241007最新救急事情(248)2023年ノーベル生理学・医学賞はmRNAワクチン

 
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最新救急事情

月刊消防 2024/01/01号 p52-3

最新救急事情

2023年ノーベル医学生理学賞はmRNAワクチン

目次

はじめに

毎年10月になるとノーベル賞の発表がある。2023年のノーベル医学生理学賞はmRNAワクチンの基礎を築いたカリコー氏とワイズマン氏の二人に送られた。新型コロナが世界中の脅威となる中で発生からわずか1年でワクチンを完成させることができたのはこの二人の基礎研究によるもので、今生きている人は足を向けて寝られないほどのありがたい人たちである。ちょっと難しい話になるが、ネットには素晴らしい解説1)があるのでそちらにも目を通していただければ理解は深まるだろう。

免疫とワクチン

はじめに、ワクチンがなぜ利くのかのおさらい。ヒトはウイルスなどの感染症にかかると、そのウイルスをつぶさに分析し抗体を作る。その抗体がウイルスもしくは感染した細胞を攻撃することでウイルスは除去され感染症は治癒するのだが、分析する時間が長いとウイルスはどんどん増殖するため、強い症状が出たり時には死亡したりする。ウイルスとの戦いに勝ち生き残った場合には、作られた抗体の設計図はそのヒトの免疫細胞の中に記憶される。次に同じウイルスで感染が起こると、ヒトは過去の設計図をもとに迅速に抗体を作ることで、早々とウイルスをやっつけることができる。

安全なワクチンが最初に登場したのは天然痘に対してである。天然痘は死亡率の高い病気で、感染を防ぐために患者の膿を健常者に接種することが行われていたが、この方法では新たな患者を生みだすことから死亡する危険もある方法だった。イギリスのジェンナーは1796年、牛痘を健常者に接種することで天然痘の予防ができることを示した。この種痘法は急速に全世界に広まり、1980年のWHOによる天然痘撲滅宣言へと繋がる。私たちの年代には、左の肩口あたりに種痘の跡である皮膚の凹みがあるが、1975年以降に生まれた人たちには凹みがないのは天然痘が撲滅されたためである。

mRNA

mRNA(messenger RiboNucleic Acid、リボ核酸)はDNA (DeoxyriboNucleic Acid、デオキシリボ核酸)が持つタンパクの設計図をタンパク質の工場であるリボゾームに伝えるメモ書きのようなものである。このメモ書きに従って細胞はタンパクを作り出すのだが、タンパクができてしまえばメモ書きは不要なため、すぐに分解される。ワクチンとしてmRNAを細胞に送り込む場合には、この「不安定さ」が大きな問題となったのだが、他にも「どうやって細胞に送り込むか」、送り込んでからmRNAが「ちゃんとタンパクを作ってくれるか」も問題となった。今回のノーベル賞の受賞対象は、三つ目の「ちゃんとタンパクを作ってくれる」方法を示したものである。

RNAの部品の一つに手を加える

ここからは、ノーベル財団のホームページ2)に沿って記載する。受賞者二人が着目したのは、試験管内でmRNAでワクチンを作って動物に投与すると強い炎症反応が出てしまうことだった。哺乳類から抽出したmRNAを用いれば炎症反応は起きない。この違いは、生体ではmRNAは作られてから工場に届くまでに変化が起きているのに対し(これを修飾という)試験管でのmRNAは作られたそのままでまま工場に届くため炎症反応を起こすのではないかと二人は考えた。様々な修飾を試みた二人は、2005年、mRNAの部品の一つであるウリジンに塩基修飾を加えることで、炎症反応を抑えることを発表した3)。さらに2008年 4)と2010年 5)には、修飾によりmRNAの合成効率を上げることも示した。

すでにコロナウイルスのワクチンはできていた

2010年からは、モデルナやビオンテックといったベンチャー企業がmRNAワクチンの開発に取り組み始めた。2017年からは狂犬病、ジカウイルス、鳥インフルエンザ、中東呼吸器症候群のワクチンが順次臨床試験に入っていた。このうち、中東呼吸器症候群は新型コロナウイルスと同じコロナウイルスであり、このワクチンではコロナウイルスの持つ表面スパイクタンパクを標的としている。新型コロナに対するワクチン作成においては、この中東呼吸器症候群ワクチンの成果を土台としている。

今回の受賞の意味

新型コロナというパンデミックにおいて、ワクチンが果たした役割は明らかである。ノーベル財団では「何百万人の命を救った」と書いている2)。ワクチンに載せるmRNAを変えるだけで色々な感染症に対応できるのも素晴らしい。さらに、患者が必要とするタンパクを自由に作り出す方法であることから、先天性疾患・遺伝子病や癌治療にも広がっていくだろう。癌治療では今はものすごく高価な抗体を定期的に投与する方法が広まっているが、これが一回の注射で終わり癌が消滅するようになるかも知れない。今後の発展に期待しよう。

文献

1)Lab BRAINS https://lab-brains.as-1.co.jp/enjoy-learn/2023/10/54465/

2)ノーベル財団 https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/2023/press-release/

3)Immunity 2005; 23(2): 165-75

4)Molecular Therapy 2008; 16 (111) 1833-1840

5)Nucleic Acids Research 2010; 38 (17) 5884-5892

 

 

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