手技107:One Step Up 救急活動(第5回) 車外救出

 
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基本手技

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One Step Up 救急活動

第5回

車外救出

Lecturer Profile of This Month

栗栖 大(くりす だい)

所属:函館市消防本部
年齢:31歳
趣味:ゴルフ(今年からはじめました)
消防士拝命:平成9年
救急救命士資格取得:平成9年
JPTEC Instructor


シリーズ構成

若松淳(わかまつ まこと)

胆振東部消防組合消防署追分出張所

 

 


車外救出

車外救出には知識と技術が不可欠

現場的発想力で車外救出をマスターせよ!

交通事故等における傷病者救出は方法論のみならず、現場の安全確保、トリアージ、時間的制約等、多岐にわたる知識・技術が必要となる。これらを瞬時に判断、実施することを使命とする救急隊に今必要なものとは…。



目次

○救急症例

A Case Report

☆追突事故発生!

「救急指令。○○町、車対車の追突事故。○歳男性、右肩を痛がっている」

救急隊のみの出動指令。想像する現場は、傷病者1名、救助の必要なし。感染防御を実施し出動する。車内では携行する資器材を隊員が準備し、現場での安全管理を確認し合いながら急行した。

現場到着、前後に縦列した事故車両は前方車両のトランク部分が凹んだ状態、また後方車両のフロントバンパーが小破した状態であった。傷病者は前方車両の後部座席に座っており、後方車両の運転手に付き添われていた。現場には警察官が臨場しておらず、周囲の通行は継続していたが活動上の危険はないと判断された。さらにオイル等の漏れなど安全は確保された状況、傷病者へ接触した。

接触後、用手頭頸部保持を実施、初期評価および全身観察を行い、傷病者の状態を把握、その間には隊員によって頸椎カラーが装着された。初期評価に異常所見はなく、全身観察では右肩の痛みが認められるも緊急を要する所見は観察されなかった。

隊員3名で用手にてバックボードへ移動しメインストレッチャーにのせ車内収容、車内活動を実施しながら直近の二次医療機関へ搬送した。



車両破損部位の特徴:モノコック構造とフレーム構造

The difference of damege part betweem monocock and flame structure

この症例に代表されるように事故車両はフロントおよびリア部分に破損や変形が認められるが、キャビネット部分の破損等は見られないことが多い。これは、ボディ構造がそのような状況を作っている。

自動車のボディ構造は、モノコック構造とフレーム構造の2種類に大別される。モノコック構造とは、フレームとボディを一体に作った構造であり、フレームレス構造とも呼ばれている。フレーム構造とは、堅牢なフレームの上にボディを乗せる構造でボディ・オン・フレーム(Body On Frame)と呼ばれている。自動車の起源からフレーム構造は自動車の基本的構造として君臨し続けている。しかしながら、1960年代から小型車はモノコック構造へ移行され、現在ではバスを除く自動車のほとんどで使用されているボディ構造である。

増え続ける交通死傷事故に対し、世界的に自動車の安全強化が進んだ。日本でも1994年から前面衝突試験の義務付けと、それに伴う安全基準が設けられ、さらに1996年には側面衝突試験が追加された。従来のモノコック構造が「衝撃を吸収するためのクラッシャブルゾーン(フロント構造とリア構造)」と「乗員を保護するために強化されたセーフティーゾーン(キャビン構造)」の要素を備えたボディ構造へと進化した。これが衝突安全ボディであり、乗員を守るためキャビネット部分は強固に、衝突の衝撃を軽減するためエンジンルーム等は適度に変形するようになっている。

事故車両の破損状況から傷病者の受けた外力を測ることは重要なポイントである。ボディタイプ別に各衝突試験(表1)についての結果を参考にしてほしい。(表2)

