月刊消防 2024/08/01号 p74-5
目次
はじめに
真夏である。北海道も暑い。私が小さかった頃は、北海道で30度を記録する日なんてそれほどなかった。よく覚えているのは、盆踊りに行くときにモモヒキをはいて行ったこと。今の旭川は、お盆終わりにも30度を超える日が頻発する。
夏になっての注意点は広く広報されている。熱中症に関しては、定期的に水分を摂りましょう、エアコンをつけましょうなど。しかしこれは高齢者向けの啓蒙であり、現役のアスリートについては違った方法が取られる。今回は東京オリンピックの後に国際オリンピック委員会IOCから出た文献1)を読む。消防士は分厚い防火服を着て仕事するのだから、酷暑対策は大切だろう。
熱順応
テレビで、どこかの消防が暑い中防火服を着て走らされているのを見た。それも大切な訓練なんだと感心した覚えがある。
熱順応は高温環境下で実力を発揮するために重要な訓練である。中心体温が38.5-39.8℃になる環境で60分から90分運動をすることで皮膚温の上昇と発汗の促進がもたらされる。このトレーニングを少なくとも週4回、2週間行えば熱環境下でのパフォーマンスが向上し、医療の介入を減らすことができるらしい。熱順応が完成した後には、週2回で熱順応は維持できる。試合直前に熱順応のスケジュールを組むことができない場合は、一ヶ月以上前に熱順応スケジュールを組んで順応を完成させ、その後は最低でも2週間に一回熱順応訓練を行なって順応の衰退を最小限に抑えるようにする。一般人はそんな過酷な環境でトレーニングはできないので、厚着、暑い部屋やサウナ、風呂が用いられる。
剣道やフェンシングなど体に防具をつけるスポーツの場合の熱順応は、最初は何もつけず、日をかけて身につける防具を増やす方法が採られる。消防なら、最初はシャツで走らせ、時間をかけて防火服を増やしていけば良い。
水分補給
暑さの中でのトレーニングや競技での水の要求量は体重、喉の渇き、尿で評価する。体重は運動による減少が1-2%未満に留まること、尿比重が1.020未満に留まるようにする。また喉の渇き具合と尿の色は毎日モニターする必要がある。血液が採取できるなら、血漿浸透圧を290mmol/kg未満に抑える必要がある。
また水分補給は運動時以外でも十分にされる必要がある。運動中に摂ることができる水の量は限られるからである。試合直前に水分を多く摂ることも勧められない。一度に大量の水を飲むと尿となって体外に出てしまうからである。このことから、水分補給(水分量の補正)は試合の前に終わらせるべきである。
競技中の水分補給は実際には難しいことが多い。暑い中で運動していると1時間で1Lも発汗することがあり、この水分量を競技中に補うのは、胃の能力を考えると無理である。このことから、水分補給は脱水症状が出現しないためと考えるべきである。さらに、水分補給の計画は、競技で実施する前に、同様の強度と環境で、同じ飲み物を用いて練習することも必要である。
試合やトレーニングが終わった後の水分補給は、アスリートは運動をやめてから1時間以内に体重減少の少し上、100-120%量を摂取することが推奨されている。材料は液体と食物を組み合わせたもので補給する。きゅうり、トマト、スイカ、イチゴなどでも水分は補給できる。
このように、水分補給は試合前に完了することが大切のようだ。私が学校の先生相手に講演している時によく聞かれるのが、「熱中症の予防には何を飲ませればいいですか」ということ。文献は多数出ていて、何を飲ませても予防効果に差はない、というのが結論。水分補給を試合前に完了させるためなら、それぞれが望むものを飲ませれば良いことがわかる。
電解質補給とエネルギー補給
汗にはナトリウムが含まれているため、暑い中で試合を行うアスリートでは運動前後で食事にナトリウムを加えることが推奨されている。公衆衛生上はナトリウムの過剰摂取は避けられるが、暑い中で運動し発汗量が増加した個人にはナトリウム摂取の制限は不要である。
ナトリウムの不足は運動中の筋肉の痙攣をもたらす。けいれん予防の場合、1Lあたり0.5-0.7gのナトリウム溶液を飲ませる。また、運動後の食塩水摂取は、喉の渇きを引き立たせ、水分補給を加速させるためにも重要である。
高温環境での運動ではエネルギー補給は重要ではない。そのため、糖分はエネルギー補給が目的ではなく、飲料水の味を濃くして飲みやすくするのが目的である。この場合は、炭水化物は6%未満とする。炭水化物により高温下1時間以上の運動でパフォーマンスが向上することがわかっている。
糖分は腸管での水分吸収を早めることがわかっている。だが甘すぎる液体は腸管に負担をかけるため避けた方が良い。
ウオームアップ
高温下のウオームアップは体温を上昇させる危険はあるが、筋肉温度の上昇が筋肉の収縮力の増加をもたらす可能性もある。このため、ウオームアップは行う必要はあるものの、高温下ではアップする時間や強度を減らす必要がある。またアップ中に体の冷却を行うのも有効である。
日焼け止めとサングラス
この二つは熱中症対策というより、紫外線障害を防ぐために論文で使用を勧めている。
油性日焼け止め(ベタつくもの)は発汗を妨害するため、水性日焼け止め(ベタつかないもの)が勧められる。ただ日焼け止めの内容によってはベタつかない日焼け止めであっても発汗を阻害することが報告されている。総合的にはアスリートはSPF>25の日焼け止めで体の露出部を保護することが推奨されるが、今後の研究が待たれるところである。
サングラスについては日光暴露に関連する網膜損傷を避けるためにUV400またはクレード3のものを着用することを勧めている。
文献
1)Br J Sports Med 2023 Jan; 57(1):8-25

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