月刊消防 2024/10/01, vol 46(10), 通巻544, p34-9
「救助の基本+α」
目次
1 松本広域消防局の紹介
松本広域消防局(以下「消防局」という。)は、松本市、塩尻市、東筑摩郡及び南安曇郡の19市町村の消防事務を一本化し、平成5年に発足しました。これにより3つの消防本部(松本市・塩尻市・南安曇郡消防組合)が一つとなり、現在では松本地域3市5村(松本市・塩尻市・安曇野市・東筑摩郡麻績村・生坂村・山形村・朝日村・筑北村)を管轄し、1本部(4課)・12消防署・4出張所で組織され、393人の消防職員が地域住民約420,000人の安全・安心を守っています。松本地域は、長野県の中央に位置し、「日本の屋根」といわれる北アルプスが眺望できる美しく豊かな自然と、国宝松本城をはじめとする豊富な歴史文化遺産に恵まれ、長野県における経済、文化の中心的役割を担っています。(図1)

2 救助隊の編成
救助隊は、渚消防署に高度救助隊、豊科消防署及び塩尻消防署にそれぞれ特別救助隊を配置し、人命の救助に関する専門的かつ高度な教育を受けた高度救助隊員、人命の救助に関する専門的な教育を受けた特別救助隊員の計36人が消防長から任命を受け、任務に当たっています。また、平成13年から国際消防救助隊(IRT)編成協力市町村として、現在6人の隊員が登録されています。
渚消防署、豊科消防署及び塩尻消防署は、高度救助隊又は特別救助隊を配置する救助基幹署として位置付けられ、渚消防署は車両で進入できるエリアの山間地救助活動、豊科消防署は潜水救助を除く水難救助活動、塩尻消防署は重機の運用を含む土砂災害救助活動をそれぞれ主として担当し、必要に応じてこれらを支援する救助体制を構築しています。(写真1)

3 高度救助隊及び特別救助隊連携訓練
高度救助隊及び特別救助隊連携訓練は、各救助小隊の連携強化と更なる救助技術の向上を図ることを目的に、救助基幹署ごとに各担当救助活動の内容に沿って訓練計画を策定し、年間を通じて高度救助隊と特別救助隊が合同で訓練を実施しています。
令和5年度は、7月に水難救助連携訓練(以下「水難訓練」という。)、8月に山間地救助連携訓練(以下「山間地訓練」という。)、9月に長野県消防防災ヘリコプター救助連携訓練(以下「ヘリ連携訓練」という。)を実施しました。また、1月に一年間の連携訓練の振り返りを救助基幹署の取組を踏まえて発表する「救助活動研究会」を実施することで、救助技術の向上・共通認識を図り、効果的な救助技術の習得ができるよう救助隊員の教育体制を確立しています。
水難訓練では、管内の一級河川で救命ボートを活用した救出方法の統一を図り、迅速な救助活動につなげるため、テンションダイアゴナル※1及び2ポイントテザーシステム※2を設定した実践的な訓練を実施しました。水難救助活動を担当する豊科消防署では、今後もより効果的なシステムの設定・構築ができるよう引き続き検証訓練を重ねていきます。(写真2・3)


山間地訓練では、実際の山林内でロープレスキュー技術を取り入れた低所からの救出及び搬送訓練を実施しました。この訓練では、救助隊員がランニングビレイで進入し、高所から懸垂降下し、レスキューキャリングラック※3(以下「キャリングラック」という。)を用いて要救助者を収容、ランニングビレイに沿って搬送するといったように、各救助小隊が連携して一連の流れでの救出手法を確認することで、安全・確実な山間地救助体制を確立し、迅速な救出活動につなげることができます。(写真4・5)


ヘリ連携訓練では、長野県消防防災航空隊(以下「航空隊」という。)と消防局の高度救助隊及び特別救助隊が連携し、管内のスキー場で航空隊が使用する資機材の設定方法、機体誘導要領、実機を使用してのホイスト救助訓練を実施しました。実災害現場に近い環境下で行うことで、航空隊と救助隊で共通認識のもと相互の連携をより確実なものとし、今後の救助活動につなげていきます。(写真6・7)


これらの連携訓練は、平成12年に消防局の特別救助隊が発足して以降、継続的に実施しているものであり、救助基幹署の各救助小隊が連携した訓練に取り組むことで、ベテラン救助隊員から若手救助隊員への知識・技術の伝承を見える化することができ、かつ、大規模災害の際など消防局救助隊全体が連携強化を図った救助活動を展開することにつながります。正に消防局救助隊の人材育成・救助技術確立におけるメソッドとして、これら連携訓練の内容を紹介させていただきました。
※1 テンションダイアゴナル:水流に対して、約45度で展張したロープと水面に浮かべた救命ボートを滑車等で接続し、水流(動水圧)により救命ボートを移動させ、要救助者を救出する手法をいう。※2 2ポイントテザーシステム:両岸から展張したロープと水面に浮かべた救命ボート(前方2か所)を接続し、両岸からのロープ操作により救命ボートを移動させ、要救助者を救出する手法をいう。※3 レスキューキャリングラック:要救助者の収容資機材(株式会社ヘリテイジ製品) |
4 キャリングラックについて
⑴ キャリングラックの紹介
消防局は、多種多様化している救助事案に対し、要救助者を安全、確実、迅速に救出するため、様々な収容資機材を保有しています。今回はその中から「キャリングラック」を紹介します。
キャリングラックは、「背負い搬送」、「つり上げ(つり下げ)救助」、「簡易担架としての搬送」と大きく分けて3つの使用方法があり、非常に軽量で薄く作られているため、救助隊員に掛かる負担を最大限軽減できる仕様となっています。(写真8・9)


