論文の書き方1. 総論

 
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[講義] 投稿

論文の書き方1. 総論

 

玉川 進
旭川厚生病院麻酔科
078-8211 旭川市1条24丁目111番地3
tel 0166-33-7171
fax 0166-33-6075

目次

はじめに

4回シリーズで「論文の書き方」を講義することになりました。今回は[総論]として、論文を書く上での必要な知識を講義します。2回目は[原著・投稿]、3回目は[事例報告]、4回目は[学会発表]を講義します。論文のターゲットは本誌『プレホスピタル・ケア』、学会のターゲットは日本救急医学会とその地方会です。意見や質問はファックスかEメールでお寄せ下さい。

 

救急隊員にとっての「論文」

 

論文を書くことに何かメリットはあるのでしょうか。それを知るために、今まで本誌に論文を発表したことのある旭川と留萌の救急隊員20名にアンケートを郵送したところ、18名から回答を得ました。

 

 

アンケート結果から

 

1)論文とは

論文とは、研究の業績や結果を書き記した文1)です。自分が体験したり、研究して発見したことを世の中に知らしめる文章です。では、なぜ救急隊員が論文を書く必要があるのでしょう。それは、救急隊員が救急の専門職だからです。

救急隊員は長らく何の処置もできない運び屋に甘んじてきました。簡単な処置ができるようになったのが1978年、高度な医療技術保有者である救急救命士を制度化したのが1991年です。同じ変化を看護婦がたどってきました。看護婦は医師の雑用係として働く時代が長く続きました。看護職員の努力によって地位が向上するにつれ、看護関連の学会が多く誕生しました。看護雑誌も数多く発刊されています。看護は学問であるという観点から、現在は看護大学が次々に誕生しています。

救急は学問です。救急の専門職たる救急隊員は、自分の研究や体験を世に示すことにより、救急を進歩させる責務を負っているのです。

2)論文を書く意義(図1)

勉強も知識吸収も組織の中での評価も全て自分のためです。さらに、医療従事者となった救急隊員が学問的にも技術的にも向上し、その地位が社会から認められるためです。この回答は、「論文を書く目的」と言い換えられると私は思います。

・「豊富な知識が必要となるため、多くの医学書、文献等を読むことになる。それは学習であり、結果として知識、技術などの向上と考える」

・「消防という組織(役職+階級社会)においても評価の対象となる」

・「救急業務に取り組む姿勢を世間にアピールできる」

・「医療の世界で新参の救急隊員が真のコメディカルとして認知してもらうため」

3)論文を書く動機(図2)

多くは先輩や医師からの勧めでした。現在私が指導している旭川厚生病院では、病院実習時に臨床研究を義務づけており、これが強制という表現になっています。3人は先輩・同僚の刺激が動機と答えており、環境の大切さが窺えます。

・「同僚の隊員達が取り組んでいた」

・「学会会場の雰囲気がいい刺激になった」

4)論文を書く上での苦労と楽しみ(図3,4)

書き方が分からず苦労した人が最も多く、組織や雑誌編集部との交渉、文献の入手と続きます。私の書くシリーズはこの苦労を軽減してくれるでしょう。逆に良かったと思うことは、書き上げたときや雑誌を受け取ったときの充実感と,執筆が勉強になったことを挙げています。

・「論文を書く公式が分からない」

・「単独の考えではできず,消防本部としてやらなければならなかった」

・「本当に自分の訴えたい部分について、編集室に理解してもらえなかった」

・「本を受け取ったときは、自分の名前を見て大変感激した」

5)救急隊員にとって論文を妨げている要因(図5)

論文を書いても給料にも昇進にも関係しない現在の制度が最大の問題です。次に医師や上司を含めて適当な指導者がいないことです。

・「やってもやらなくても給料になんにも影響がないこと」

・「時間を費やすわりに業績として評価されない」

・「組織の中で論文を書くことが正式な業務のポジションとして定着していない」

・「良き指導者がいなければ実行できない」

6)論文の先輩からのアドバイス(図6)

まだ書いたことのない人たちへのアドバイスを書いてもらいました。

・「すごいことは書けません。つまらないことをしっかり考えてみましょう。」

・「あ〜終わったのではなく、”あれで良かったのか?”を抱く」

・「書こうと思ったら直ちに実行することが大切」

・「苦労はするだろうが、ぜひ書いてみるべきである。何も経験なくして、論議をしても説得力に欠ける」

・「苦しいのは一時、出来上がったときの充実感を味わってはどうでしょうか」

・「一緒に勤務している職員の理解を得ること」

・「最初から完璧な原稿は書けるわけがなく、失敗を恐れないで、とにかく何度も自分の思うように書くことがよいと思う。そのうち”コツ”のようなものがわかる」

・「論文を書くこと自体はそれほど難しいとは思わない。ただ、論文を書く環境(医師・病院・職場の仲間・上司)がある程度そろってなければ、学会にも参加しづらくなったりするので、バックアップ体制も重要なことだと思う」