表1拡大

表2拡大

オフセット前面衝突試験および側面衝突試験においては、特段の差異が見られない。近年の自動車安全技術向上の証とも言える。しかしながら、フルラップ前面衝突試験では、軽自動車よりも2000cc超の乗用車や1BOX・ミニバンの乗員保護性能(レベル)が上回っている。同じ事故形態でも軽自動車や2000cc以下の乗用車では、車両の破損状況が大きく、乗員への外力も大きいことが示唆され、より脊柱軸を保護した活動が必要とされる。

また車体形状から考察すると、ボンネットタイプと比較し、フロントパネルタイプでは運転者の頭部、頸部、胸部、下肢部への外力は非常に大きくなる。特にオフセット衝突においては頭部傷害値が高く、頭頸部保護が必須となる。



車外救出にあたっての基本的な知識

Basic knowledge of rescue method for traffic accidents

☆二次災害予防・安全確保

車外救出を行なう上で重要となってくるのが、二次災害予防と安全確保である。事故の大小を問わず、周囲の人々の視線や声、事故の状況等に翻弄され、これらを安易に対処してしまったことを経験している人も多いことだろう。しかしながら「竹槍精神を戒めよ」という言葉が表すように現場活動において最も重要なことは救急隊員を危険にさらさないことに他ならない。

現場での着目点として、次のような点がある。

  1. 救急車の停車位置
  2. 事故全体の把握
  3. 周囲の交通状況
  4. 危険なバイスタンダーの存在(興奮、泥酔、喧嘩等)
  5. 事故車両のエンジン停止、ギア位置(ニュートラル、またはパーキング)、サイドブレーキ
  6. 事故車両の破損状況
  7. 事故車両の火災、爆発危険および油等の漏洩状況

3については、主要道路や混雑が予想される時間帯等、出動指令時点で予想される際には先手を打っておくべきだろう。警察官を要請するのは然ることながら、救急隊の安全確保のため消防隊からの支援という選択肢も考慮すべきである。

4については、事故の目撃等により周囲が興奮状態となっている場合がある。このような状況では傷病者の状態把握より現場離脱を優先することを考慮する必要がある。

5、6、7については基本というべき項目だが、しっかりと確認することが予想外の事態を引き起こさないコツとも言える。車両の固定には、救急車に積載されている車止めを使用することも効果的である。

二次災害予防・安全確保こそ、オーバートリアージが最も必要な場面である。

☆車外救出におけるトリアージ

大規模災害においてトリアージは非常に重要である反面、救急隊にとっては最大の難問とも言えよう。トリアージは何も多数傷病者発生時のみに活用されるものではない。傷病者が2名以上発生したときに必然的に活用されるものである。トリアージを実施する際の心構えとして教科書的な概念は既に知られていることであるが、あえて筆者の自論を記したい。トリアージは「現場で判断したものが正解である」ということだ。

事後に机上で検証されるものは模範解答である。もちろん模範解答は必要であり、重要なものであることは言うまでもない。さらに事後検証をすることは以後の活動にとって非常に貴重で重要なものとなる。しかしながら、現場活動において模範解答を導きだすことは困難極まる。隊員の心理を揺さぶる要因や予想外な状況、例えば傷病者の容態悪化や隊員の二次災害危険等も多々想定される。そのような状況下で導き出されるトリアージ結果は「現場における正解」であり、その判断は誰にも否定されるものではないと考える。その自信を持って、この困難に挑んでいただきたい。

車外救出においても事故車両内に2名以上の傷病者が同乗している場合、トリアージをする必要がある。用手頭頸部保持を実施することは重要であるが、この場合において各傷病者の状態把握が最優先と言える。用手頭頸部保持に隊員の手がかかり、以後のトリアージや救出の妨げとなってはならない。

基本的には、現在標準化されている「スタート法」を使用し傷病者の状態を把握する。さらに車両の破損状況、乗車位置等を確認する。これらの結果から救出すべき順位を決定する。これが車外救出におけるトリアージである。

では、実際の症例から考えてみたい。

 

