近代消防 2023/6/11 (2023/07月号) p72-5
指導・助言が有効であった特異症例としてのフェノールによる化学熱傷
一木健太朗、小柳誠喜、白谷憲一
大牟田市消防本部
宇津秀晃、伊藤貴彦
大牟田市立病院
最所純平
医療法人社団鳥巣病院
目次
はじめに
救急隊が化学災害に遭遇する頻度は高くはないが、大牟田市は地域特性として複数の化学工場を有し、多種多様な化学物質が取り扱われている。今回、化学工場においてフェノール化学熱傷という特異症例に対し、近隣2次医療機関からの指導・助言が有効活用できた事案について報告する。
大牟田市は福岡県の南部に位置している。市には救急告示の2次医療機関は複数あるが、三次医療機関はなく、管外の三次医療機関まで、ドクターヘリにて約18分、陸送では約50分を要する(001)。
フェノールは劇物であり腐食性芳香族化合物に分類される。組織浸透性が強く速やかに吸収され、数十分で最高血中濃度に達します。皮膚暴露時、フェノールを直ちに除去する初期対応が重要ですが、脂溶性物質であり水的除染の効果が低いとされている。また、多彩な全身症状を呈すため全身管理が必要となる。
001
大牟田市と三次医療機関との位置関係
症例
50代男性
x年8月x日。大牟田市化学工場内。指令内容は当初は「熱中症みたい。意識が朦朧としている」というものであったが、出場途上に指令センターより「薬液付着の可能性あり」との情報を得た。
事故概要は、貯層ポンプ内のフェノールが計量槽からオーバーし床に漏洩、足を滑らせ転倒し男性が被液したものである。天候は晴れ、気温33℃、湿度68.8%であった。
現着時、傷病者は下着姿で屋外に仰臥位(002)。産業医により水的除染中であった(003)。産業医及び現場責任者から「傷病者は広範囲にフェノール付着があり、100パーセントに近い高濃度である」ことなどを聴取した。
初期評価を表1に示す。
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表1
初期評価
JCS-1
気道;開通
呼吸;回数・様式とも正常
循環:橈骨動脈にて速く触知
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002
傷病者は下着姿で屋外に仰臥位
再現写真
003
側臥位になって産業医により水的除染中
再現写真
受傷状況を004に示す。背部・四肢に約30パーセントの化学熱傷を認めた。熱傷部位は黒紫色に変色しており、熱傷深度評価は困難であった。車内収容後に撮影した写真を005に示す。尻もちを着くように転倒したとのことで、臀部付近の変色が著明である。
現場活動として、産業医指示のもと水的除染を継続した。また、救急隊にて乾的除染(006)を実施し、その他様々な二次災害防止に努めた(表2)。
バイタルサインの変化を表3に、車載心電図モニター波形を007に示す。この傷病者に不整脈の既往はなく、フェノール吸収により不整脈を惹起したと推測された。
004
受傷状況。背部。四肢に約30%の化学熱傷あり。黒紫色に変色。受賞部位に疼痛あり。
熱傷深度評価は困難
005
車内収容後に撮影した写真。尻もちを着くように転倒したとのことで、臀部付近の変色が著明
006
救急隊にて乾的除染を実施
再現写真
表2
行った二次災害防止項目
表3
バイタルサインの変化
007
車載心電図モニター波形。この傷病者に不整脈の既往はなく、フェノール吸収により不整脈を惹起したと推測された
本症例では火炎熱傷と異なり皮膚所見からの熱傷深度評価が困難であり、また、除染時間や手段についても救急隊だけでは判断がつかなかった。
病院選定については、広範囲化学熱傷や皮膚吸収による中毒症状出現の可能性から救命救急センター適応と判断したが、空路搬送は密室環境のため二次災害の危険があり困難と思慮した。しかし陸路搬送は、初療の遅れが懸念されました。幸いなことに管内2次医療機関には3次医療機関から出向中でドクターヘリでの活動経験も豊富な救急医が勤務しており、管内2次医療機関に指導・助言を仰いだ。
指導・助言内容は以下の3点であった。
(1)広範囲化学熱傷で3次医療機関での治療が必要なためドクターヘリを要請すべきである。
(2)2次医療機関には除染設備がなく、既に約30分間、水的除染施行されているため二次災害に留意しランデブーポイントまで搬送せよ。
(3)水的除染のみではフェノールの除去が困難であるため、2次医療機関薬剤師が緊急で作成する7パーセントエタノールで除染すること。
この指導・助言を受けドクターヘリを要請、更に2次医療機関医師をランデブーポイントにピックアップ後、救急車内にて各機関が連携し7%エタノールによる除染を実施した(008)。
時間経過を表4に示す。
診断名は化学熱傷、フェノール中毒であり、フェノールによる肝腎障害も併発した。程度は重症。3次医療機関に搬入後、壊死組織除去術であるデブリードマンや植皮術等が施行され、その後、循環不全や臓器障害を来すことなく軽快している
008
7%エタノールによる除染
表4
時間経過
考察
化学熱傷時の初期対応は、基本的に乾的除染、水的除染が一般的ですが、それらだけでは不十分な場合がある。フェノールなどの特異事案では、熱傷深度評価、病院選定など、判断に難渋する。本症例は二次医療機関の指導・助言を元に活動方針が明確化され、消防、2次医療機関の医師、薬剤師、3次医療機関、ドクターヘリによる連携が奏功し、傷病者の予後改善に寄与できたと考える。特異症例において指導・助言は特に有用である。
ここがポイント
フェノールはベンゼン環に-OHがついたもので、以前は1.5-2%溶液が手指の消毒に広く用いられていて、ある程度の年齢だと保健室や診察室の匂いがこのフェノールである。フェノールはエタノールに極めて溶けやすいため除染に用いられる1)。
健栄製薬は急性中毒の2例が報告している2)。(1)32歳、男性。100%、75℃のフェノールを頭からかぶり蒸気を大量に吸入。体表面積の42%の化学熱傷と気道の発赤を認めた。また、25日後突然呼吸困難が出現し、閉塞性細気管支炎が認められ、最終的には肺繊維症、多発性肺嚢胞を形成した。(2)作業中に誤って5名の工員がフェノールを浴びた。直ちに水洗し、救急搬送されたが、いずれも皮膚の灼熱感、疼痛及び眼痛を訴えていた。
日本中毒情報センターでは化学物質や動植物毒による急性中毒について情報提供をしている。1例につき2000円と有料だが有効に利用したい。
参考文献
1)東豊製薬株式会社インタビューフォーム
https://www.yoshida-pharm.jp/files/interview/17.pdf
2)健栄製薬感染対策学術情報
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