040804 Load and Goの意味
最新救急事情
Load and Goの意味
ここ数年どこでも聞かれる「Load and Go」。BTLSやJPTECのコースでは「現場で観察となすべき緊急処置を行い、5分以内で現場を出発する」意味であると教えられるが、たった3つの単語でそんな意味が含まれるはずがない。実際に私の周りのJPTECインストラクターに聞いても納得できる答えを聞いたことがない。
今回は聞かれると困るフレーズ「Load and Go」を取り上げる。
「Load and Go」 の背景
アメリカの医学は戦争を機に大きく進歩してきた。第二次世界大戦と朝鮮戦争では現在の外傷学の基礎となる輸液法と輸血法が確立された。ベトナム戦争では現在みられる救急システムや救急治療法のほとんどが出現しているが、その中でも救急ヘリの登場が救急治療に与えた影響が大きい。
ベトナム戦争では救命率向上のためにシステムが徹底的に見直された。ヘリの活用もその一つである。それまでの戦争では受傷から病院収容まで二次大戦では4時間、朝鮮戦争では85分かかっていたものが、ベトナムではわずか27分に短縮された。これによって外傷死亡率は二次大戦の4.5%からベトナムでは1.9%へと減少した。
ヘリの導入により距離ではなく時間が救命の大きなポイントであることが認識され、救命のためには最小限の時間で病院に運び込むことが救急の第一の目的とされた。ヘリ隊は標準化されたガイドラインに則り、搬送の適応を決め、飛行中は蘇生処置を施せるように訓練された。
1966年に米国科学アカデミーは外傷に関する報告を出した。そこではアメリカ本土の外傷治療も朝鮮戦争やベトナム戦争での標準的な方法を基に行うこと、「もし重症外傷での生存のチャンスを町中より戦地並みに引き上げたいのなら戦争経験者を活用すること」と述べられており、これがアメリカでの外傷治療学のベースとなっている。パラメディックが独自に判断して傷病者の処置を行うことや治療法の進歩など、戦場での経験が一般社会での救急医療のモデルとなったのである。1976年から各地にオープンしだした外傷センターは、その評価の対象に「防ぎ得た死 Preventable death」を選び、その死亡率がどれほど低下するかにより社会的評価を受けることになった。1976年でのサンフランシスコ郡での防ぎ得た死の割合は全死亡数の1%と評価されている。一方、近隣のオレンジ郡では73%であったが、その後の外傷センターの設立によって防ぎ得た死の割合を1/8に低下させることができた。また人口比をマッチさせた研究では、外傷センターのあるノースカロライナ州の郡部ではセンターのない郡に比べて外傷死亡率が20%低いことが示されている。
このように、現在のアメリカの救急は、戦争で培われたシステムの上に乗って発展してきた。用語も当然のことながら戦時中のものが使われている。
「Load and Go」「Scoop and Run」
意外と思われるだろうが、外傷学以外のごく普通の医学文献においては、これらは「現場で素早く傷病者を収容し現場を離脱する概念」として同じ意味で使われている。インターネットで調べても、現場の救急隊員はいずれも同じような意味で使っているようだ。手元にある文献では
“There are many proponents of a “load and go” or “scoop and run” approach, in which the focus in the prehospital phase centres around keeping prehospital time to a minimum at the expense of care provided in the field.”
(治療までの時間を最小限にするために”load and go” もしくは”scoop and run” と言われるアプローチが取られる)と書いてある。逆に現場で必要な処置を施し救命することは「Stay and Play」とされ、文献ではAdvancesd Life Support(ALS)がその例として挙げられている。
JATECの教科書では(対立する二つの概念として)「Stay and Play」 と「Scoop and Run」が存在するとした上で、外傷患者を一律に「Scoop and Run」で規定することはできず、生命危機の状態を把握し、ただちに搬送開始の決断を下すように設けられた一定の基準を「Load and Go」と称しているとしている。つまり、「現場で処置 stay and play」と「迅速に離脱scoop and run」の大分類が存在し,一方の「Scoop and run」の中に「純粋に迅速離脱Scoop and Run」と「状態把握と搬送Load and Go」の副分類が存在しているのである。例えば,サンジョーキン郡の「Load and Go」プロトコールでは、
“Load and go” is not to be interpreted as “scoop and run.” It does not imply a frantic rush to get under way to the hospital. It is a treatment decision based on the assessment that the patient cannot be served by any further delay in transport. The major trauma victim is the prototypical patient for the “load and go” decision.”
( 「Load and Go」 は「Scoop and Run」とは解釈が異なる。また興奮しながら病院へと急ぐことを表現しているのでもない。「Load and Go」は評価に基づいた治療的決定であり、そこでは患者は搬送を遅らせる処置は受けない。重大外傷患者は「Load and Go」決定の候補である)と述べている。
辞典を引くと
Loadはもともと名詞で、「特に重い荷物」を指す。これから派生して苦痛や重圧、心労、心配などの精神的な意味合いや、物理学の負荷、データプログラムの取り込みの意味も持つようになった。動詞として使われる時には「荷物をいっぱい積み込む」という意味が主で、その他重圧をかける、鉄砲に弾を込める、余計な感情を込める、などの意味を持っている。精神的な意味を持つのが面白い。Goは「ある場所から別の場所へ移動する」が中心的な意味であるが、始点と終点が決まっていることから、あることを管理することや決断するという意味合いが含まれる。Load とGoを並べると、傷病者の苦痛を取り除くために目的を持って行動しているように感じられる。
これに対してScoopは日本語が「スコップ」であることからわかる通り、シャベルですくって運び出すことを意味する。Runは駆け足で逃げ出すというニュアンスを持っている。どちらも弾をよけながら傷病者を担架に無理矢理乗せて逃げていくというイメージになる。
こう見て来ると、戦争中には同じように使われていた言葉が、そのニュアンスの違いゆえBTLSの出現に伴って別々の意味を与えられたようだ。そして、BTLSの普及によって「Load and Go」はポシティブのスローガンとして、「Scoop and Run」はネガティブのスローガンとして提唱されるようになったのだろう。
しかし、ここまで調べても釈然としない。さらに文献を探して、これだというものが見つかったらまた報告したい。
参考文献
Lancet 2004;363:1794-801
Oxford English Distionay
Webster’s Third New International Dictionary of the English Language
Idiomatic and syntactic English discionary
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