症例1

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傷病者(1)(運転席)35歳男性

意識:JCS1
呼吸:16回/分
脈拍:72回/分(橈骨動脈)、皮膚正常、活動性出血なし
受傷:頭部打撲(腫脹あり、出血なし)、その他外傷なし
その他:シートベルト未着用、エアバッグ作動なし

傷病者(2)(助手席)30歳女性
意識:JCS1(興奮状態)
呼吸:36回/分
脈拍:120回/分(橈骨動脈)、皮膚正常、活動性出血なし
受傷:頸部痛、左前胸部痛(打撲痕あり)、中腹部痛
その他:シートベルト着用、エアバッグ作動なし

現場の状況
車両は危険が迫っている状況ではなく、2名とも挟まれ箇所もない。傷病者(1)は冷静に傷病者(2)の状況を気にしている。傷病者(2)は興奮状態であり、傷病者(1)の頭に腫脹があるため早く病院へ搬送するよう訴えている。

スタート法で判断すると傷病者(2)が優先される。また、受傷部位から判断しても同様の判断が容易にできる。しかしながら、スタート法に加えて事故車両および乗車の状況から判断すると、ボンネットの凹みは大きいもののキャビン部分の変形は認められず、車両構造上の乗員保護機能は作動していたと判断される。ただし、傷病者(1)はシートベルト未着用であり、フロントガラスがくもの巣状となっていることから頭頸部への大きな外力がかかっていると判断される。傷病者(2)はシートベルトを着用していたため、傷病者(1)と比較すると外力は少なかったと考えられ、さらに事故が起きたことによる興奮状態と判断されれば傷病者(1)の救出が優先される。これが車外救出におけるトリアージである。

症例2

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傷病者(1)(運転席)35歳女性(母)
意識:JCS1
呼吸:30回/分(浅い)
脈拍:120回/分(橈骨動脈微弱)、皮膚冷感、活動性出血なし
受傷:前胸部痛、左胸部痛(打撲痕・動揺あり)
その他:シートベルト未着用、エアバッグ作動なし

傷病者(2)(助手席)8歳女児(子)
意識:JCS1
呼吸:泣いている
脈拍:100回/分(橈骨動脈)、皮膚正常、活動性出血なし
受傷:外傷なし
その他:シートベルト着用、エアバッグ作動なし

現場の状況
車両は危険が迫っている状況ではなく、2名とも挟まれ箇所もない。傷病者(1)は呼吸苦を訴えながらも傷病者(2)を心配しており、先に対応するよう訴えている。傷病者(2)は状況が把握できず、ただ泣いているばかりである。

スタート法、受傷部位、車両の破損状況、シートベルトの着用状況のいずれからも傷病者(1)が優先される。さらにショック状態となっているため救出方法も迅速性のあるものを選択すべきである。ただし、ここで注意すべき点は同乗者にも同様の外力がかかっている可能性があるということである。安全装置が作動し、かかる外力の軽減はあるものの可能性は否定しないのが現場活動である。よって、一見大丈夫と判断される傷病者(2)にあっても脊柱軸を保護した活動が必要であると判断するのが重要である。

しかしながら、傷病者(1)が救急隊の判断(傷病者(1)を優先し救出すること)を理解できるかということが難題となる現場も少なくない。要するに母親が子供の救出を優先してほしいと考えることは普通である。このような状況下であっても、子供優先に考えを変えることは困難な場合が多い。傷病者(2)を先に救出し、その後に傷病者(1)を救出する方が結果的に傷病者2名の救出が早期に完了する場合もある。これが現場におけるトリアージであろう。

現場活動では、様々な要因がトリアージを左右するということを心得ておきたい。ただし、この総括的判断をするためには各要素におけるトリアージの着眼点やポイントをしっかり習得しなくてはできないと考えられる。模範解答を気にせず、自信を持って現場での解答を導き出せるよう自己研鑽することがトリアージを行う第一歩とも言えるであろう。

 

☆JPTEC™(Japan Prehospital Trauma Evaluation and Care)

 

