近代消防2018年7月号p79-83 救急事例報告(12)
渡邉 康之1) 玉井 雅美1) 藤田 博2)
1)今治市消防本部 2)今治第一病院
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1c4c目次
【今治市の紹介】
今治市は、古くから海上交通の要衝として栄え、東洋のエーゲ海ともいわれる瀬戸内の多島美や世界的な観光資源である「瀬戸内しまなみ海道」(西瀬戸自動車道)を始めとする素晴らしい景観、歴史的文化遺産など多彩な地域資源に恵まれています。
本市と広島県尾道市の島々を橋で結ぶ「瀬戸内しまなみ海道」は、サイクリングで世界有数の多島美を眺めながら渡ることができるのが最大の特徴です。
全長70kmのサイクリングコースは、日本で初めて海峡を横断できる自転車道であり、現在では「サイクリストの聖地」として世界中のサイクリング愛好家から注目され、平成26年からは自動車専用道路の本線をコースとした国内最大級の国際サイクリング大会が定期的に開催されるなど、国内のみならず海外からも観光・サイクリングに多くの人々が訪れる、本市のシンボル的な存在になっています。この大会は、平成30年10月にも開催される予定ですのでより多くの方の参加を心待ちにしています。
大会名:瀬戸内しまなみ海道・国際サイクリング大会「サイクリングしまなみ2018」 日 時:平成30年10月28日(日) 定 員:7,000名程度 内 容:レースではなく、参加者全員でサイクリングを楽しむイベントです。
【今治市消防本部の概要】
今治市の人口は、161,746人(平成30年1月31日現在)で、昨年の救急出動件数は8,130件と過去最多となり年々増加傾向にあります。現在当市の救急体制は、救急車11台(予備車2台)消防救急艇1艇で運用しています。
平成30年3月号P.95に掲載の〈今治市と今治市消防本部の概要〉も参照ください。
【はじめに】
本症例は、急性冠症候群の典型的な症状を認めない急性心筋梗塞であったが、現場にてオーバートリアージで急性冠症候群を疑い活動を行なった結果、病院収容後にPCI(経皮的冠動脈インターベーション)を行い社会復帰した症例である。
また、当市における過去5年間の急性冠症候群事案について、発症年齢、月別統計、身体所見等を分析し、病院前救護における救急活動の向上を図り、今後の現場活動の一助となればと思い紹介する。
【症例】
平成○年11月○日。覚知20時01分。天候、晴れ。気温、15.2度。通報内容は、「80歳男性、顎が痛くてアイシングしています。」との内容で出動した。なお、写真1は再現であり、その他の図表は患者本人から掲載許可を得ている。通報者は、近所に住む息子であった。
写真1 30分前から顎が痛くアイシング中であった
現場到着時、30分前から顎が痛くアイシングしていると聴取する。居室に立位で意識清明。顔貌正常。会話良好、胸痛なし。呼吸、脈拍正常。心音聴診にて、心尖部収縮期雑音、心膜摩擦音聴取なし。橈骨動脈にて拍動は強く不整なし。本人主訴として、下顎部の痛みを訴える。身体所見にて、頸静脈怒張、下肢浮腫なし。既往歴、高血圧、糖尿病。喫煙歴あり(30年前から禁煙)。
観察結果を表1、バイタルサインを表2に示す。
車内収容後の12誘導心電図は正常。心電図波形を表3に示す。
12誘導心電図波形を医療情報システムにより搬送病院へ画像送信。バイタルサインの異常は高血圧のみ。搬送体位は坐位で搬送する。時間経過を表4に示す。病院到着時の心電図及び血液検査データを表5に示す。
冠動脈CTを写真2に示す。
写真2 冠動脈CTの映像からLCX#13の閉塞を疑った
LCX#13の閉塞疑いがあり、冠動脈造影検査を行った。緊急冠動脈造影検査では、右冠動脈(写真3)に有意狭窄は認めなかった。
写真3 右冠動脈に狭窄は認めない
左冠動脈主幹部・前下行枝に有意狭窄は認めなかったが、回旋枝の狭窄を認めた(写真4)。
写真4 回旋枝の狭窄がある(LCX#13)
