月刊消防2022年6月号 p38-43
『ファイヤーファイターサバイバル』
目次
プロフィール
題名
ファイヤーファイターサバイバル
1 はじめに
この度、救助の基本+α「ファイヤーファイターサバイバル(Fire Fighter Survival, FFS)」を担当させていただきます、東広島市消防局東広島消防署高度救助係の江籠直之と申します。よろしくお願いします。
当消防局は広島県の中央部に位置し、1局4課3署6分署で組織され、職員定数291人(令和3年4月1日現在)で、東広島市、竹原市及び大崎上島町の2市1町、面積796.5㎢、人口約22万人を管轄しています。(図1・図2)
管轄する2市1町は、酒蔵と赤レンガの煙突が軒を並べる町並みや安芸の小京都と呼ばれる町並み、瀬戸内海の島々を望む風光明媚な景色等、風情ある景観と豊かな自然環境に囲まれ魅力溢れる町です。
図1
広島県における東広島市消防局の位置
図2
消防署配置図
2 ファイヤーファイターサバイバル
ファイヤーファイターサバイバル(FFS)とは、火災現場で活動中の消防隊員が危機的状況に陥った場合に、窮地を脱するための技術です。
近年、都市部では高層建物が多く建ち並び、高気密な耐火建物の増加により火災現場での活動も変化し、活動中の消防隊員が危険な状況に陥る事例が毎年、全国各地で発生しています。
火災現場では、時間の経過とともに状況が変化し、炎や煙、熱ばかりでなく、フラッシュオーバーやバックドラフト、落下物や建物の倒壊等、様々な危険が存在し、このような危険な環境の中、活動を行わなければなりません。
隊員の負傷や殉職事故を防止するためには、危険を回避し危機的状況に陥らないことが一番ですが、万一、火災現場で隊員に危険が差し迫った状況では、各個人または隊として危機を脱する技術、生還する技術を身に付け、対策しておくことがとても重要となります。
今回は、消防隊員が危機的状況に陥った際の対応「FFS」をテーマとし、「セルフサバイバル(個人)」と「チームレスキュー・緊急介入隊員/隊(Rapid Intervention Crew/ Team, RIC/T)」に分けて紹介します。
3 セルフサバイバル
「セルフサバイバル」とは、文字どおり隊員自らが生き残るための技術です。
火災現場では、バディ若しくは隊で行動することが必須ですが、何らかの事態により検索ロープから離れ「孤立する」、「脱出経路を見失う」など、活動隊員自身(個人)が危機的状況に陥った際には、まずは危機に瀕した隊員自らが窮地を脱する術を探り行動することが大切です。
このような状況に陥った場合には、パニックにならないように落ち着き、空気残圧や状況等を確認してメーデーコールを行い、応援を求めます。
3‐1 延長ホースを利用した脱出
屋内進入した消防隊員が、活動中に危険な状況に陥った際に携行したホースを辿って脱出する方法です。
もし、屋内進入して何らかの事態によりホースから手が離れ危機に瀕した場合には、ホースラインを探し、見つけることができれば脱出の有効な手段となります。筒先や結合部の金具を頼りに脱出方向を判断しますが、結合部の金具の位置を探るには、ホースを持ち上げ床にぶつかる音がすれば結合部が近いと判断でき、音がしない場合にはホースを辿る等により結合部を見つけ、メス金具とオス金具を触ることで脱出方向を把握できます。(写真1・2)
写真1 結合部探し(ホース持ち上げ)
写真2 結合部確認
なお、メス金具側が火点方向(筒先)、オス金具側が進入口方向(消防車両等)となります。結合部の金具により脱出方向を把握した後、姿勢を低くし、ホースを辿って脱出方向に進みます。(写真3)
写真3 脱出方向
この際、ホースが重なっている場合等には、ホースから手を離してしまうと筒先方向のホースを握ってしまい危険側に進んでしまうことがあるため、注意点として、「ホースから手は離さず摺らす」、「空気呼吸器の離脱等で止むを得ず手を離す場合には、膝等でしっかりと保持し、作業後は確実に脱出方向のホースを握る」ことが大切です。(写真4~8)
写真4
確実に脱出方向のホースを掴む
写真5
手は離さない。摺らすこと
写真6
手を離してはいけない
写真7
離すと掴むホースを誤り危険側に進む可能性がある
写真8 ホースから手を離す際には膝等で確実に保持する
3‐2 空気呼吸器の離脱等、狭隘箇所の通過
ホースを辿り脱出する際には、様々な障害物があることも予想され、狭隘箇所を通過するためには体位を変換し、さらに空気呼吸器を離脱しなければならないこともあります。
狭隘箇所では、その障害となっている脱出口の高さ・幅等を測りサイズを把握します。(写真9・10)