全体表示

病院前外傷を語るとき、現在はJPTEC™の存在が大きいだろう。救急振興財団「救急搬送における重症度・緊急度判断基準作成委員会報告書」(図1)において「外傷のプロトコールはJPTEC™に準拠している」と位置付けられている。

図2拡大

防ぎえた外傷死(Preventable Trauma Death:PTD)を撲滅させることを目的として日本の外傷システム整備が始まり、その一つとして標準的な外傷病院前救護プログラムであるJPTEC™が開発された。(図2)

表3拡大

現在、全国各地でJPTEC™プロバイダー養成コースが開催され、外傷病院前救護ガイドラインとともに広く普及されている。



車外救出方法

Rescue technique

外傷病院前救護ガイドラインにおいて、車外救出は事故車両内の傷病者を状況に応じた救出方法で頸椎を保護しながら迅速に救出できることを一番の目標と位置付けている。

車外救出の具体的な方法として以下の4つを記載している。

  1. 用手による標準的な救出
  2. 少人数による用手での救出
  3. 毛布を使用した救出
  4. 器具を使用した救出

表4拡大

これらの手技および理論を習熟し、現場における救出手段を正しく判断できることは極めて重要なことである。(表4)

手技・理論の習熟と並行し、各自動車のシートアレンジも把握しておくべきである。車外救出を行う上では重要なポイントとなる。ヘッドレストの脱却や背面の倒し方(電動式で危険がないのであればバッテリーの切断をする前に動かす判断をする必要があるので注意する)・倒れる方向等を把握し、救出の方法、手順、方向を判断することが必要である。

本ガイドラインには幹の部分が示されている。実際の現場を想定し、コツも含めて紹介したい。

1.用手による標準的な救出

基本的に救急隊3名で傷病者の頸椎・脊椎保護を行い救出するため、バックボードの挿入やメインストレッチャーの固定等、支援隊数名が必要である。あらかじめ要請する必要性があるが、実際には難しいと考えられる。救助出動や油漏れ等の警戒出動で消防隊等と同時出動した場合には選択肢の一つになると考えるのが通常であろう。
脊柱軸を一定に保つことができるという点では、器具を使用した救出方法を除いた中で最も優れた救出方法であると言える。ただし、この救出方法には支援隊との連携が必要不可欠で、救助者それぞれの連携ができていなければ、傷病者の状態を悪化させる可能性もある。よって、日頃の訓練が重要となる。
また、本救出方法は、手技と並行して救出方向が重要なポイントとなる。傷病者の座席ドアに拘ることなく、リアゲートや他のドア等からの救出も選択肢となる。いかに傷病者への負担を軽減し、さらに隊員の安全確保や労力の軽減となる救出方向を判断し実施できるかということである。

 

 s003_image:リアゲートからの救出
 s004_image:後部座席ドアからの救出
 s005_image:助手席ドアからの救出

救出方法

(1)傷病者への接触、用手頭頸部保持と同時に傷病者へ声かけをする。

s006_image:傷病者は救急隊が接近すると首を動かし見ることが多い。回避するために「動かないで下さい」等、声かけを先に行うことも考慮する。

(2)他の隊員へ用手頭頸部保持を交代する。

(3)初期評価および全身観察を実施する。

(4)頸椎カラーを装着し、救出方法を傷病者へ説明すると同時に協力を依頼する。

(5)他の隊員が傷病者の臀部と座席の間にバックボードを挿入する。
s007_image:傷病者の臀部と座席の間にバックボードを挿入した基本的な状態
s008_image:CPA等、傷病者の状態から時間的猶予がない場合や車両の高さがない等、傷病者を安全に上方へ上げられない場合等のバックボードを挿入できない場合は傷病者の臀部横にバックボードを設置する。バックボードを挿入した場合よりも安定感に欠けるので注意を要する。