傷病名は急性心筋梗塞(LCX#13)、傷病程度は重症であった。LCX#13に閉塞を認めたため、ステント(2.25/18mm)留置を行った(写真5)。
写真5 LCX#13にステント留置
ステント留置後、ICUに帰室して26分後に突然の洞停止、24秒間の胸骨圧迫後に、洞調律に復帰。一時ペーシング挿入(写真6)。
写真6 一時ペーシングカテーテル挿入
6日後、一時ペーシング抜去。8日後の夕方に軽度構音障害あり、9日後のMRIにてラクナ梗塞を認めた。10日後、LCX#13ステント良好に開存であった。言語リハビリを行い、16日後に機能予後良好で独歩退院となった。
【対象と方法】
対象は、平成24年1月1日から平成28年12月31日の5年間に今治市消防本部が事故種別「急病」で搬送し、傷病名が「急性心筋梗塞」「不安定狭心症」の傷病者246人を対象とした(表6)。
【結果】
ACS救急搬送事案は、60歳以上が83%であった。発生月は、2月、3月が多く、冬の寒い時期に急性冠症候群が多いのは、気温の変化によって血管が収縮、血圧の急上昇が要因と考えられる(表7)。
傷病程度は、死亡30%、重症44%、中等症24%、軽症2%であった(表8)。
身体所見は、胸痛ありが45%、胸痛なしが19%、不明36%であった。心電図波形(Ⅱ誘導)では、ST異常が33%(上昇15%、低下18%)、ST異常なしが64%、未装着が3%であった(表9)。
心電図未装着の身体所見には、腹痛、後頸部の違和感、両肩の痛み、顔面の痺れ、背部痛があった。急性心筋梗塞は、女性に比べて男性の方が28%多く、不安定狭心症は、男性が34%多かった(表10)。
【考察】
わが国での死亡原因第2位は心疾患であり、心疾患による死亡者数も増加傾向にある。
本症例は左回旋枝の梗塞で、V5、V6誘導でST変化を認めず、背部誘導(V7、V8、V9)を考慮する必要があり、現場での判断が困難な症例であった。救急車積載モニターでは、心電計のようにボタン一つで導出18誘導心電図の波形を出すことはできない。しかし、12誘導のリードを用いて、右側胸部誘導(V3R、V4R、V5R)、背部誘導(V7、V8、V9)で導出18誘導と同じ心電図波形を出すことができる(表11)。
心電図変化と虚血部位を表12に示す。
出典:病気が見えるvol2循環器, p94, メディックメディア刊
動脈硬化の危険因子としては、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、肥満、痛風、運動不足、精神的ストレスなどがある。現場で一つの所見にこだわるのではなく、バイタルサイン、既往歴、発症機序など、五感を十分に働かせた注意深い観察が必要である。
また、64%は心電図波形Ⅱ誘導でST変化を認めない急性心筋梗塞であり、左冠動脈の梗塞であれば12誘導心電図は有用である。
今後、急性冠症候群を疑った場合12誘導心電図及び右側胸部誘導、背部誘導を有効活用し、医療情報システムで現場の心電図波形を画像送信し救急車到着前に伝送心電図を医師が評価する事でPCIまでの時間短縮ができる。プレホスピタルから医師へのスムーズな橋渡しは、傷病者予後の改善、救命率の向上に大きく期待できる。
【結語】
(1)12誘導心電図での評価が困難であった急性心筋梗塞の症例を提示した。
(2)救急車積載モニターには導出18誘導心電図機能はなく、12誘導心電図では、右室と心臓後面に関する情報が乏しいため、右室梗塞や後壁梗塞を疑った場合は、右側胸部誘導(V3R、V4R、V5R)、背部誘導(V7、V8、V9)を考慮する必要がある。
参考文献
・病気がみえるvol.2 循環器
・救急救命士によるファーストコンタクト
筆者紹介
渡邉 康之
わたなべやすゆき
愛媛県今治市消防本部北消防署
消防士拝命: 平成19年4月
救急救命士合格: 平成27年3月
趣味:陸上競技・家庭菜園
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