手技93:救急隊員を目指す初任科生へ
第7回
観察の画像トレーニング
今月の先輩プロフィール
西岡和男(にしおか かずお)
46歳
熊本県天草市出身
熊本市消防局中央消防署
昭和55年消防士拝命
趣味:カントリーミュージックとガーデニングに仕事
「救急隊員を目指す初任科生へ〜ベテラン救急隊員が伝承したい経験と知識」
シリーズ構成
亀山洋児(猿払)
はじめに
画像トレーニング。あまり耳慣れない言葉かもしれません。
医療の画像といえば、CT やMRIなどの画像診断を思い浮かべる読者もいらっしゃるかもしれませんね。ここで紹介する画像トレーニングは、現場や傷病者の映像から、その病態や、病態の背景を考えるトレーニングです。
基礎学習が、知識を引き出しに入れる作業であるとすると、現場活動では、その引き出しを上手に開けることができなければ、学んだ知識を傷病者へ適切に提供することはできません。
画像トレーニングは、画像を見て、その画像に関連する知識の引き出しを、いかにスムーズに開ける具体的な技術を磨く学習といえます。
画像トレーニングの意義
たとえば、心肺蘇生法や外傷の教育の中での観察は、見る、聴く、触れる、をセットで進めて行くように学習します(叩くという観察のように、触れる+聴く、などの複合要素を持つ観察もありますね) 。「見る」という観察が大切な第一の理由は、こうした学習に見られるように、現場や傷病者から直接得られる情報の物理的な順序として、最初に飛び込んでくる情報が視覚情報であるという点です。
救急隊員にとって、最初に入る現場の視覚情報の重要性は、病院診療とは一味違い、何も整理されていないOPENな環境に曝された傷病者の状況から活動がスタートすることで、救急現場学ならではの一面を持っています。
第二に、視覚情報は、瞬時にかつ大量の情報をもたらすことです。つまり、現場のさまざまな視覚情報は、その後の活動方針、観察の絞り込みなど、救急隊員に多角的な発想や気づきをもたらす可能性があります。
第三に現場活動では、隊員3人が効率的に活動するために役割分担が必要なため、現場の視覚情報に対し、それぞれの隊員が異なった目線で事象を捉えている場合があり、こうした違いを理解しておくことは、救急活動の質を高くするために重要な意味を持ちます。
このように画像を使ったトレーニングを始めてみると、より深い知識の再確認や隊活動の新しいアイディア、あるいは、隊や個人固有の癖などにも気づくことができるでしょう。
今回は、いくつかの簡単な画像を使って、例示していきます。
ただし、画像から読み取れることは、「絶対にいつもそうだ」と、いうものではありません。視覚情報から読取れる初期内容は、あくまでも推定の色合いが強く、実際の活動では、これらの推定を可能性の一つとして捉えた上で、詳細観察の結果などを照らし合わせて判断を確定させてゆくことに注意してください。
課題例 1:傷病者へのアプローチ
傷病者の姿勢は、救急隊が現場に接近するとき、比較的に遠くからでも確認のできる、重要な傷病者情報です。では、いくつかの特徴的な姿勢を上げてみましょう。
画像 1(座位A:fig1)
画像 2(座位B:fig2)
画像 3(側臥位*1:fig3)
画像 4(仰臥位:fig4)
ステップ1
画像をみて、このような傷病者に遭遇した時、皆さんは、それぞれどんなことを考えますか。少し時間をとって、皆さんの思いを膨らませて先に読み進んでください。
仲間で、思いつくままに意見を出してみるのも良いと思います。
ステップ 2
次に、それぞれの画像に、通報内容の情報を加えて考えて見ましょう。
重症度や緊急度の判断、あるいは、最初に行うべき観察や手当を考えてみても面白いかもしれません。
通報内容の情報
- (例 1)呼吸困難です。
- (例 2)喘息発作です。
- (例 3)腹痛の傷病者です。
さて、どうでしょう。通報内容の情報が入るだけで、少し見方が変わりませんか?