(6)用手頭頸部保持している隊員の号令で傷病者の脊柱軸を常に一定に保ちながら体幹部を保持し回転させ、バックボードにのせる。
用手頭頸部保持者は無理な体勢になる等、脊柱軸の保護を継続することが困難な場合、他の隊員に順次交代する。
s009_image:頸部および上胸部固定のコツとして、傷病者の上体を起こし、隊員の前腕を下顎から前胸部、後頸部から背部に当て、傷病者を挟むように固定する。
s010_image:隊員(1)が上胸部および背部、隊員(2)が腰部、隊員(3)が下肢というように役割分担を明確にすることにより連携がスムーズとなる。ただし、役割に固執し脊柱軸保護を疎かにしないことに注意する。
s011_image:隊員1名が車外へ出て用手頭頸部保持を引き継ぐ。傷病者をバックボードでの離脱に支障がない程度まで移動させのせる。
s012_image:傷病者をバックボード上に安全に収容する前、あるいは固定する前は、傷病者は常に不安定な状態だということを忘れてはいけない。この状態で救出を継続することは、非常に危険である

(7)傷病者をバックボード上に仰臥位の状態にする。

(8)全隊員で傷病者ののったバックボードを移動し車両から離脱する。

(9)メインストレッチャーにのせ、傷病者を全脊柱固定する。
s013_image

 

 

 

2.少人数による用手での救出

 

傷病者を直ちに仰臥位にする必要(初期評価の異常、CPA)がある、もしくは事故車両に危険(漏洩した油への引火等)が迫る等の緊急に救出する必要がある場合に優れた救出方法である。ただし、この救出方法では隊員への血液暴露による感染や飛散したガラス片等による受傷等、危険が伴うことが想定される。よって、現場においては傷病者の出血の状態や事故車両、とくにフロントガラスやサイドウィンドウ等の破損状況をよく確認し、二次的受傷を生じさせないことが重要となる。さらに、頭頸部から体幹上部のみの固定で隊員1名での実施となるため、脊柱軸の固定力に劣るという欠点もある。

本救出方法を選択するということは、最悪の状況であると言っても過言ではない。言いかえると、他に選択方法がない場合以外、実施すべきではない。

例えば、CPA状態であったとしても車両に危険がないのであれば、胸骨圧迫のみを実施し支援隊を待つ等、活動を考慮する必要がある。
s014_image:傷病者が座位の状態での胸骨圧迫。人工呼吸の実施は非常に難しい。
s015_image:傷病者の座席背面を倒しての胸骨圧迫。可能であれば、傷病者の頭部側へ隊員が入り人工呼吸を実施する。
救出方法

(1)傷病者への接触、用手頭頸部保持と同時に傷病者へ声かけ、初期評価を実施後に救出方法を傷病者へ説明する。

(2)傷病者の顎を隊員の肩にのせ、後頭頸部を用手にて固定する。もう一方の手で腰部(ベルト、もしくはズボン等)を持ち、隊員の体幹と傷病者の体幹を密着させ体幹部を固定する。
s016_image:隊員と傷病者との体格差を見極めるのは重要なポイントである。

(3)他の隊員が傷病者の臀部と座席の間にバックボードを挿入し、隊員は固定を保持したまま傷病者をバックボード上に押し倒してのせる。
s017_image:隊員の体を傷病者と密着させ、素早く動かすことがポイントである。その際、バックボード上を滑らすようにのせる。

(4)他の隊員に用手頭頸部保持を交代し、傷病者ののったバックボードを車両から離脱、メインストレッチャーへ移動して全脊柱固定を実施する。

 

他の活用方法

 

本救出方法は、1人でもある程度の頭頸部および体幹上部の安定が期待でき、さらに傷病者の移動が可能である。座位の状態にある傷病者を担架等へ移動させる必要がある場合に活用できる。

例えば、高齢者では関節痛や腰痛があり、隊員の手による体位変換では痛がり拒否されたという経験した方もいるであろう。本救出方法は、隊員の身体を傷病者へ密着させるため、点ではなく面による体位変換が可能となる。さらに傷病者の安心感も増すことが期待される。ただし、傷病者や家族等への説明が重要である。