・「一人で考えるといろいろと大変になるため、仲間(医師or救急隊員など)をつくり、また疑問に感じたことをいつでもディスカッションできる環境づくりも必要」

7)アンケート結果からわかること

今まで論文を書く習慣のなかった消防本部では、誰かが強要しなければ論文は書かないでしょう。しかし、しぶしぶながらでも多くの人が書き、それが雑誌に載れば、後輩は論文を書くことに違和感を感じなくなります。論文を継続して発表するために必要なことは、個人レベルでは論文を書く意欲と常に疑問を抱くこと、消防組織レベルでは論文が仕事の一部として評価されるように変わっていくことです。

 

5つの大切なこと

 

1)良い指導者を見つける

指導者は必要です。初めから論文の書き方を知っている人はいないからです。医学的な考察が正しいか確認するためには、医師の指導が必要です。事例のレントゲン写真や文献を手に入れる面からは、搬送先の医師が適任です。救急隊が常時搬送している病院なら何人かは論文に強い医師がいるはずなので、周りに聞いてみて下さい。指導者にふさわしい人が近くにいない場合には、救急隊員仲間をたどって紹介してもらいましょう。また、救急隊員の学術集会で座長(司会)を務めている医師は救急隊員の教育に熱心な人が選ばれています。謙虚に指導を請いたいと申し出れば受けてくれるでしょう。

自分は救命士でないから書く資格がない、と卑下する必要はありません。卑下は逃げることです。逃げる力があるなら、それを指導者探しに注いで下さい。

2)とにかく始める

はじめから論文の書き方を知っている人などいません。みんな下手です。恥じることはありません。書く作業で最も難しいのは「始めること」です2)。始めてしまえば、それを育てて論文の形に持っていくのはさほど困難ではありません3)。似たような論文(あとに述べる、しっかりした骨格の論文が望ましい)を『プレホスピタル・ケア』で見つけて、その書き方を逐一真似して書いていきます。

3)書けるところから書く。

[事例報告]では、「事例」を書きます。[原著・投稿]では「対象と方法」「結果」が簡単です。

4)思いついた言葉を全て書き並べる。

論文を書き始めたら、初稿(下書き)は極力急いで書きます3)。難しいところは飛ばします。ワープロが不得意なら、初稿だけは鉛筆で広告紙の裏に書き殴ります。繰り返しますが、一番大切なのは「始めること」です。筆の進まない理由の何割かは、うまく書かねばという気負いです。後で書き直せばいいのです。同じ内容が重複していても気にしない。長さも気にしない。句読点もばらばらで良い。気楽に行きましょう。

5)ワープロ(パソコン)を使う

ワープロの良いところは、何回でも書き直しがきくことです2)。初めてワープロを使うのは大変な苦労です。でも、今は出動報告書をワープロで書く人も多いと聞きます。この機会にワープロを練習してみてはいかがでしょう。ついでに、我が家にもパソコンが欲しいなあと考えているあなた。論文書きは大蔵省からの予算獲得に大きく貢献することでしょう。

題材の集め方

 

題材はどこにでも転がっています。例えば、梅澤ら4)の[事例報告]。社会復帰の事例は他でも数多く経験してます。この論文のミソは、病院からいかに迅速に指示を受けたかにあります。例えば、真岩ら5)の[私たちの工夫]。心臓が止まっている人で点滴を取るにはどうしたらいいか考えた論文です。

常に問題意識を持ちましょう6)。新しいことを追いかける必要はありません。普段の業務の中で、疑問に思うことを地味に追いかけることが一番です。自分が疑問に思うことは、日本の救急隊員の数%も疑問に思っています。しかし、自分以外の救急隊員は、「こういうものだ」「こういう習慣だ」「こう習った」といって疑問を飲み込んでいるのです。あなたの論文を読んで、はたと膝を打つ人は必ずいます。

ある疑問が湧いたら、他の隊員はどうか先輩や同僚に話してみましょう。誰も明快に回答できなかったら、研究する価値があります。ある事例が心に引っかかったら話してみましょう。賛同者が一人でもいれば書ける可能性があります。注意すべきは、「そんなのはね」と何でも知ってるように解説する人物で、そういう輩にかまけていてはいつまでたっても進歩しません。

論文のパート

論文にはパートがあります。[事例報告]ならば「はじめに」「事例」「考察」「結論」、[原著・投稿]ならば「はじめに」「対象と方法」「結果」「考察」「結論」となります。

