080910急がば回れ・啓蒙活動

 
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080910急がば回れ・啓蒙活動

 AHAが人工呼吸を廃止した蘇生法を公式に発表したのは、バイスタンダーCPRの実施率向上を目的としていることは5月号で書いた。アメリカではバイスタンダーの増加の余地がまだまだあることを示している。一方ヨーロッパでは救命講習もバイスタンダー教育も日本やアメリカより盛んで、バイスタンダーCPRを受ける患者の割合も高い。今回はそのヨーロッパからの、住民への啓蒙こそが救命率を向上させるという論文を紹介する。

救命率は年々上昇

 これはスウェーデンから出た報告1)である。スウェーデンでもアメリカでも発表された報告ではこの20年間で救命率は同じかわずかに上がっているだけである。筆者らは1992年から2005年までの14年間で病院外心停止になった患者約4万人を研究対象とした。これらの患者データから病院到着時に自脈が回復した割合と1ヶ月後に生存していた割合を年ごとに割り出し、どんな要因が生存率変化に関係しているか調査した。病院到着時に自脈が回復していた患者の割合は1992年では15.3%であったものが、2005年には21.7%となっていた。また1ヶ月後に生存していた患者は1992年の4.8%に対して2005年は7.3%となった。

 救命率上昇に関与する因子について筆者らはデータを示している。1年に発生する卒倒件数はほぼ横倍。多くの卒倒は自宅で起きており、人口の年代構成は調査期間中には大きく変化はしておらず患者の男女比も変化はない。蘇生率を悪化させる要因としては、患者年齢は徐々に高くはなってきていること、現場で心室細動であった割合は33%から26%へと減少していること、心原性と考えられる卒倒が1992年の73%から2005年には63%に減少していることが挙げられる。逆に蘇生率を上昇させる要因としては一般人が目撃する卒倒の割合は14年間で変化なく50%であるのに対して、救急隊員が目撃した卒倒は1992年には9%であったものが2005年には15%と年々増加してきていること、一般人が行ったバイスタンダーCPRの割合も1992年の31%から2005年には50%へと増加していることが挙げられる。

 救急隊の活動に関係する因子としては、卒倒の目撃から119番通報までは昔も今も5分かかっている。119番通報から現着までは6分から8分へと延長、心停止から除細動放電までの時間は年代には無関係に12分であった。心電図と生存率の関係では、1992年には心室細動であっても生存退院できるのは13%に過ぎなかったが、2005年では22%にまで上昇してきた。

救急隊員の努力が実を結ぶ

 さらに筆者らはどの因子が生存率に直接関与しているかを、要因を消去して生存率がどう変化するかを計算する方法を用いて検討している。その結果、生存率を高めている最大の要因は救急隊員が卒倒を目撃することであり、次がバイスタンダーCPR、一般のバイスタンダーが目撃すること、性差をなくすること、の順となっている。

 救急隊員がCPRをすれば蘇生率が上がるという論文は別にもある2)。病院外心停止患者1117名の中で植物状態ながら生存しえた群と死亡した群で何が異なるか検討した報告では、最も生存に関与するのは卒倒を目撃されたかどうかで、目撃されると生存率は6倍となった。心電図モニター装着時に心室細動なら3倍、救急隊員がPCRを行えば2.6倍に、バイスタンダーCPRがされれば2倍に生存率は上昇する。

 なぜ救急隊員が目撃する卒倒の割合が2倍になったのだろうか。筆者ら1)はその理由についてはっきりとは分からないとしながらも、啓蒙活動の成果、特に卒倒の前駆症状を正しく判断できる人が増えた可能性を指摘している。さらに血栓溶解療法や心電図伝送など救急隊員の地位と知識向上によって病院内から現場へ応用されるようになった技術や、それら行うべきことが増えても卒倒発生から病院到着までのトータルの時間は増えていないことなど、救急隊員の努力がこれら生存率の上昇をもたらしているとしている。

啓蒙活動の大切さ

 今回の結果からは生存退院率向上のための方法も見えてくる。一つは一刻も早く119番通報することであり、もう一つは心停止からCPRもしくは除細動までの時間を短縮することである。これには住民の啓蒙が必要であり、救命講習やマスコミを使ったキャンペーン、それに通報者へのCPR口頭指導もここに含まれる。

 何か我田引水のような気もしないではないが、循環器臨床系のトップであるCirculationに載るのだから本当なんだろう。論文の考察では救急隊員が目撃するから救命率が上がるのではなくて、救急隊員が目撃できるようになった今の状況が救命率を上昇させているという書き方をしている。その状況を作ったのは住民への啓蒙活動であり、これ以上の蘇生率向上を目指すにはさらなる活動が必要というのが結論である。

必要最小限の処置を迅速に

 住民への啓蒙は地味な仕事であり、たとえば全戸に家庭訪問をして早期通報の大切さを説いても効果は早々現れるものではない。それに対して挿管や点滴といった救急処置は目に見えるし他と比較することもできる。

 外傷患者に対して施行した処置の数と現場の滞在時間を比較した報告3)がある。ここでいう処置とは静脈確保(2ルートまで)、胸腔ドレナージ、気管挿管、全脊椎固定を指す。この論文では、処置を一つ追加すると約3分の現場滞在時間の延長となっていた。しかし病院での処置時間は現場でいくら多くの処置を完了していても差はなく、現場での処置が病院内での活動を助けることにはならなかった。このことから、筆者らは現場では必要最小限の手技だけ行い迅速に病院へ走ることが望ましいとしている。

 気管挿管や薬剤投与など、目に見える派手な処置には注目が集まる。だがそれらが救命率上昇には結びつかないことこの連載でもたびたび取り上げている。救命率を上げるために本当に重要なのは一軒一軒家庭や事業所を訪問する地道な努力なのだろう。

文献
1)Circulation 2008;118:389-96
2)Emerg Med J 2008;25:444-9
3)Resuscitation 2008 May 6 Epub


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08.9.10/12:12 PM

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