3.毛布を使用した救出

傷病者を直ちに仰臥位にする必要(初期評価の異常、CPA)がある、もしくは事故車両に危険(漏洩した油への引火等)が迫る等の緊急に救出する必要がある場合に選択する救出方法である。日常の訓練において手技の習熟を図ると救急隊3名での救出方法としては優れた救出方法と言える。さらに、毛布を使用することにより、緩衝材としての役割を果たすことはメリットと思われる。ただし、毛布を作成するため、少人数による用手での救出と比較した場合、多少の時間を要することは必然であり、さらに頭頸部から体幹上部のみの固定であるため、脊椎軸の固定力は用手による標準的な救出法と比べ劣る。固定力が劣ることを十分に理解した上で選択すべきである。

救出方法

(1)傷病者への接触、用手頭頸部保持と同時に傷病者へ声かけ、初期評価を実施後に救出方法を傷病者へ説明する。他の隊員2名は毛布を対角線上に持ち、丸める。
s018_image:毛布は薄手の方が固定力を高める。傷病者の体格を見極め、毛布が足りるか否かを瞬時に判断することがポイントである。

(2)他の隊員と用手頭頸部保持を交代し、丸めた毛布を傷病者の後頸部にかけ、傷病者の胸でクロスさせ脇の下に通す。
s019_image:毛布の端を持ち、左右下方に張力をかけるのがポイントである。ただし、張力をかけ過ぎて頸部に動揺を与えてはならない。用手頭頸部保持者との連携が重要となる。

(3)脇の下に通した毛布の端を上方へ張力をかけ保持する。常に張力をかけることにより傷病者の頭頸部から体幹上部を固定する。
s020_image
s021_image:毛布の両端を1本に束ね、両手で張力をかけると左右均一となる。さらに一方の手が外れてもある程度張力が保たれる。

(4)他の隊員が傷病者の臀部と座席の間にバックボードを挿入し、隊員は張力を保持したまま傷病者をバックボード上に押し倒してのせる。
s022_image:隊員の体を傷病者と密着させ、素早く動かすことがポイントである。
s023_image:その際、バックボード上を滑らすようにのせる。

 

(5)毛布の張力を保持したまま、傷病者ののったバックボードを車両から離脱、メインストレッチャーへ移動して体幹部のベルト固定を実施する。

(6)他の隊員に用手頭頸部保持を交代し、毛布の端を戻して傷病者の頭部横にそれぞれ折りたたみ、ヘッドイモビライザーの代わりとしてテープ等で固定する。
s024_image:毛布の固定には伸縮性のない太いテープを使用する。また、傷病者に接する部分には当てものをして髪や創傷部位に直接テープが着かないよう工夫する。

 

 


他の活用方法

本救出方法は、上方へ常に張力をかけることがポイントとなる。ここから考えられる活用方法として、浴槽内に倒れている傷病者や洗濯槽等の筒状のものに挟まってしまった傷病者の救出が考えられる。とくに前者は、様々な状況下での発症、または受傷が想定されるため、頭頸部の保持が可能である本救出方法の利点が期待される。

s025_image:狭隘な浴槽内での毛布挿入は困難な場合が多い。タオルケット等の薄手のものを使用する方が挿入しやすい。また、傷病者が濡れている場合が多いため、水分を含み救出するタオルケット等が必要以上に絞まらないよう注意する。

4.器具を使用した救出

 車外救出に用いる器具ではショートボードやKED(Kendrick Extrication Device)が代表的なものである。器具を使用する場合、救出までに時間を要するのは必然で、さらに取り扱い等の習熟が不可欠である。しかし、救出方法の中では最も脊椎軸を一定に保つことができ、安定した救出を実施できる方法と言える。器具を使用する場合、傷病者や事故車両の状態把握を的確に行い、本救出方法を選択することが重要である。
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5.その他の車外救出



(A)ログリフトを活用した救出

 