読者の皆さんは、疾患によって傷病者が、しばしば自然に症状を軽くする姿勢をとることについて、いくつかの代表的な姿勢を学習していらっしゃると思います。また、ここまでのステップで、画像情報に情報が加わることで、思考の幅が広がることにも気付かれたと思います。
そこで、改めて傷病者に特徴的な姿勢の知識を画像から検討してみましょう。
傷病者が好む姿勢は、症状が楽になる姿勢であることが多いものですが。姿勢の傾向は、痛みや不快感の部位を守るように、痛みの方向に体を丸めた姿勢になることが多いことに気付きます。
これを念頭に、もう一度画像に戻ってみましょう。
(例2):喘息発作 喘息発作は、呼出障害(息を吐くことが難しくなる)でしたね。つまり、発作時は、息を吐くために呼吸筋を全動員するわけですが、呼気の筋力を助けるためには、前かがみの姿勢が有利です。したがって、A の姿勢からは、傷病者が、かなり頑張って息を吐こうと努力している状態が推定されます(起座呼吸*2)。逆に、同じ情報でBの姿勢であった場合には、(a)呼出障害の程度が軽いか、あるいは逆に(b)努力呼吸の限界を超え危機的な状態に陥っている。のかもしれません。
また、見方を変えると、事前情報が「呼吸困難」という情報のみであっても、(1)Aの姿勢であれば、呼出障害を起こしている可能性を持つこともセンスとして悪くないということもできます。
では、そうなると、重症を念頭に置くべき事前情報のある傷病者が、真平ら(仰臥位)の姿勢というのは、状況的には、やや不自然で重大な問題が潜んでいる体位とも考えられます。
救急現場では、遠くからの視覚情報から具体的な病態予測を開始します。そこから想起される症状を頭の中に巡らせながら観察の距離をつめてゆくわけです。距離が狭まり、傷病者の表情が見て取れる距離になり、口すぼめ呼吸*3(画像 5:fig5)や頸静脈怒張*4(画像 6:fig6)に気づければ、傷病者に接触する時には、主な活動方針が決定できていることさえあるのです。
口すぼめ呼吸(画像 5:fig5)
頸静脈怒張(画像 6:fig6)
課題例 2 モニタの理解度チェック
さて、引き続き傷病者にモニタを装着しました。
(画像 7:fig7)
あなたは、このデータをどのように評価し、何を行いますか。
モニタの表示では、心電図はまだ装着されていないようです。呼吸状態が気になりますね。
SPO2は、94%を表示していますが、脈波の表示は非常に乱れています。
そこで、パルスオキシメーターは、どのようにして血液中の酸素飽和度を算定しているか、簡単に表現できますか。
パルスオキシメーターは、脈波の高い場所の赤色の変化の平均値を見て値をだしていますので、この画像のモニタ表示の値は、信頼できませんね。したがって、プローブがきちんと装着されているか、振動や直射日光が差し込んだりしていないかなどを確認して、きれいな脈波が描出されることを確認することになります。
課題 3 出血にどう理解するか
(1)面積
外傷には出血は必発で、最初に目に入る情報は、面積です
(画像 8:fig8)
この人は、笑っていて、違和感のある画像ですね。お見込みのとおり実験画像です。そこに最初に気付くセンスは大切です。
用いた模擬血は80CCで、成人にとって危険な出血量には、遥かに及びません。しかし、このようにわずかな血液でも広範囲に汚染されること、さらには、血液の落ちた服や床などの吸水性や色調によって、出血量に対する面積の印象は大きく異なってしまいます。出血の面積に惑わされることなく、ABCやショックの5P*5といった所見をいち早く把握することが重要です。
一方、拍動性に噴出する出血は、動脈の損傷を意味し、急速に循環血液量減少性ショックに陥る恐れがあるので、早期の止血処置を開始する必要があります。
また、変形の部位に一致する出血では、骨折端が皮膚を破っている状況は視認できなくても、骨折部位と皮膚の創傷部位の間には通行があると考え、解放性骨折*6として扱います。
(2) 色調
出血の色調は、初期には赤く、時間の経過とともに黒く変色します。この性質は、初歩的でありながら非常に重要な知識です。
たとえば、口や肛門から流れ出る血液の色調が(a)暗赤色であれば、血管から漏れ出た後に一定時間を経たもの。(b)明るい色であれば、血管から漏れ出て短時間のもの、と考えることが合理的です(表1)。
呼吸器 | 消化器 | |
色調 | 明 | 暗〜明 |
混入物 | 気泡 | 食物・コーヒー残渣様 |
量 | 小 | 多 |
随伴症状 | 咳 | 嘔気 |
