130409餅による窒息
講座・特異事例
130409餅による窒息
講師
田平 直之(たひら なおゆき)
鳥取県西部広域行政管理組合消防局 米子消防署 皆生出張所
高度救助隊 救急救命士
出身地 鳥取県米子市
消防士拝命 平成17年4月1日
救急救命士合格年 平成22年
趣味 釣り
はじめに
写真1
大山の南壁
鳥取県西部広域行政管理組合消防局(以下、当消防局)がある鳥取県西部地区は、米子市、境港市、西伯郡、日野郡(2市6町1村)で構成されており、管轄人口は約25万人です。商業都市として発展した米子市を中心に、中国山地最高峰の大山(だいせん)(写真1)を代表する山々と美保湾の恩恵を受けて、各産業が営まれています。
写真2
ゲゲゲのふるさとを走るJR境線の通称「鬼太郎列車」
また水木しげるの生誕地であることから「ゲゲゲの鬼太郎」にちなんだ列車が地区を走っています(写真2)。
写真3
山陰地方の雑煮
岩のりが入った醤油仕立ての澄まし雑煮(左)と焼かない丸餅の小豆雑煮(ぜんざい) (右)
今回取り上げる「餅」の食文化の特徴について言えば、焼かない丸餅の小豆雑煮(ぜんざい)が正月の恒例であり、岩のりが入った醤油仕立ての澄まし雑煮とともに、多く食されています。個人的には、後者が好みです(写真3)。
餅による窒息とは
毎年正月を迎えるころになると、各マスメディアで取り上げられている「餅による窒息事故」ですが、それもそのはず、その発生件数は、月別に見ると1月が突出して多くなっています。また、食物による窒息事故の原因食品として餅によるものが最多の発生件数となっており、その過半数が、初診時に重症以上の状態と診断されています※1。さらに特徴的であるのは、食物による窒息事故において、大半が高齢者世代であり※2、餅によるものについてもまた然りです。高齢者は、一般的に咀嚼・嚥下・咳嗽機能、唾液の分泌量が成人に比べて低下しており、摂取された付着性の高い餅は気道異物となり、最悪の場合、窒息状態を引き起こしてしまうことがあります。餅が気道(主に咽喉頭部や気管)を完全に閉塞している場合は窒息状態となります。呼吸が阻害されることで、肺胞における酸素と二酸化炭素のガス交換が出来なくなり、身体の組織が機能障害に陥ります。窒息状態の場合、60秒から90秒程度で意識消失し、さらにその数分後には心肺停止状態となるため、早期に気道異物(餅)を除去しなければなりません。
また、傷病者が餅で窒息を起こし、心臓機能停止状態及び呼吸機能停止状態である場合、認定のある救急救命士は気管内チューブによる気道確保を考慮しなければなりません。
解説
※1 厚生労働省の「不慮の事故死亡統計」によると、近年、年間の「気道閉塞を生じた食物の誤えんによる死亡数」は4千人を超えています。窒息事故による死亡原因の約半数は食物によるものです。
※2 次いで多いのが、乳幼児です。気道異物に対する防御反射が未発達であり、また、身の周りの興味のあるものを直ぐに口に持っていく特徴があることが要因と言われています。年間20人以上が死亡しています。
症例
1月初旬、夕食時の救急指令でした。「60歳代の母親が、食事中に喉に物を詰まらせたようだ。呼吸はしている。」との入電内容で出場しました。現場到着までは5分程度の比較的直近でしたが、口頭指導の必要性※3を考慮して、傷病者宅に電話連絡をして、状況確認を行いました。息子より、「詰まったものは多少取れて、意識も正常な呼吸もある。」との返答であった為、様子を見ておくように指導して現場へと向かいました。
写真4
接触時の状況
現場到着すると、傷病者は、居室のベッド上に座位となっていました(写真4)。息子より「(母が)ぜんざいを食べとったら急に息がえらげ(苦しそう)になりました。脳梗塞※4をしたことがあって、今も病院に掛かってます。」と聴取しました。顔面蒼白で苦悶表情、開眼はあるものの、呼びかけに対しても全く発語がない状態でした(JCS−3)。撓骨動脈は早く触れ、呼吸はごく浅く、胸郭の運動もわずかでした。初期観察の結果から、依然、重大な気道異物が存在していると考えられました※5。
写真5
背部叩打
咳き込みを促すも、対応することが出来ず、用手で開口を試みましたが、歯を強く噛みしめており、開口出来ません。背部叩打法(写真5)と腹部突き上げ法を交互に繰り返す※6も、異物の除去には至らないまま、刻々と時間が流れていました。接触から約2分が経過した時に容態変化があり、急に全身脱力状態となり、意識消失を発症しました。
写真6
フィンガースイープ法(用手による掻き出し)による餅の除去
即座にベッド上から床上に仰臥位として、CPRの準備にかかるとともに※7、予め準備をしていた喉頭鏡を用いて、口腔内の確認をしました。口腔内には直径約5cm、厚さ約1cmの丸餅が視認出来、顔を横に向け、フィンガースイープ法(用手による掻き出し)(写真6)
写真7
除去された餅(実物)
により慎重に取り出しました(写真7)。その直後に、大きな吸気があり、意識回復し、さらに会話可能な状態に改善しました。酸素投与を実施しつつ、救急車内に収容して、直近の2次医療機関へ搬送しました※8。
車内収容時観察結果:意識清明、呼吸:18回毎分、脈拍:78回毎分、血圧:156/80mmHg、SpO2:99パーセント(酸素投与下)、両肺野の聴診にて異常を認めず。呼吸苦等の主訴なし。
本症例は、気道異物となって呼吸困難をもたらした餅が、救急要請後に、あるきっかけで移動し、救急隊到着時には、気道を完全に塞いだ状態となってしまったのではないかと推測されます。私達が、救命講習等で一般市民に指導している異物除去法を救急隊自ら実践するという、私自身始めての経験でした。
