251007_救急活動事例研究_88_12誘導心電図を活用した病態鑑別の有用性_戸田市消防本部_林道浩

症例

近代消防 2025/01/11 (2025/02月号) p87-9


12誘導心電図を活用した病態鑑別の有用性

林 道浩

埼玉県戸田市消防本部

目次

1.戸田市消防本部の紹介

戸田市は、埼玉県南東部に位置し荒川を境に東京都と隣接する人口約14万人の都市で1本部 1署 2分署 救急車5台を運用し

救急出場件数は令和4年中 8,044件、令和5年中は 8,458件 と過去最多となっている。

2.目的

救急活動において、緊急度の高い傷病者から得られる情報には限りがある中、的確に病態把握を行い迅速かつ適切な病院搬送を実施しなければならない。病態鑑別を行なう上で、病院前12誘導心電図の有用性を強く感じた症例について報告する。

3.症例

覚地日時:x年1月x日 午前11時03分

発生場所:傷病者が勤務する運送会社内

「トイレ内にて同僚が倒れている」との通報で支援隊と同時出場した。

現着時、傷病者は左側臥位で顔面蒼白(001)。問いかけにわずかにうなずくような仕草を確認するも苦悶様顔貌(002)であった。呼吸様式は正常であり 橈骨動脈は微弱に触知できた(003)。初期評価でショック状態と判断し、現場処置は高濃度酸素投与(004)のみとし早期車内収容を実施した。

観察所見では消化管出血を示唆する所見はなくトイレ内に出血痕等はなかった(005)。

車内収容後モニター装着(006)したところⅡ誘導にてST上昇を認めた(ecg1-4)ため12誘導心電図測定を実施した。

バイタルサインを表1に示す。

ST上昇型急性心筋梗塞による心原性ショックを疑い、直近CCUを有する緊急冠動脈形成術が施行可能な医療機関を選定(007)し搬送した。

初診時診断名はST上昇型急性心筋梗塞であり傷病程度は重症であった。心臓カテーテル検査で右冠動脈1番の100%閉塞が確認された。

001

現着時、傷病者は左側臥位で顔面蒼白

002

問いかけにわずかにうなずくような仕草を確認

003

橈骨動脈は微弱に触知できた

004

高濃度酸素投与を行い現場を離脱した

005

トイレ内に出血痕等はなかった

006

モニター装着

007

緊急冠動脈形成術が施行可能な医療機関を選定した

ecg1

上からI,II,III誘導

ecg2

上から aVR, aVL, aVF

ecg3

上から V1, V2, V3

ecg4

上から V4,V5,V6

表1

車内でのバイタルサイン

4.考察

埼玉県南部医療圏においてはCCUネットワークが構築されていることから循環器疾患による病院選定に苦慮することが少なく、心電図伝送システム未導入もあり、本市では12誘導心電図を積極的に活用している現状ではない。しかし、本症例では12誘導心電図を装着することにより傷病者の病態を鑑別し、搬送先医療機関にも測定結果を伝えることで早期再灌流療法開始に繋がった。

12誘導心電図が本症例で有用であったのは以下の2点による。

(1)正確に病態判断できる

本症例での心電図操作は以下の通りである。

双極肢誘導3点Ⅱ誘導ST上昇→1点+4点装着し単極肢誘導で6つの心電図を評価(Ⅱ、Ⅲ、FST上昇)→ファーストコール→胸部誘導装着(回答保留中)→終話前に12誘導測定結果報告。

典型例であったため、モニター心電図だけでも心筋梗塞の判断は可能であった。しかし、本症例では痛みが強すぎ声を発すことができない状況(主訴を聴取することが困難)であったため確証を得るために12誘導の測定をした。Ⅱ誘導でST上昇を確認したが、もう1点電極をつければ単極肢誘導も確認できるためさほど時間を要することなくより病態判断の正確性を高めることができると判断した。胸部誘導は収容回答保留中に装着しすべての誘導を測定したものである。

                                                                                            

(2)病態鑑別に有用

本症例では当初ショックの原因が不明であった。トイレで倒れていた状況で1番に疑ったのは吐下血による循環血液量減少性ショックである。しかし、身体所見及び状況観察から外出血は認めず、車内収容後のモニターから12誘導へ切り替え、ST上昇型急性心筋梗塞が原因の心原性ショックであると鑑別しました。ショックに先行する誘因を確実に探し出すために12誘導を活用できたと考えています。

本症例では、心電図から得られた所見で病態を鑑別することができた。「First medical contact to balloon time(心臓カテーテル開始までの時間)の短縮は急性冠動脈症候群患者の生存率を向上させるために必須である」というという医療機関との共通認識を持ち、病院前12誘導心電図の有効性を署内教育で訴えていきたい。さらに現状ICTを活用し病院前12誘導心電図通知システムの構築、普及にも繋げていけたらと考える。

ここはポイント

 

本症例は典型的な心電図波形を示していることから、モニター心電図だけで急性心筋梗塞は可能である。しかし心筋梗塞の全例でこのような典型的な心電図波形を呈するものではない。筆者が述べているように、12誘導心電図はさほど時間を要さずに装着できるものである。心原性の疾患を考えた時には躊躇なく12誘導を確認しよう。

 

プロフィール
名前 林 道浩
仮名 はやし みちひろ
所属 戸田市消防本部
出身 神奈川県相模原市
拝命 平成19年
合格 平成17年
趣味 北海道旅行

症例
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