240504救急隊員日誌(233)消防官を選んだ君に問う

 
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救急隊員日誌
月刊消防 2023/10/01, p64
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「消防士を選んだ君に問う」

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 消防学校で学んでいる君に問う。高校時代にどの教科が好きだったか。物理もしくは歴史だったかもしれない。しかし消防ポンプ学が大好きだったことはあり得ない。日本国中で消防学を教える高校はないからだ。高校時代に歴史が好きであれば歴史学科の授業は面白いに違いないが、なぜ君は歴史学科のある大学に進学しなかったのだろう。消防士を選んだのは君自身の責任である。君はまず消防士を選んだことを受容すべきだ。消防士の授業が面白くないからと言って、すぐに結論を急いだり、授業をサボることは許されない。居眠りなどは以ての外である。

 さらに問いたい。君に奉仕と犠牲の精神はあるか?消防の仕事は漫画のような格好いいものではない。自ら死の危険に遭っているにも関わらず、市民から罵声を浴びせられることも日常茶飯事。重症傷病者のために仮眠すらできず、つかの間の休日でさえも非常召集で取り消されるだろう。給料も不釣り合いだ。それでも君は、救急車の中で痛みを訴える傷病者の心に寄り添うことできるか?もし出来ないと思うのであれば、今後の君について教官に相談すべきだ。 

 そして君に求める。消防士の知識不足は許されない。知識不足のまま消防士になると、罪のない市民を死なせてしまう。そればかりか仲間も死なせることになるだろう。そして自責の念がないまま歳とともに階級が上がり、「この現場では仕方がなかった」と言い訳をするに違いない。こんな消防士になりたくないなら、徹底的に「学び続ける」しかないと覚悟しなければならない。君自身や、その家族、愛する恋人が危機に陥ったとき、勉強不足の消防士にその命を任せられるか?消防士に知らざるは許されない。消防士になるということは、本来身震いがするほど怖いことである。

 最後に君に願う。消防士の喜びは二つある。一つ目は、災害現場における消防士の活躍によって、市民の人生の危機を脱することができた場合だ。火災現場から要救助者を助け出した。適切な放水で早期に鎮火した。救急救命処置を行うなど適切な救急活動で社会復帰を果たしたなどが想像しやすい。すなわち市民の安堵が消防士の喜びである。二つ目は未来に向けた消防的研究、医学的研究の喜びである。例えば君が素晴らしい消防士になって、火災現場から要救助者を救出したとする。それはとても尊いことであるが、その場面は消防人生で何回訪れるか。君の熟練した神業の恩恵を受ける市民は何人に達するか。年間10人、消防40年で400人救出したとしても、5万人の管轄人口では1%に満たない。されにその救出した数だけ見れば、日本の人口の中では無視できるほど少ないと言える。それは救急活動も同様である。

 住宅用火災警報器が普及する前、消防士が到着した頃には炎は天井を突き破り、逃げ遅れた市民は時すでに遅しという場面が幾度もあった。しかし住宅用火災警報器は住宅に義務設置となった以来、全焼火災やそれに伴う死者数は5割減となっている。君が休んでいる今この瞬間も、二千円程度の住宅用火災警報器が日本中の市民を救い、今後も救い続けるのだ。

 一つ目の喜びは消防士として当然目指すべきである。しかしこれのみで満足せず、二つ目の喜びを是非体験したいという想いをぜひ育てて欲しい。消防士の喜びというのは、社会的地位や見た目の華やかさではなく、市民のために役立つ何かをなし得たと思える時なのである。

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