1)考える順番、書く順序

論文を考える上で、まず始めに思いつくのは結論です。結論が初めにあって、それから理屈を考えるのです。「結論」を言いたいことのまま箇条書きに書いておきます。それから「事例」「対象と方法」を書くことになります。決して「はじめに」を最初に書いてはいけません。「はじめに」は最後に書きます。

構成表(アウトライン)作りを奨めている本7, 8)もあります。研究項目が多くなれば必要でしょうが、短い論文では構成表を作る時間を惜しんで書き殴りましょう。

2)「事例」「対象と方法」「結果」

「事例」は活動報告書を眺めながら書きます。出動依頼の内容を書き、覚知時間、出動時間、活動内容を書きます。論文の目玉となる事項については詳しく書きましょう。病院に到着し、病院内での治療内容と転帰を書いたら終了です。その時々で”感じたこと・考えたこと”も一緒に書いていきます。

「対象と方法」は実験の方法を始まりから終わりまでそのまま記載します。他の論文からの引用が多いなら文献を挙げるだけにして、自分たちで工夫したところを書きます。「結果」もあるがままを記載します。数値を表や図で表す予定ならば、本文ではその意味だけ書いて数字は出しません。表の内容をグラフにしたら表は引っ込めましょう。スペースの無駄だからです3)。

3)「考察」

「事例」と「結果」の意義を述べ、他に似た報告があればそれと比較して異同を明らかにし、筋道よく議論を展開して結論に導くための部分です。同時に文献を引用して自分の意見の裏打ちをします。[事例報告]では、「事例」で書いておいた”感じたこと・考えたこと”をここに移動させます。そして結論に照らし合わせて、考えたことがどういう理屈で正しかったのか、自分を支持するデータを文献から集めて提示します。[原著・投稿]では、研究の成果を強調するとともに、この研究が救急現場活動にどう役立つのかを強くアピールします。

初稿では筋道を意識する必要はありません。手直しでは、どこが問題なのか一覧表を作って、その回答を文献から引っ張ってきて並べます。

4)「はじめに」

この論文を書いた目的、動機、意義を述べます。考察を書いていくと、どこに問題点があってこの論文を書いたのか鮮明になるため、おのずと「はじめに」をどう書いたらよいか分かるようになります。

5)「結論」

全体を書いた後に、結論を書き直します。理想的には「はじめに」で提起した問題を一言で解決することであり、具体的には新しく発見し行動したことの意義を強調します。結論は短く言い切ります。短いほうがその論文の筋道が通っている証拠にもなります3)。『プレホスピタル・ケア』をみていると、「結論」が10行以上にわたっていたり、今後の課題を書いていたりしますが、それは考察であって結論ではありません。ちゃんと考察に移動させましょう。

6)「題名」

内容を的確かつ簡潔に示すことが必要です。しかし、的確さと簡潔さは相反するものなので、折り合いの付くところで妥協しましょう。内容が想像できる長い題名が現在は主流となっています。


引用文献
1) 新村出記念財団: 広辞苑. 新村出編. (第4版). 岩波書店, 東京, 1991, pp2746.
2) 野口悠紀雄: 「超」整理法. 中央公論社, 東京, 1993, pp177.
3) 田中潔: 手ぎわよい科学論文の仕上げ方.(第2版). 共立出版, 東京, 1994, pp166.
4) 梅澤卓也, 森山靖生, 三好正志: 救急隊到着後に心肺機能停止となった傷病者が社会復帰した1事例. プレホスピタル・ケア 1998; 11 (3): 32-34.
5) 真岩敦, 山田博司, 玉川進: 虚脱した末梢静脈に対する末梢静脈路確保のための工夫. プレホスピタル・ケア 1999; 12 (2): 印刷中
6) 三木正: 論文・レポートの書き方. 日本実業出版社, 東京, 1978, pp48-59.
7) 木下是雄: 理科系の作文技術. 中央公論社, 東京, 1981, pp52-54.
8) 桜井邦朋: 科学英語論文を書く前に. 朝倉書店, 東京, 1988, pp45.



図1
Q1 論文を書くことは、救急隊員にとってどういう意義があるのでしょうか(重複回答可)

図2
Q2 初めて論文を書いたときの動機

図3
Q3 材料集めから出版まで(本を受け取った時点)で、苦しかったこと、つらかったこと(重複回答可)

図4
Q4 材料集めから出版まで(本を受け取った時点)で良かったこと(重複回答可)

図5
Q5 論文を書くことを妨げている要因をあげて下さい(重複回答可)

Q6 まだ論文を書いたことのない後輩から「書いてみたい」と言われたら、あなたなら何を言いたいですか(重複回答可)


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