 1BOX等のキャビン空間の広く、かつシートがフラットとなる自動車では空間を利用して車内でログリフトをすることが可能である。バックボードがシート上にあるため安定してのせることができ、さらに支援隊の数が少なくても実施可能である。ただし、事故車両の危険が迫っていないことが条件となるため現場状況に配慮する。
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本救出方法の応用として、CPAである場合にも通常の救急活動が実施可能である。搬出の際に本救出方法を実施する。さらに自動式心マッサージ器の活用も考慮すべきである。
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s029_image:自動式心マッサージ器(日本光電:オートパルス)
s030_image:装着状態
救出方法

(1)傷病者への接触、用手頭頸部保持と同時に傷病者へ声かけをする。

(2)初期評価および全身観察を実施する。並行して他の隊員は、車両の損傷状況およびシートアレンジを確認し、シートをフラットにする。
s031_image:隊員2名にて初期評価および全身観察を実施し、他の隊員1名がシートをフラットにする。

(3)救出方法を傷病者へ説明すると同時に協力を依頼し、用手にてシートに傷病者を仰臥させる。
s032_image:CPA等、気道確保が必要で、かつ頸椎カラーを装着すると十分な気道確保ができない場合等は頸椎カラーの装着はせずに仰臥位へ体位変換する。この場合、脊柱軸が歪まないよう注意する。

(4)用手頭頸部保持者の号令でログリフトを実施し、支援隊に傷病者の背面側にバックボードを挿入してもらう。
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(5)ベルト固定およびヘッドイモビライザーを装着し、全脊柱固定完了後に車外へ救出する。

 

(B)レスキューシートを使用した救出

車外救出には隊員の絶大な労力がかかることは言うまでもない。ただでさえ傷病者の身体を支え移動するのは困難であり、また傷病者の体格等によっても労力が増大するであろう。レスキューシートを活用することにより、傷病者の腰部を容易に移動することが可能となる。さらに受傷部位へ直接触れてしまうことも回避できる場面もある。ただし、本救出では傷病者の下肢が曲がった状態での救出となり、かつ大腿部までの安定性しか保たれないので注意が必要である。さらに、傷病者の状態がCPA等のただちに仰臥位にする必要性がない場合や事故車両の危険が迫っていない場合に選択することが望ましいと考えられる。

s034_image:レスキューシート
s035_image:通常の使用方法。
毛布を使用した救出と組み合わせての救出も効果が期待でき、本救出を選択するときに考慮したい。
s036_image:毛布を使用した救出との組み合わせ。毛布とレスキューシートの両方を準備する必要があるため時間を必要とし、さらに救急隊3名のみでは実施が困難である。ただし、毛布のみの場合よりも脊柱軸の安定性があるため救出方法の一つとして参考にしてほしい。
救出方法

(1)傷病者への接触、用手頭頸部保持と同時に傷病者へ声かけをする。

(2)初期評価および全身観察を実施する。他の隊員は頸椎カラーを装着する。

(3)用手頭頸部保持を継続しながら、傷病者の腰部を若干上方へ挙げレスキューシートを敷く。s037_image

(4)他の隊員がレスキューシートと座席の間にバックボードを挿入し、用手頭頸部保持者の号令で傷病者をバックボード上にのせる。
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(5)用手頭頸部保持を継続したまま、傷病者ののったバックボードを車両から離脱、メインストレッチャーへ移動して全脊柱固定を実施する。
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車外救出の応用例

Practical use of the resucue method

実際に車外救出が必要な場面に遭遇した機会は多くはない。救助が必要で救助隊や消防隊によって救出された症例、すでに車外に出ている症例がほとんどである。少ない症例の中、車内に傷病者がいるという情報を聞くと背筋に緊張が走ったという印象だけは今も残っている。車内に傷病者がいて、救急隊のみの出動「なぜ出られないのか…」それを考えながら現場に向かうものである。重大な損傷があり動けないのか、意識がなく動かせないのか…現場に向かう救急車内では、最悪の状況をイメージするのが通常であろう。

