2018年4月11日水曜日
プレホスピタル・ケア「シェアする症例」2017年10月号
筋ジストロフィーの病歴がある傷病者が肺血栓塞栓症により病院到着後心肺停止に陥った症例
山本雅史1、山本貴也1、久保勝人1、小岩弘明2
1千歳市消防本部、2市立千歳市民病院
著者連絡先
山本雅史(やまもとまさし)
yamamoto.JPG
千歳市消防救急指令1課
〒066-0042 北海道千歳市東雲町4丁目1番地の7
電話:0123-23-3062(代表)
肺血栓塞栓症は静脈や心臓内で形成された血栓が遊離して、急激に肺血管を閉塞することによって生じる疾患でその死亡率は高い。これまで日本ではまれな疾患と考えられてきたが、高齢化、食の欧米化、診断率の向上等の影響により症例数は今後増加する見込みである。早期診断、早期治療で予後は改善されるため、プレホスピタルにおいて救急隊が肺血栓塞栓症を鑑別することが可能であれば傷病者予後改善に有益と考える。
我々は筋ジストロフィーの病歴がある傷病者が肺血栓塞栓症により病院到着後心肺停止に陥った症例を経験したので報告する。
症例
43歳女性。通報内容は「急に胸が苦しくなった。意識有り、会話可能、病歴は筋ジストロフィー」であった。突然発症した胸痛と筋ジストロフィーの関連性が掴めずに現場に向かった。
傷病者は便座上に座位でおり胸苦を訴えていた。生理学的所見を表1に示す。
表1
接触時の生理学的所見
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JCS=10
呼吸=速い
循環=橈骨動脈速く微弱
皮膚=湿潤(-)
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突然発症の胸苦から急性冠症候群(ACS)を疑い観察を開始するも、皮膚湿潤を認めず、「胸は苦しいけど痛くはない」との返答から急性冠症候群とは異なるのではとの印象を受けた。トイレから抱きかかえで搬出、リザーバー付フェイスマスク10L/分で酸素投与を開始した。家族から日常生活動作については「歩行困難で手で這って生活している」と聴取した。
屋内階段使用し布担架で搬出し、1階へ移動した後に半座位でメインストレッチャーに収容した。救急車内での生理学的所見を表2に示す。呼吸苦が強く頻脈は認めるものの血圧は保たれ、心電図上ST変化は認めなかった。
表2
救急車収容時の生理学的所見
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JCS=10
心拍数=132
血圧=121/72mmHg
Spo2=測定不可(酸素10L/分投与下)
ECG=洞性頻脈⇒搬送中心室性期外収縮散発
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病態の把握が困難であったため医療機関選定に苦慮したが、循環器対応可能の二次総合医療機関へ搬送先を選定し搬送開始した。搬送中に心室性期外収縮の散発を認め病院到着となった。
病院到着直後心室細動に移行、除細動、気管挿管実施後、心拍再開。心エコーにより右室負荷を認め迅速に「肺血栓塞栓症」の診断がなされ、血栓溶解療法が著効したため後遺症を残すことなく退院した。ここまでの時間経過を表3に示す。
表3
時間経過
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病院到着・心肺停止⇒覚知から38分後
自己心拍再開⇒覚知から53分後
血栓溶解療法完了⇒覚知から135分後
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考察
肺血栓塞栓症の治療に関しては血栓溶解療法の他、カテーテル治療、重症症例についてはPCPSを用いて循環を維持することもあるため、循環器専門医療機関へ搬送する必要がある。この報告では2点の考察を行う。1点目はプレホスピタルにおける「肺血栓塞栓症」の鑑別方法について。2点目は「肺血栓塞栓症」に対して救急隊が行うべき処置についてである。
(1)プレホスピタルにおける「肺血栓塞栓症」の鑑別方法について
肺血栓塞栓症の鑑別はその塞栓源となる「深部静脈血栓」の可能性がある傷病者かどうかが重要な判断材料になる。表4に肺血栓塞栓症の診断に使われるWellsスコア1)を示す。点数が高ければ臨床的可能性が高いとされ、
Wellesスコアを本症例に当てはめてみると
・心拍数は毎分100回以上:+1.5
・長期臥床:+1.5。実際には自分で動けることから長期臥床とは言えないまでも、歩行困難で手で這って生活していることから、下肢の運動性は著しく傷害されていると考えた。
