111203過換気症候群と紙袋

 
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過換気症候群と紙袋

 一昨年から私は養護の先生方の講演会に呼ばれるようになった。講演では学校で遭遇するケガや病気について話しているのだが、そこで必ず話題となるのが過換気症候群、その中でも「紙袋」の是非である。今回は救急車を要請されることもたまにある過換気症候群について考える。

過換気症候群とは

 救急隊員なら何回も見たことがあるだろう過換気症候群。不安によって過換気となり、動脈の酸化炭素分圧が低下することによって症状が引き起こされるものである。過換気になるのはこの症候群だけではなく、運動後などの生理的な反応でも起こるし肺梗塞や心筋梗塞などの病的な状態でも起こるのだが、その中でも過換気症候群は器質的(体のどこかに何かある)な原因がなく純粋に不安から起こるものを指す。症状としては息苦しさ、動悸、めまい、手足の痺れ、手の指が伸びきって曲がらない、頭がくらくらする、死の恐怖などがあり、患者本人としてはかなり辛い症状である。

 治療法としては不安を取り除くのが一番で、それまでの間に血中二酸化炭素濃度を上げるために紙袋を口に当てて呼気を再吸入させることが行われる。

高齢者でもなる

 救急外来に来る過呼吸症候群患者の男女比は3:7で女性に多い。私は男性患者は見たことがない。年齢のピークは10代で、患者数は50代まで緩やかに減少する。60歳以上はいないと考えがちだが、高齢者でも過換気症候群はある。
92歳女性が初めて過換気になった症例が東大から出ている1)。患者は血圧上昇、嘔気、上腹部不快感、前胸部不快感、頻呼吸で救急外来を受診した。収縮期血圧が236mmHgもあったためニフェジピン(アダラート)10mgを投与して検査をしていたところ、両手のしびれを訴え、大声を発するなど興奮状態となった。興奮状態に対して鎮静薬を投与したのだがその後も呼吸回数が36回/分であったため、過換気症候群を疑い動脈血ガス分析を行ったところ動脈血二酸化炭素分圧が24(正常40)mmHgであった。紙袋で再呼吸を行ったところ症状は次第に改善し、動脈血二酸化炭素分圧は36.1mmHgに改善した。その後の検査でも過換気になる原因は認めなかった。この患者は痴呆はなく、治療後の問診で不安感も抑うつ感も強くないことが確認されている。

過換気テスト

 過換気症候群の診断については過換気テストが用いられる。これは過換気を1?3分行うか20回の深呼吸を行うもので、これにより症状が出現すれば過換気症候群の可能性が高いとされる。だがこのテストは当てにならないとする報告もあり、また症例によっては20回の過換気ですらできないことがある。過換気テストの前後で動脈血ガス分析を行い、動脈血二酸化炭素分圧が施行前の50%に低下すればさらに可能性が高いのだが、動脈血を採るだけで不安になって症状が起きる可能性もある。
結局のところ、過換気症候群は器質的な病気を除外した上で精神状態を加味して診断されるものである。

過換気症候群でない過換気

 学校の養護の先生たちの間では、現在は紙袋は使わないようになってきている。紙袋は禁止されていると理解している先生もいる。理由を聞くと、「危険だから」「医療行為と言われたから」という返事が返ってくる。

 危険性については多くの報告がある。多分最も遭遇する頻度が大きい喘息については熊本医療センターから2例の報告2)が出ている。1例目は43歳の女性。8年もの間呼吸困難でたびたび救急外来を訪れており、そのたびに過換気症候群と診断されていた。症状の最初は咳から始まり、呼吸困難が後から付いてくる。呼吸音ではラ音が聞こえることから検査をした結果喘息と診断された。2例目、24歳女性。この患者もたびたび救急外来を訪れており、そのたび過換気症候群と診断されていた。検査で喘息と診断された。2例とも喘息の治療を開始してからは救急外来を訪れることはなくなった。

 このほか、低酸素や胸痛を発症し呼吸困難を訴える全ての病気が過換気を起こしうる。肺梗塞や心筋梗塞がその代表である。過換気症候群の患者12名の動脈血液ガス分析をした報告3)では、過換気の発作時には12名中8名で明らかな低酸素を記録しており、その中の1例では動脈血酸素分圧が32.5mmHgと、チアノーゼが出現するレベルまで低下していた。

紙袋の是非

 以上のように、過換気症候群と思われても重大な疾患が隠れていることがあるため、低酸素を助長する可能性のある紙袋が敬遠されるのがわかる。また必要以上に紙袋を当てすぎると今度は二酸化炭素分圧が上がりすぎて再び過換気になる可能性があるともされる。

 私の経験でも、紙袋を当てたから過換気症状が治まったという例はない。だが私は講演では紙袋は学生生徒に使う限りは有用であろうと紹介している。第一の理由として、いつも紙袋を用いている患者では「紙袋があれば治る」と考えていることが挙げられる。単に暗示効果であったとしても、患者自身が自分の症状をコントロールできることは大きな利点である。第二の理由として、養護の先生たちが診る相手はまず全員が健康な20歳以下の若者であり、致死的な疾患が背景に隠れている可能性はほとんどないことである。

 医療行為については、これを業として行わなければ医療行為にはならないはずであるが、医療行為の範囲が曖昧なのでなんとも言えない。

紙袋は本人が持つ

 常に過換気を起こす生徒は何らかの精神的な誘因があって過換気になる。養護の先生が診る過換気も話を聞けば判断に間違いはなさそうだ。頻回に過換気を繰り返す生徒に対しては紙袋を使っても構わないと考える。ただその場合も低酸素になる可能性はあるので、紙袋は本人が持ち、口から少し離すか袋の角を切って穴を開けるようにするべきである。

文献
1)日老医誌 1997;34:226-9
2)日呼学誌 2008;46:374-8
3)Q J Med 1997;90:477-85


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12.2.17/10:41 PM

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