240715救急隊員日誌(233)お腹の大きな戦士たち

 
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救急隊員日誌
月刊消防 2023/12/01, p64
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お腹大きな戦士たち

「いい体つきをしている。」 年を重ねるにつれて、そのように声をかけられる事が多くなった。もやしのように細い消防士では頼りにならないだろうし、お腹は出ていない方が説得力はありそうだ。体の事で声をかけられる度に、僕はいつも同窓会を思い出す。

 皆働き盛り。スーツもバッチリ決まっているし女性は華やかだが、体のラインはごまかしきれない。男同士で比べてみるとお腹が出ている同級生が目立つ。「お前、消防士だって?すげー締まってるな!」 酔っているせいかバシバシと叩かれる。「そりゃ消防士だからな。」と謙遜しながらも、心の中では勝った気がしていた。女性にモテるのはいつの時代も細マッチョだろう。

 テーブルには、男たちが自然と集まった。若くして係長とか課長とか出世している奴もいる。男は仕事の話が大好きだ。お客さんを勝ち取った時の話や高額の契約をとった話。左遷された話も聞いた。新しいビジネスプランの発表会が始まるテーブルもあった。声高らかに語っているこいつは落第ギリギリだったし、「いいぞー!」と合いの手を入れているのは不登校だった奴だ。マイク片手にこれからの日本という盛大なテーマで語る。いつの間にか肩なんか組んじゃったりして。

 同窓会の雰囲気はとても楽しい。だけど僕には、高額の契約もビジネスプランも全く馴染みがなかった。貸借対照表なんで語られてもまるで違う星の人みたいだ。何の話をしているのか全く分からない。僕はその輪に入ることができなかったのである。とりわけお腹出た彼が言う。「陽が暮れるまで働く。家に帰ったら子供の宿題も見ないといけないし、奥さんの話も邪険にできない。そうすると自然にビールに目が向かう。本当はお前みたいにランニングしたいけど時間が取れなくてな。それよりもたくさん仕事してライバルに勝ちたいんだ・・・。」彼はビールグラスを煽ると、「それにしてもこの腹、ちょっとヤバイ?」とおどけて見せた。

 彼のニコニコした様子がとても素敵で、僕には輝いて見えた。僕は言った。「なんだよ。カッコいいじゃん。」 全てを受け止めてるんだ、そのお腹ってやつが。俺の方がちょっと勝ったって思ったけど全然そんなこと無かったよ。仕事への向き合い方も、家族への愛もその立派なお腹も。どうやら完敗だわ。大いに楽しんでいる彼らを見て、なんだか僕がここに居るのは場違いな気がした。公務員の僕に金儲けの感覚はないし非番日があるから自由な時間もきっと多い。クビになる心配もない。なんかぬるま湯に入っているみたいだ。

 なぜ消防士がいい体をしているのか。それはもう”消防士だから”と言う他ない。でも彼らが日頃の疲れを食事やお酒で癒しているように、僕らは筋トレで疲れを癒している。とも言えそうだ。現場で辛いことがあった時、例えば僕はロードバイクに乗る。山を登り、下り、さらにペダルを回していると酸素欠乏になってボーッとしてくる。そうすると、嫌なことを忘れることができる。仕事で辛いことがあればあるほど体が出来上がっていく。消防士の体つきがいいのは、きっとそんな仕組みだからなのかもしれない。

 僕ら消防士の体が締まっていることと、彼らのお腹が出ていると言うことは同じ意味合いのように思えてきた。みんな何かと戦っている戦士だ。次の同窓会。今度はもう少し自分に自信を持ってみよう。マイクパフォーマンスはとても出来ないけど、消防士のこれからについて語れるくらいにならないとな。そして今日も僕はペダルを回し、走り、バーベルを上げるのであった。

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