長期使用にも耐えられる
大量の酸素を24時間吹き付けるのだから長期的には体に良くないと思われるのだが、患者は長期の使用にも耐えられるようだ。神戸市民病院から論文が出ている3)。対象は1日16時間以上で1ヶ月以上の長期酸素療法を受けている慢性閉塞性肺疾患患者104例。これを、通常の酸素投与群と高流量群に分けた。評価方法は中等度もしくは高度の増悪率とした。また動脈酸素分圧などの酸素化機能やQOL(Quality Of Life)スコア、6分間歩行テストの評価も比較した。結果として、通常の酸素投与群では60週までに6割が中等度もしくは高度の増悪をきたしたのに対して、高流量群では増悪は4割に留まった。60週における死亡率は両群で差がなかった。QOLなどの日常生活のスコアは両群で差は見られなかった。
新型コロナと高流量鼻カヌラ
高流量鼻カヌラは大量の酸素を患者に吹き付けるのだから、肺に入らなかった酸素であっても患者の鼻腔や口腔を経由して外に出て行く。患者が新型コロナに感染していた場合には、大量のエアロゾルを撒き散らかす可能性があるだろう。これに対して日本呼吸器学会では4回にわたってホームページに声明を発表している。
まずは2020年4月24日。「COVID-19肺炎に対するHFNCの使用について」4)。HFNCとは高流量鼻カヌラのことである。2020年4月は前年暮れに中国で発生した新型コロナで全世界中がパニックに陥っていた時期である。この声明では2つの方針を出している。一つ目。酸素マクスもしくは低流量鼻カルラで維持できなくなったら気管挿管する。送還できない場合のみ高流量鼻カヌラを使う。二つ目。酸素マクスもしくは低流量鼻カルラで維持できなくなったら高流量鼻カヌラを行い、それでもダメなら気管挿管をする。高流量鼻カヌラはエアロゾルを減らすために流量を落とす。さらに、このどちら「を選ぶかは核施設の状況、考え方で判断する」。
次は2020年7月13日5)。声明ではなくてアンケート調査の結果である。これを見ると、新型コロナ患者(疑いを含む)に対して高流量鼻カヌラを使用した経験がある施設は156施設中18施設(12%)であった。非常に危険な感染症と思われてた時期なので、こういうエアロゾルを撒き散らかすような可能性のある治療法は選択されないであろう。実際に施設の声として「初期に使用しましたが、その後原則禁止になりました」と書かれている。
3つ目は2021年2月5日付6)。1年間の新型コロナの経験を踏まえて、酸素マクスもしくは低流量鼻カルラで維持できなくなったら高流量鼻カヌラを行い、それでもダメなら気管挿管をする、という方法が積極的に推奨されている。高流量鼻カヌラは新型コロナにも有効で気管挿管を食い止める力があることがその理由である。
4つ目は2021年3月2日付7)。アンケート調査。この時点では高流量鼻カヌラの使用経験が139施設中68施設(49%)に上昇している。新型コロナの正体が次第にわかってきて、それに伴って高流量鼻カヌラの利点もはっきりと認識されてきたためだろう。コメントでは流量を毎分35L以下や40L以下とすると書かれている。
気管挿管を避けられるのはありがたい
これを読むと、新型コロナの発生があっても高流量鼻カヌラは選択されてきたことがわかる。装置は単純だし、気管挿管を避けられるのは医療側と患者側の双方に好都合なので、呼吸器内科や集中治療以外にも広まっていくだろう。
文献
2)Respir Care 2018 Jun; 64(6):735-42
3)Am J Respirated Crit Care Med 2022 Dec 1; 206(11):1325-35
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