この際、併せて通過する箇所の強度を確認して、踏み抜き等による事故を防止します。
写真9
脱出口の把握。前腕を基準とした幅の計測
写真10
前腕を基準とした高さの計測
⑴ 狭隘箇所通過(空気呼吸器着装)
脱出口のサイズによっては、体位を変換することにより通過が可能であり、空気呼
吸器はそのままに、片腕あるいは両腕を伸ばして頭部側から進入し通過します、後ろ向きに座った状態で臀部をかわした後に頭部を通過する等の方法があります。(写真11)
写真11 頭部から進入し通過
⑵ 狭隘箇所通過(空気呼吸器半離脱)
さらに狭隘な箇所では、空気呼吸器を半離脱あるいは完全離脱して通過する必要があります。半離脱で通過できるサイズであれば、片方の脇バンドを緩め、緩めた反対側に空気呼吸器をずらします。(写真12)
こうすることで、着装状態では通過できない高さも通過可能となり、通過後には脇
バンドを締め直すのみで容易に再着装が可能です。
写真12 空気呼吸器を半離脱させての通過
⑶ 狭隘箇所通過(空気呼吸器完全離脱)
身体が通過できるだけの極狭隘箇所では、空気呼吸器を完全離脱して通過する必要がありますが、視界不良の中、空気呼吸器の離脱、通過作業、通過後の空気呼吸器再着装等を実施しなければならず、隊員の精神的及び身体的負担も大きくなりますので、どれくらいのサイズなら「空気呼吸器を着装したまま通過できるのか」「完全離脱すれば通過可能なのか」自身の通過できるサイズを把握しておくことも大切です。
また、完全離脱する際には、空気呼吸器を身体から遠く離してしまうと、中圧導管が引っ張られ面体がずれてしまいます。中圧導管側の肩バンドを保持したまま行えば、身体から離れることも防止でき通過後に再着装する際にもスムーズな着装が可能です。
(写真13・14)
写真13
空気呼吸器を完全に離脱した状態での通過。普段から通過できるサイズを把握しておくこと
写真14
肩バンドから手を離さないこと
狭隘箇所を通過した後は、空気呼吸器を再着装しますが、この際、ホースを膝等で保持し見失わないように注意してください。
3‐3 サバイバルポジション
開口部付近まで退避できたが、室内に安全な場所がなく、地上等への脱出方法がない場合には、緊急避難として、開口部に片腕及び片足を絡め、体勢を低くし火炎の吹き出しや高温熱気から一時的に逃れ、仲間の救出を待つ方法があります。(写真15)
しかし、これはあくまでも一時的な緊急避難であり、身体的負担が大きく、長時間この体勢を維持するのは困難なため、迅速な仲間の対応が必要となります。
写真15 サバイバルポジション
4 「チームレスキュー・緊急介入隊員/隊(Rapid Intervention Crew/ Team, RIC/T))
「RIC/T」とは、消防活動中の隊員が危機的状況に陥った場合に救助を行う隊員/隊を指します。
活動隊員自らの危機的状況回避については、セルフサバイバルで紹介しましたが、自力脱出が困難な隊員(以下「要救助隊員」という。)はチームレスキューにより危機から脱します。
火災現場では、緊急介入隊(Rapid Intervention Team,RIT)を指定し、消防隊員の危機に備えて常に待機させておくことが望ましいです。しかし、多くの消防本部は、消防活動中の隊員に事故があり、危機に瀕した際に緊急的に組まれ救出活動を行う体制の本部が多いのではないでしょうか。
4‐1 検索・搬送
自力での脱出が困難となった要救助隊員の下へは、仲間が駆けつけ助け出さなければなりません。屋内に延長されたホースや、要救助隊員の携帯警報器の音を頼りに検索し、発見したならば、状況等を無線で報告し、安全な場所あるいは開口部等まで搬送を開始します。
要救助隊員の空気呼吸器の肩バンドを保持して搬送する方法や、テープスリング等を活用した引き摺り搬送、要救助隊員の襟を掴み引き摺る方法、縛帯や搬送器具を用いて要救助隊員を搬送する等、方法は多くありますが、視界の悪い中、緊急的に搬送しなければなりません。
記載した方法では、襟を掴む方法は「しころ」を捲り上げるため防火衣内に熱気が侵入するおそれがあり、搬送器具を活用する場合には視界不良での作業かつ手順も増え時間を要す等のデメリットがあります。一方、肩バンド及びテープスリングを活用した方法は、握りやすく力も入りやすいため、早期に搬送を開始できます。
⑴ 肩バンドを保持(一人搬送)
この方法は、緊急時、要救助隊員の空気呼吸器の肩バンドを保持し、即座に頭部方
向に救出を開始できます。片手で肩バンドを保持出来れば、進行方向を確認しながら
の搬送も可能ですが、両手で保持する場合には、後方(進行方向)の安全確認が疎か