原因臓器部位も気になるところではありますが、この判別は、表1などの情報を収集加味して判断する必要があります。しかし、色調からは、暗赤色~黒であれば、出血から時間が経過しているので、量が多ければ血圧を維持する機序が働き貧血*7を起こしていることを念頭に。
一方、明るい色調の場合は、循環血液量減少性ショックを念頭に活動を開始することができます。
(3)皮下の出血
皮下出血は、皮下出血の部位と解剖学的な位置に着目します。
色調としては、出血と同じで、受傷直後には、鮮紅色で出血の多い部位は血液の貯留が透けて見えます。その後、時間が経過するにつれて、紫を経て周辺から黄色に変化してゆきます。一方、皮下出血の部位は、色の変化とともに拡散し末梢へ移動するため、出血の部位と痛みの部位が異なってきます。
画像9 受傷直後:fig9
画像10:受傷約50時間後:fig10
理解しておくことは創傷を正しく診るためには重用です。
急性期の外傷の傷病者の場合、皮下出血の部位は、特に重要な意味を持ちます。
皮下出血は、特に大きな力が加わった打撲の査証でもあり、部位と外力の方向から、体や臓器の損傷部位を類推することができます。
先に述べた色の特徴から、受傷直後は、比較的に淡い色調であることから、過小評価しないよう十分な注意が必要です(画像11:fig11)
シートベルト外傷*8では、腰ベルトの位置に着目します。この画像の部位では、皮下出血の場所が腸骨を固定せず、腹部にシートベルトの圧力がかかったことを示唆しています。これは、小腸や十二指腸などの穿孔性の破裂の可能性を想起させますが、こうした小腸の損傷は、受傷直後には、はっきりとした症状を呈さず、時間を経て緩やかに重篤な症状として現れることが多いので、非常に重要なポイントです。
課題 4 四肢の観察
画像12:fig12から何を感じますか?
バックボードが反対?そうですね。これは、この傷病者が倒れていた現場の状況が、単にバックボードを正規の方向から入れることができなかったものです。傷病者を安静に救出する目的として合致する病態だったので、結果的に絵のような使用になっています。
(1)正常な肢位の理解
四肢の自然な位置や可動域を理解しておくことは、神経学的な左右差や外傷や骨折などの有無や程度を推定するために重要な知識です。
画像12に注目してみましょう、傷病者の左足先の向きは、明らかに正常範囲を超えて外転しています。しかも、右足と左足の踵の位置を比べると左足が短く見えます。
この画像の傷病者は、左足の大腿部を骨折しています。この画像では、足首から上は毛布で覆われていて見えません。
実際の現場活動でも、夜間や照明の届かない暗がり、物への挟まれなどにより、傷病者の全体を見通すことのできないことも多く、この画像のようにストレッチャー上など、整理され平坦な場所や環境であれば、簡単に気付くことのできる状態であっても、現場では、意外と難しいという側面もあります。
したがって、正常な体を触れて観察し、可動域や可動に伴う、他の関節や体位の連動など、自然な肢位を学ぶことも大切です。
(2)神経学的な異常肢位
画像13
画像14
四肢のこのような特徴的な肢位を見たことはありませんか。これらは、重度の頭蓋内病変を示唆する特徴的な異常肢位です。
意識障害は必発で、痛みなどの刺激が、異常肢位の出現を誘発することもあります。いずれも重症ですが、除脳硬直がより重篤です。
画像13 の除脳硬直は、中脳・橋の脳幹部の損傷を意味します。この部位が損傷を受けると、体の位置を重力に逆らって保持する筋群が過緊張となり、下肢・上肢共に関節は伸展。足関節は底屈。手関節屈曲。前腕は回内します。
画像14の除皮質硬直は、文字どおり大脳の皮質が除かれる(皮質の障害)を受けると出現します。異常肢位は片側に出現することもあり、この場合には、異常な肢位を示す四肢とは反対側の大脳に障害があります。除脳硬直の場合とは、上肢の肘関節が屈曲、前腕が回外となる点が異なります。
課題 5 状況判断
さて、最後の画像15は、どうでしょう。
画像15
通報は、深夜、40 代の女性。左手の痛みを訴え救急要請されました。現場到着時の様子です。周囲には誰もおらず、傷病者本人と思われます、戸締りをしているようです。
気になる点は、ありませんか。
通報内容では、左手の痛みという情報です。しかし、この女性は、左手にかばんを下げていて、非常に不自然です。会話を始めると不定愁訴を訴える精神的に問題のある傷病者でした。
アメリカなどの内科診療では、こうした違和感のある状況などをヒントにする、少し変わった診察法*9も紹介されています。
まとめ