症例解説
※3 「正常な呼吸」をしているように見えても、上気道閉塞に特徴的な腹部と胸部の動きが逆になるシーソー呼吸などであることがあります。会話が出来るかどうかの情報とともに、呼吸状態の詳細な聞き取りが求められます。異常と判断した場合、異物除去等の指導をする必要があります。
※4 脳梗塞などの脳血管障害では、嚥下障害を起こすことがあります。このような方は、窒息のリスクが高くなると言えます。
※5 窒息状態の場合、意識はあっても、咳き込むことが出来ず、発声することも出来ません。また、顔面蒼白でチアノーゼを呈することもあります。シーソー呼吸の他に、上気道閉塞による激しい努力呼吸時に、鎖骨上部や肋間が凹む陥没呼吸を呈することがあります。その他に、呼吸ができないことを周りに伝える方法として提唱されている、親指と人差し指で喉をつかむ仕草「チョークサイン(窒息のサイン)」をすることもあります。
※6 異物除去として1、強い咳ができる場合には、傷病者本人の努力に任せる。2、異物が取れるか反応がなくなるまで、2つの方法(背部叩打、腹部突き上げ)を数度ずつ繰り返して続ける。妊娠していると思われる女性や高度な肥満者に腹部突き上げは行わず、背部叩打のみを行うこと、があります。これらは異物の形状に関わらず同様です。
※7 反応がなくなった場合は、ただちに119 番通報し、心停止に対して行う心肺蘇生法の手順を開始します。この場合における胸骨圧迫は、胸腔内の圧力を高めることによる異物除去の効果を期待するものでもあります。
※8 窒息による低酸素状態の傷病者に対して、酸素投与は必須です。
意識・呼吸状態が改善したとはいえ、異物が気管支方向へ入ったなど、異物が全て除去されたとは限りません。呼吸困難の再発にそなえる必要があります。可能であれば、除去された異物は医療機関に持っていくべきです。窒息状態となり、緊急の対応を要する場合、重要なキーマンとなるのは、バイスタンダーです。全国の消防職員がそのバイスタンダーを養成すべく、救命講習等で、様々な工夫を凝らし、その普及啓発を行っているところです。当消防局で、私の先輩達が成した奏功事例を以下に紹介します。
啓蒙活動
少し前のことですが、2005年から2006年の間に、当消防局管内の山間地域にあるケーブルテレビ局と共同して、応急手当の番組を作成し、放映をしました。「もしもの時の応急手当・こげぇするだでぇ(こうやってするんだよ)○○○○!」と題してシリーズ化し、心肺蘇生法、外傷(出血、骨折、熱傷など)や熱中症に対する応急手当、また、水難事故時の対応などのテーマを挙げ、町役場の職員らと演劇仕立ての再現VTRや対談を通して、視聴者に伝わりやすいものを目標として作成しました。
写真8
ケーブルテレビ番組「こげぇするだでぇ、異物による気道閉塞!」
そのシリーズの中で、正月向けに「こげぇするだでぇ、異物による気道閉塞!」というテーマで、気道異物への対処方法についての番組を作成し、年末年始を通して1週間放映しました。「食事中に餅をのどに詰めた。」との想定による再現VTR(写真8)は、演者の迫真の演技とともに、内容が分かり易くとても良いと視聴者から好評を得ました。そしてさらに、我々にとって、とてもうれしい反響がありました。年明けの町役場に、番組に対する感謝の電話が3件寄せられたのです。3件とも、「正月に餅をのどに詰まらせたが、ケーブルテレビの番組内容を真似たところ、餅が取れました。」との内容でした。いずれの症例も、救急要請はありませんでしたが※9、家族(バイスタンダー)の対応で事なきを得たものでした。
この事例は、応急手当の普及啓発活動の効果が実際に現れたもので、その重要性を再認識されられるものでした。各市町村単位などで作られるケーブルテレビのコミュニティ番組は、地域に根差したものであり、地域住民の視聴率も高く、その影響力は絶大です。救命講習のように、受講者が人形を用いて実技をすることは出来ませんが、救急蘇生法の存在を幅広く知らしめることが出来ました。そして、それを実施したバイスタンダーが現れたことは、ケーブルテレビを利用した普及啓発活動が有効であったといえるのではないでしょうか。
解説:
※9 窒息と判断した場合は、助けがいればすぐに119番通報を以来して手当に入ります。本来は、異物が取れた場合でも、医療機関を受診することが推奨されています。異物除去による気道や臓器の損傷、異物の残在による気道の炎症の可能性があるからです。
救急蘇生法の指針2010(市民用)が取りまとめられ、「救命の連鎖」の最初の輪に、「心停止の予防」が位置付けられました。餅による窒息(食物による窒息)に対しても、1、食品を食べやすい大きさに切る。2、よく噛み砕いてから飲み込む。3、お茶や水でのどを湿らせるなどの予防策が重要となります。
おわりに
「餅による窒息」への対応は、救急隊や医療機関任せの「餅は餅屋」であってはなりません。我々は、応急手当の普及啓発活動を行うことによって、幅広く一般市民の方が、バイスタンダーとして異物除去を始めとした救急蘇生法を実行出来るように、また、それらを引き継ぎ、適切な処置と搬送が出来るように、餅屋として尽力しなければなりません。
参考資料
総務省消防庁ホームページ 消費者庁ホームページ 厚生労働省ホームページ
救急蘇生法の指針2010
13.4.9/10:35 PM]]>
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