111018胸骨圧迫の方法
111018胸骨圧迫の方法
「ガイドライン2010徹底解説」近代消防社から漫画形式で2011年冬発刊
最新事情
胸骨圧迫の方法
今回も胸骨圧迫について考える。胸骨圧迫では深さと速さが追究されてきた反面、手の位置や押し方などはG2005以降議論はほとんどされていない。それら忘れかけている論点について取り上げる。
心臓は胸の真ん中ではない
胸骨圧迫で押したいのは心臓である。では心臓はいったいどこにあるのか。一般人に尋ねると「胸骨の裏」という人は少数で、普通は左胸、胸骨左縁から左乳頭までの間を指す。これはよく動く心尖がその位置に存在するからで、心臓全体は胸骨の裏にある。
では心臓の高さはどうだろう。これについては2007年に正常人を対象とした報告がある1)。筆者らは189名の成人の三次元胸部CT写真から胸骨の長さ、剣状突起と乳頭線の距離、剣状突起から心臓までの距離を測定した。この結果、80%の人で心臓は乳頭間線より足側にあった。 ガイドラインが言うような、胸の真ん中には心臓はないのである。乳頭間線の位置にあるのは上行大動脈が18%、大動脈基部(心臓からすぐ大動脈に移ったところ)が48.7%であり、左室流出部に当たるのが12.7%、残りの20.6%が左心室に相当した。剣状突起から乳頭間線までの平均距離は男性で6.2cm,女性で5.6cmであった。心臓の最大径の場所から剣状突起までの平均距離は男性で2.8cm、女性で2.3cmであった。
この結果からは、G2005で提唱している乳頭間線を押すことは66%の人で大動脈を押していることになり、有効な圧力が心臓に伝わらない可能性が示されている。
胸の真ん中ってどこだ
しかし、その前に「胸の真ん中」とはどこなのだろう。振り返れば、G2000の時は肋骨の縁をなぞって剣状突起を見つけ出しそれから2横指頭側に手を置いたので胸の真ん中ではない。G2005で左右の乳頭線の真ん中となり、G2010ではただ単に胸の真ん中となった。
医療関係者でも消防関係者でもない、ごく普通の人に、胸の真ん中はどこか尋ねてみよう。普通はみぞおち(剣状突起直上)か、良くてみぞおちのすぐ上を指すだろう。たまにとんでもない場所、例えば乳頭腺よりかなり上であったり、ヘソ近くを指す人だっている。私は「胸」とは、解剖学的な定義は別として、左右の鎖骨を結んだ線からみぞおち(胸骨体の足側端)までの範囲だろうと思っていた。これだと胸の真ん中は胸骨体の上部になる。ところが日本版ガイドラインを見ると「胸骨圧迫部位は胸骨の下半分とする。その目安としては「胸の真ん中」とする」と書かれている。押す場所が胸骨体の中心部分であることろを見ると、ガイドライン2010は私より胸が広いようだ。
人によって胸の範囲がさまざまで、加えて心臓の場所もまちまちである。「胸の真ん中を押して」と言われても、電話の向こうでどこを押しているかよく分からない可能性がある。心臓の場所を決める方法はこれまで述べたようにG2000が理にかなっている。だがこの方法は複雑であり手を置くまでに時間がかかるため廃止された。私個人としては、G2005程度の目印は必要なのではないかと思う(G2010でも但し書きは着いているが後から付けたような重さだ)。
利き手を下にして押す
読者諸兄は胸骨圧迫の時にはどちらの手を下にしているだろうか。普通は最初に利き手を胸壁に固定してもう一方の手を上に添えるだろう。これを逆にしたら胸骨圧迫の質はどうなるだろう。こんなことを考える人がいることに驚かされるのだが、結果はというと、救急隊や救急医は利き手を下にしたほうが押す深さも手を離す時間も少なくなり良好な結果が得られた。しかし救急隊でも初心者はどちらの手を下にしても胸骨圧迫に差はなかった(何故かはわからない)。さらに初心者は一般人では正しい場所に手を置いた割合はとても低いことを指摘している2)。惜しいことに、この論文では普段利き手を下にしているかどうか検討していない。
いろいろな押し方
推奨されているのは手を組んで胸を押す方法だが、ハンガリー方式といって手のひらを並べておいて胸を押す方法がある。ハンガリーでは伝統的にこの方法で胸骨圧迫を行っているらしい。力がかかりづらいのであまりいい方法とは思えないのだが、ハンガリー人はこの方法の優位を検討している3)。38人の医師に普通の方法と手を並べる方法を練習させ、普通の方法と比較した。圧力のかかる面積は当然のことながらハンガリー方式のほうが広い。またハンガリー方式では胸骨を超えて8平方センチメートルといった広い範囲に高圧がかかるためかえって危険な可能性がある。
次に圧迫後の除圧を完全にするための工夫である。この論文を書いた筆者らの検討4)では、胸骨圧迫で力を抜いたときに完全に除圧できている施行者は13人中7人に過ぎず、残りの6人は除圧が不完全であった。これは気管チューブの圧力を測定することで確かめている。これを解消するため3つの方法を試してみた。一つ目は除圧の時に手の付け根は胸から浮かすが親指と小指を胸に付けたままにする方法、二つ目は手の付け根は浮かすが5本の指先を胸付けておく方法、三つ目は手を完全に胸から離す方法。これらの方法では規定の深さまで胸を押せたのは回数にして3割から5割に過ぎなかった。また手を浮かせる分だけ押している時間が短くなったが、完全除圧は通常の押し方の時の16%から95%へ著しく向上した。
手の付け根を浮かすように
胸骨圧迫はひたすら強く速く押すことが強調されている。これに比べれば手の位置や指使いなどそれほど重きは置かれていない。ただ除圧は心臓に血液が返ってくるために必要なことであるので、手の付け根を気持ちだけ浮かせるようにしてみよう。蘇生率が向上するかもしれない。
文献
1)Resuscitation 2007;75:305-10
2)Br J Anaesth 2000;84:491-3
3)Resuscitation 2005;66:297-301
4)Resuscitaion 2005;64:353-62
11.10.18/9:42 AM
]]>
コメント