にならないように目視確認・踏み抜き確認等を再徹底し搬送を行います。(写真16)
写真16 一人搬送
⑵ 肩バンドを保持(二人搬送)
一人搬送と同様に要救助隊員の空気呼吸器の肩バンドを保持し、頭部方向に即座に救出が可能であり、RIT隊員は進行方向を向いて搬送できるため安全かつ迅速な搬送方法です。
なるべく姿勢を低くし、高温熱気から身を守り搬送します。(写真17・18)
写真17
二人搬送。要救助隊員の正面から
写真18
要救助隊員の空気呼吸器の肩バンドを保持する
⑶ テープスリングを活用
要救助隊員の空気呼吸器の肩バンド(両肩)にテープスリングを通し、端末の輪を握って引き摺り救出します。
姿勢を低く保ち易く、輪に手がしっかりと引っ掛かるため力も入りやすい救出方法
です。(写真19・20)
写真19
テープスリングを活用した搬送
写真20
姿勢を低く保ち易く、輪に手がしっかりと引っ掛かるため力も入りやすい
4‐2 三連はしごを使用した救出
セルフサバイバルで退避してきた隊員、チームレスキューで開口部まで搬送してきた要救助隊員を、三連はしごを使用し迅速に地上に救出します。応急はしご救出は、過去の救助の基本+αでも紹介されていますので、割愛させていただきます。
今回は、緊急時に救出する方法として「緊急抱え救出」と「緊急はしご救出」について紹介します。
⑴ 緊急抱え救出
緊急抱え救出は、開口部の下方に三連はしごを架梯し、サバイバルポジションで助けを待っている隊員、あるいは屋内進入したRIT隊員から受け取った要救助隊員の脇の下に片方の腕を、もう一方の腕は股の間を通し、三連はしごの裏主管を握り降梯して救出する方法です。(写真21~23)
写真21 開口部(要救助隊員)の下方に三連はしご架梯
写真22 抱え要領(脇)
写真23 抱え要領(股)
⑵ 緊急はしご救出
緊急はしご救出は、通常の応急はしご救出と異なり、横さんではなく、三連はしご両側の支管にロープを通し、下部確保員は三連はしご側面で確保し地上に救出します。
サバイバルポジションで開口部に絡めている要救助隊員の腕、足あるいは上半身を乗り出して救出を待っている場合には下半身を外に出すことができれば救出が可能なため、応急はしご救出の様に高所支点を必要とせず、開口部正面に架梯する必要もありません。また、三連はしごを押し出す動作は必要なく、少ない人員で迅速な救出が可能です。
注意点として、要救助隊員の荷重が三連はしごにかかる際には傾くことも考えられ
ます。上部固定あるいは上部確保等の措置や三連はしごの架梯位置は要救助隊員に近い位置とし、沿うように救出して横ずれを防止する等、転倒防止に留意します。(写真24)
写真24
緊急はしご救出
4‐3 救出後、装備脱装
救出後は、要救助隊員の空気呼吸器及び防火衣を脱装します。
1人は頭部側につき、要救助隊員の面体及び防火帽を脱装し、他の隊員で空気呼吸器の各バンドの離脱、手袋脱装、防火衣のファスナー開放を行います。
次に、頭部側の隊員が要救助隊員の防火衣両袖を保持し、足側の隊員が要救助隊員を引き、要救助隊員の防火衣を脱装します。
要救助隊員がCPAの場合には、この作業と並行してCPRを実施します。(写真27・28)
写真25
防火衣脱装。1人は頭部側につき、要救助隊員の面体及び防火帽を脱装し、他の隊員で空気呼吸器の各バンドの離脱、手袋脱装、防火衣のファスナー開放を行う
写真26
頭部側の隊員が要救助隊員の防火衣両袖を保持し、足側の隊員が要救助隊員を引き、要救助隊員の防火衣を脱装する
5 おわりに
火災に関するニュースは、連日のように報道され、毎日、全国各地で火災が発生しています。建物構造の変化、大型・高層化等により火災の対応も多様化しており、安全・迅速かつ効果的な活動を実践するため、我々も日々、知識及び技術の向上に努めていかなければなりません。
火災活動の基本は、人命救助活動による住民の生命、身体の保護と消火、延焼の防止活動による被害の軽減であり、要救助者がいる場合には、消防力の全機能を挙げて人命救助に全力を尽くさなければなりません。常に危険と隣り合わせの中、予測不能な事態が起これば大きな事故に繋がるのが火災です。
活動隊員の安全を確保し、危険を察知し事故なく無事に活動を終えることが一番ですが、どこでも起こり得る「活動中の隊員が危機に瀕した時」を想定し、対応策を検討し訓練を重ねておくことが重要であると考え「FFS」をテーマにさせていただきました。
本稿が消防活動の一助となり、負傷・殉職をなくし、全国の消防隊員が「要救助者とともに事故なく無事に生還する」ことを願います。
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