・深部静脈血栓の臨床的兆候:0;臨床的兆候については、は傷病者は下肢の浮腫を認めるとともに、筋ジストロフィーの病歴から日常的に下肢を動かす頻度が著しく低く下肢に深部静脈血栓が出来やすいと考えられるため、Wells score for DVT 2)(表5)用いて点数化した。表5によれば麻痺あるいは最近のギプス装着、+1→○,、ベット安静>3、日または手術後<4、週、+1→ADLから○と判断,、下腿直径差>3cm、+1→×現場にて未計測(満たしていないと思慮)であり合計2点、中等度リスクでありWellesスコアにいう「深部静脈血栓の臨床的兆候」には当たらないと判断した。
・40歳代女性、高血圧、糖尿病の既往無く、心電図上ST変化を認めないことからACSは否定的と考えるとともに、呼吸苦、頻脈の他「排便、排尿」は肺血栓塞栓症における発症時の誘因として挙げられていることを踏まえると「肺血栓塞栓症以外の可能性が低い」と考えられた:+3
このことから、本症例のスコアは6となり臨床的可能性は中等度と判断することが可能であった。
またWellesスコアと同じく肺塞栓症の可能性予測に用いられるジュネーブスコア・改訂ジュネーブスコア1)では
・年齢60~79歳又は年齢80歳以上
・1ヶ月以内の手術、骨折
・一側の下肢痛
・下肢深部静脈拍動を伴う痛みと浮腫
が挙げられている。高齢や長期臥床、深部静脈血栓症の存在を示唆する現象が判断材料となっている。
以上の事からスコア等を用いて考察すると「知識があればプレホスピタルで疑えたかもしれない」と感じた。
表4
Wellsスコア
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肺血栓塞栓又は深部静脈血栓の既往:+1.5
心拍数>毎分100回:+1.5
最近の手術あるいは長期臥床:+1.5
深部静脈血栓の臨床的兆候:+3
肺血栓塞栓症以外の可能性が低い:+3
血痰:+1
癌:+1
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肺梗塞の臨床的可能性
=>7以上高い、2~6中等度、0~1低い
表5
Wells score for DVT(DVT:Deep-vein thrombosis, 深部静脈血栓)
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癌、+1
麻痺あるいは最近のギプス装着:+1
ベット安静>3、日または手術後<12週:+1、
深部静脈触診で疼痛:+1
下肢全体の腫脹:+1
下腿直径差>3cm:+1
患肢のpitting、edema(圧痕浮腫):、+1
患肢の表面静脈拡張:+1
診断がDVT、らしくない:-2
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下記で0点:低リスク、1または2:中等度リスク、3点以上:高リスク
(2)「肺血栓塞栓症」に対して救急隊が行うべき処置について
肺血栓塞栓症では低酸素血症も疑われるため、院内治療の基本と同様にプレホスピタルにおいても酸素投与は重要であり高濃度で迅速に行われるべきである。本症例では迅速な搬送を念頭に置いて布担架で1階までの搬送を行った。肺血栓塞栓症の塞栓源となる血栓の約90%以上は下肢あるいは骨盤内静脈で発生すること、仰臥位や座位では股関節や膝関節の運動により血栓が剥離され、その好発部位は下腿部のひらめ筋内静脈であることから、更なる塞栓化を予防するため布担架の搬送(図1)よりも股関節、膝関節が安定するサブストレチャー(図2)での搬送が有益であると考えた。
また、肺血栓塞栓症を疑った場合には決定的な治療が行える循環器医療機関を搬送先に選定し、迅速、安定な搬送を行う事が望ましい。
図1
布担架の搬送は下肢が安定しないため薦められない
図2
股関節、膝関節が安定するサブストレチャーでの搬送が有益である
結論
1.各スコアを用いて多角的に症状を鑑別することで、肺血栓塞栓症の鑑別は可能であると考えられた。
2.救急隊は重症度、緊急度に応じ決定的な治療が行える循環器医療機関を搬送先に選定し、早期酸素投与と骨盤、下肢静脈内の更なる血栓剥離を防止、塞栓化を予防するためにサブストレッチャーを用いた迅速、安定な搬送を行う事が望ましい。
文献
1)肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2009年改訂版)
2)Scarvelis、D,、Wells:Diagnosis、and、treatment、of、deep-vein、thrombosis.、CMAJ、2006;175:1087-1092
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