今回は、画像トレーニングの一端をご紹介しました。いかがでしたでしょうか。
今回紹介した内容は、いずれも実際の救急現場の反省から画像に落としてトレーニングに活用したものです。
最初に述べたように、画像トレーニングは、それぞれの立場、考え方、アイディアを出し合って、知識をより確実なものにしながら、発想を豊かにするトレーニングです。
ひょっとすると、皆さんは、ここに書かれていることとは別の要点や、考え方に気づかれているかもしれません。大切なことは、その気づきを自分の中に閉じ込めず、仲間に尋ねたり議論したりして、内容を深めることです。一つの現象を複数の目でとらえることは、物事の本質に近づくことのできる力を磨くことに他なりません。
救急活動は、傷病者の皆さんを、適切な時間に、適切な処置を施し、適切な場所(医療機関)へ安全に搬送することが重要な任務であるなるわけですが、活動全体のマネージメントは、観察→結果→方針決定→観察の繰り返しです。
救急活動のなかでも、マネージメントの分岐点を左右する、最も重要な観察。その中でも、「見る」という観察項目は、救急活動の出発点として非常に需要です。
画像トレーニングは、けがや病気そのものの状態把握はもちろん、現場に急行する途中、あるいは、傷病者に接触を始める時点など、ありとあらゆるトレーニングが可能ですので、具体的な反省や戦略対策はもとより、上司が部下へ知識や行動確認のために課題を提供することも可能です。
画像トレーニングは、一人よりも複数で楽しく行うことが効果を高めます。そして、そのトレーニングの蓄積は、救急隊ならではのプレホスピタル現場学には不可欠な基盤となりえます。ぜひ、いろいろな画像を使って、皆さんで取り組んでみてください。
用語解説
*1側臥位
片肺の換気量が極端に減少している場合、患部側を下にすると健側の肺からの圧迫が減少するので楽になることがある。ただし、障害が軽度の場合には、逆になることもある。
*2起座呼吸
左心不全など、肺にうっ血を起こす病態では、仰臥位になると、心臓に戻る血液(静脈還流)が増大し肺うっ血が悪化し息苦しさが強くなるため、呼吸を楽にするために、傷病者が自然に座位姿勢をとるもの。
*3口すぼめ呼吸 いわゆるPEEP呼気終末陽圧呼吸を自然に行っている状態。肺うっ血などで息を吐くことが困難になった場合、口をすぼめて呼気に抵抗を付け呼出を助けている呼吸。
*4頸静脈怒張
は、心不全や緊張性気胸など、静脈から心臓へ帰ってきた血液を、送り出すことに支障をきたすと、頸静脈が隆々とうっ血する。吸気時に出現し、呼気時に消失する場合は正常範囲。頸静脈のうっ血は、正常でも、水平仰臥位で視認される場合もある。
*5ショックの5P
ショック時の典型的な兆候。蒼白(Pallor)。虚脱(Prostration) 冷汗(Perspiration) 脈拍不触(Ppulselessness) 呼吸不全(pulmonary insufficiency)をいう。
*6開放性骨折
骨折部位と創がつながったものをいう。骨髄からの感染リスクが大きく、骨髄炎を生じやすい。一度骨髄炎を生じると骨折の癒合(ゆごう)が著しく障害を受け、壊死組織の切除や、損傷部の洗浄、清掃が必要である。
*7貧血
非常に誤った使い方の多い用語。医学的には、血液中の赤血球の割合が減少している状態をいう。大量出血直後は、血球成分も血漿成分も等しく消失し血球成分比率は変わらないため、貧血はない。大量出血に伴い循環血液量を補うために血管内に水を引き込むと血球成分の割合が減少し貧血となる。市民生活の中では立ちくらみを貧血と言うことがあるが、起立性低血圧であって、貧血とは病態が異なる。
*8シートベルト外傷
強い衝撃のために、シートベルトから強い外力が加わり障害を受けるもの。エアーバッグが作動していても、その発生頻度は少なくない。シートベルトの位置に沿った部位や臓器の損傷が多い。シートベルトの形状によっても損傷部位が異なる。腰を固定するベルトを、誤って腹部に装着している場合、しばしば腸管穿孔などを生じる。
*9変わった診察
病態によって生じる、身だしなみ、洋服や下着の汚れ、ハンカチ、ティシュ、装飾品、違和感のある化粧、日常生活の特徴的な変化を捉えた診察法の提唱。財布生検:Wallet Biopsyなどの用語もある。
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08.1.6/9:36 PM
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