キャリングラックの開発経緯を製造している株式会社ヘリテイジの担当者によると、山岳救助に従事する隊員から要救助者を背負って搬送することができ、かつ、ヘリコプターのホイストでそのままつり上げて救助できる収容資機材が欲しいという要望があり、2010年から約半年間の開発期間を経て、製品化したとのことです。製品化後も現場からの声をもとに改良を重ね、2019年に現在の形に至っています。
⑵ キャリングラックの使用方法
ア 要救助者の縛着
要救助者をキャリングラック上の定位置に座らせ、レッグループ、ショルダーバックル、脇下のカラビナアタッチメントを装着した後、各ベルトを締め込むことで要救助者の縛着が完了します。
イ 背負い搬送
ザックを背負う要領で、キャリングラックに縛着した要救助者を背負い、救助隊員の肩ベルト及び胸ベルトを締め込むことで要救助者の搬送準備が完了します。
ウ つり上げ(つり下げ)救助
キャリングラックに縛着した要救助者をキャリングラック上部のホイストポイントでつり上げ(つり下げ)救助することが可能です。
5 使用上の工夫 ~救助の基本+α~
これまで述べたように、キャリングラックは様々な場面に対応できる収容資機材です。ここからは、消防局がキャリングラックを使用する際の工夫、「救助の基本+α」について紹介していきます。
⑴ 背負い搬送
キャリングラックで要救助者を背負い搬送する際、救助隊員は要救助者の体重を受けて非常に高い負荷が掛かることから、次のとおり設定しています。
ア 徒歩で搬送する場合
必要に応じて、正面及び背面にそれぞれ2か所あるビレイループを使用し、救助隊員の負担軽減と、万が一の転倒などに備えたバックアップ態勢として、ビレイループにテープスリングを流動分散で設定し、ザイルで確保しています。流動分散にすることで、斜面や救助隊員の動きに対して均等に荷重分散でき、救助隊員のバランスが崩れにくい設定となっています。(写真10・11)


イ 要救助者を背負った状態で斜面上を引き揚げ、降下する場合
(ア) 引揚げ
救助隊員が要救助者を背負った状態で引き揚げる場合、救助隊員はシットハーネスとチェストハーネス(状況によりフルボディーハーネス単独)を着装します。メインライン及びバックアップラインは、共に救助隊員の腰部アタッチメントとキャリングラックのホイストポイントで流動分散を設定し、救助隊員に掛かる荷重を可能な限り分散できる設定としています。(図2)

また、急斜面を引き揚げる場合は、胸部アタッチメントを経由(素通し)して腰部アタッチメントに接続することで、救助隊員が後方へ反転する力を極力抑えることができ、より安定した姿勢で救出することが可能となります。(写真12)

(イ) 降下
救助隊員は、自己制動で降下する場合に荷重をコントロールして安全に降下するため、フリクションヒッチ※4を使用した設定(オートブロック)としています。救助隊員がメインラインから手を離しても、「落ちる」のではなく、「止まる」設定にすることでより安全な降下を可能としています。(図3・4)


メインラインに設定した制動器具(エイト環等)への接続とバックアップラインへの接続は引揚げ時と同様の理由で流動分散の設定としています。
⑵ つり上げ救助
救助隊員が要救助者を介添えでつり上げ救助する場合、メインラインにテープスリングとフリクションヒッチを使用し、キャリングラックのホイストポイントを接続します。フリクションヒッチを使用することで、救助隊員と要救助者の高さ調整に対応できるようにしています。この際、メインラインは救助隊員の胸部アタッチメントを経由して腰部アタッチメントに接続することで、より安定した姿勢で介添えできるように設定しています。バックアップラインはパーソナルアンカーシステム※5(以下「PAS」という。)で救助隊員と要救助者の振り分けをしています。(図5)

また、つり下げ救助の場合も同様の設定としています。
⑶ テープスリングとPASの使い分けについて
救助隊員と要救助者を振り分けて設定する際、テープスリングとPASを使用しています。使い分けとしては、「斜度が一定でない場合は斜度の変化に対応できるようテープスリング(流動分散)を使用する。」、「斜度が一定である場合はPASを使用する。」という一つの共通認識をもって活動しています。
6 おわりに
この度、このような大変貴重な機会をいただきありがとうございました。
今回紹介した「キャリングラックを使用する際の工夫(救助の基本+α)」は、安全な活動を確保するために、消防局救助隊の基本的な共通認識を示した教科書的な位置付けとなる要領の一部を抜粋して紹介したものとなります。
消防局では、多種多様化している災害に対応するため、このほかの手技や設定等の選択を制限しているものではなく、常に危険要素を排除し、安全かつ効率的な救助活動ができるように知識及び技術の向上を図っています。
また、今後も継続的に高度救助隊及び特別救助隊の連携訓練を実施していくことで更なる救助体制の充実強化に努め、地域住民の安全・安心を守り続けていきます。

著者
氏名 小段 亮(こだん あきら)
所属 松本広域連合豊科消防署
特別救助隊副隊長
拝命 平成23年4月1日
出身地 長崎県
座右の銘 「点滴穿石」
~わずかな力でも積み重なれば大きな仕事を成し遂げられる~
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