プレホスピタルケア2019年4月号 p76-78
口頭指導で胸骨圧迫をすぐ開始させるための方策:救急講習会における模擬口頭指導よる検証
松本兼輔
石川県 羽咋(はくい)郡市広域圏事務組合消防本部
著者連絡先
松本兼輔(まつもとけんすけ)
matsumoto.JPG
羽咋郡市広域圏事務組合消防本部
羽咋消防署 救助係長
〒925-8511
石川県羽咋市中央町ア185番地
TEL 0767-22-0089 FAX 0767-22-5319
目次
はじめに
当消防本部の概要と救急講習会の頻度を表1に示す。当消防本部の平成30年中の心肺停止(Cardiopulmoary arrest, CPA)件数は94件、口頭指導実施件数は63件、うち救急隊が到着して時点でバイスタンダーが効果的な胸骨圧迫を行っていたのは33件、52%であった。普通救命講習は51件、その他の救急講習会は67件の開催であった。当消防本部に限らず地方都市の消防本部ではCPA症例が少ないため通信指令員の経験不足は否めない。そこで当消防本部では救急講習会を利用し通信司令員の口頭指導訓練を行っている。
今回私たちは救急講習会での口頭指導の様子を動画撮影することで現状の口頭指導の問題点を抽出し、その問題点を解消すべく口頭指導を改善したので報告する。
対象と方法
救急講習会を受講する受講者の同意を得て、そのうち40名に対して電話での口頭指導を行い、その様子を記録した(図1)。口頭指導を行なった消防職員は5名で、口頭指導経験は1年から4年(平均1.8年)であった。撮影された動画は後日通信指令員と救急救命士が閲覧した。
動画での検討項目は以下である。
1)電話発信から蘇生行為の各要素が開始されるまでの時間(図1)
2)口頭指導を受ける受講者の様子(図2)
時間については平均値で表し、様子については共通すると思われる事実をまとめた。
3)また受講者にはアンケートで蘇生行為についての疑問点を挙げて貰った。
結果
(1)現状の口頭指導の問題点
1)電話発信から蘇生行為の各要素が開始されるまでの時間
電話発信から通信指令員が心停止を確認するまで54秒であった。また胸骨圧迫開始まで1分24秒であった。これらは通信指令員の呼吸の確認、胸骨圧迫の説明に時間を費やしていることが原因であった。
2)口頭指導を受ける受講者の様子(表2)
結果を表2に示す。
通信指令員が胸骨圧迫実施者に話しかけると手が止まり、胸骨圧迫が中断した。丁寧な口頭指導をしたからといって効果的な胸骨圧迫をするとは限らず、また効果的な胸骨圧迫がされていない理由で最も多いのは深さが足りないことであった。
3)アンケートの集計結果(表3)
傷病者の状態を確認する質問が難しい。また、胸骨圧迫の位置はガイドラインが示す「胸の真ん中」では理解できず「乳頭の間」と聞くとわかる。そのほかは胸骨圧迫に関する疑問が多かった。
(2)改善した口頭指導
目的を胸骨圧迫の早期開始と考え、口頭指導手順を次のように改善した。
・心停止の確認では、胸骨圧迫を早期に開始させるため、呼吸の確認はしっかりできなくても不安があれば口頭指導を開始する。
・胸骨圧迫の開始では、胸骨圧迫の説明は詳細に行わず、すぐに乳頭の間を押すように伝える。
・胸骨圧迫の継続では、通信指令員が話しかけても胸骨圧迫は絶対にやめないよう伝える。
・胸骨圧迫の修正では、胸骨圧迫が開始されてから胸骨圧迫の詳細な説明を行い、手技を修正していく。
改善した口頭指導手順に従い、以前と同様に救命講習会で受講者に口頭指導を行い、その様子を録画し検討した。その結果、通信指令員の心停止の確認まで25秒、胸骨圧迫開始まで31秒となった(図3)。通信指令員からはスムーズに胸骨圧迫実施者が動いてくれたとの声があった。しかし、胸骨圧迫を開始してからでは押す位置がうまく修正できないとの問題点も明らかとなった。
アンケートでは胸骨圧迫を始めてから一つ一つできているか確認しながら教えてくれたので安心したという意見があった。最初に正解を教え込んでそれに従うことを求めるのではなく、胸骨圧迫を行いながら手技を修正していたことが受講者には受け入れやすかったようである。
考察
私たちは口頭指導のテーマとして Early chest compression (迅速な胸骨圧迫開始)を掲げている。動画による検証の結果、迅速な胸骨圧迫開始を妨げている要素が明らかとなった。これらの要素は口頭指導の内容を変更することで容易に解消できることが多いことも今回の研究で明らかとなった。また今後の課題も明らかとなった。胸骨圧迫の位置、深さの伝え方、有効な胸骨圧迫をしているか確認する方法の3点である。救急講習会での口頭指導訓練は通信指令員の経験不足を解消することができると考える。また、動画による検証は通信指令員とバイスタンダーとのギャップを埋める有益な手段である。今後も引き続き、改善した口頭指導手順で訓練を行い、動画を検証し、口頭指導とバイスタンダーによる胸骨圧迫の質の向上のため研究を続けていきたい。
結論
(1)救命講習会で口頭指導を行うことで、口頭指導の問題点を明らかにした。次に改善した口頭指導を救命講習会で行い、受講者が胸骨圧迫までの開始時間が短縮された。
(2)受講者に対して、胸骨圧迫の位置と深さの伝え方、有効な胸骨圧迫をしているか確認する方法は今後の課題である。
コメント