☆ログリフト実施例

車両が横転、中には傷病者が1名、腰部痛を訴え動けない。事故車両は1BOXで助手席側が下になっている。運転席のドアは変形しているが、開いている状態である(付近の誰かが開けたようだ)。後着隊はいない、救急隊3名での救出と判断する。

隊員1名が事故車両内に進入、毛布を使用し車外の隊員が上方へ吊り上げ、車内の隊員の補助で横転した事故車両内に傷病者を立たせる。背面にバックボードを挿入し、その場で全脊柱固定を実施、毛布は離脱しヘッドイモビライザーを装着後、隊員3名で車外へ救出する。

当たり前の前提条件であるが事故車両は全く動かないことは確認済み、傷病者は小柄で体重も軽く3名でも持ち上げることが可能であった。傷病者を上方へ吊り上げた際、痛みは腰部しか訴えなかったため、上方への救出に耐えうると判断した。さらに、日中の住宅街での事故ということもあり近隣から多くの人が集まっていた。応援要請も考えなかったわけではないが、現場状況から今回の救出方法を選択した。

☆救出優先例

車両が転覆、事故の勢いでリアハッチが開かれた状態で中には傷病者が1名、意識レベルはJCSⅡ桁である。事故車両はハッチバック3ドアタイプである。同着した消防隊と連携し救出に着手する。

リアハッチからバックボードを挿入し傷病者の頭部付近へ設置、隊員1名が用手頭頸部保持、消防隊2名が傷病者の両脇にそれぞれ腕を入れバックボードへ滑らすようにのせる。そのままバックボードごと車外へ救出する。

初期評価は実施するも救出を優先した。また、事故車両内はガラス片が散乱しており、車内への進入は消防隊が担当した。バックボードが硬い板状のもので滑りやすいという利点が救出を補助した。

2つの経験には教科書的ではないという共通点がある。前者は救急隊員3名での救出実施、後者は全身観察が未実施で受傷部位が不明であり酸素投与等の応急処置が未実施であることが大きな課題となる。ここで一定の見解を出すことも一つであるが、この経験を客観的に見て検証(材料は少ないが)し、それぞれの見解を見出してほしい。それが、今後の現場活動の糧となるのであれば本望である。



最後に…

Writer’s comment

今回紹介した6つの救出方法は一例であり、様々な事故形態、車両構造、傷病者状況等が想定される現場活動の参考にしていただきたい。現場では、いかに傷病者の脊柱軸を一本化し、迅速かつ安全に救出できるかが重要なポイントとなり、まさしく臨機応変という言葉が最も当てはまる。要するに車外救出には明確な解答がなく、おそらく現場で判断した最良の救出方法が解答であろう。

車外救出を必要とする現場では、救急隊員が自身のことよりも傷病者を優先してしまう状況もある。これは救急隊員の「救命」という使命感が成すものであろう。しかしながら、現場の鉄則として「傷病者を増やさない」ことが最も大切であり、車外救出においても最重要と考えて活動すべきである。

交通事故等での重症傷病者に的確な判断、活動をすることも然ることながら、今回紹介した症例のように、一見軽症と思われがちな現場において適切な対応をすることが「防ぎえた外傷死」を撲滅させる近道と感じるときもある。今後もOJT(Off the Job Training)活動を通して多くの知識、技術を学んでいきたい。



参考文献

*1自動車アセスメントパンフレット:独立行政法人 自動車事故対策機構、監修:国土交通省
*2最新自動車の基本と仕組み:秀和システム、2005、著者:玉田雅士・藤原敬明
*3外傷病院前救護ガイドライン:プラネット、2005、編著者:JPTEC協議会テキスト編集委員会

撮影協力

函館市北消防署東雲救急隊


OPSホーム>基本手技目次>手技107:One Step Up 救急活動(第5回) 車外救出

08.11.22/11:32 AM

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