Jレスキュー2019年1月号
偶発性低体温傷病者の処置中心肺停止に移行するも社会復帰に至った症例
本症例が発生した町は2次病院がなく、現場から直近2次病院まで救急車で30分以上かかり、救命救急センターまで1時間以上かかる医療へき地である。このような地域で発生した重度低体温傷病者の心肺停止症例をドクターヘリで搬送した。病院では経皮的人工心肺補助(PCPS)を使用した深部復温処置を行って社会復帰を果たした事案を紹介する。
目次
通報内容
平成某年年2月某日9時44分、1人暮らしの男性が自宅内で倒れているところを、様子を見に来た保健師と役場職員が発見(写真1)して119番通報を行う。
「68歳男性が自宅内で倒れています。呼びかけて目は開くが、意識が朦朧とした状態(写真2)です。○○病院(管内2次病院)に内科と精神疾患でかかりつけです」との内容であった。要請場所は山間地で、救急隊1隊のみが出場した(写真3)。
写真1 保健師と役場職員が自宅内で倒れているのを発見した。(再現写真)
写真2 意識朦朧状態。(再現写真)
写真3 峡南広域行政組合消防本部 中部消防署南分署から救急出場した。
【出場途上の考察】
通報内容からさまざまな病態が予想できるため絞込みは難しく、幅広く疑いをもって活動することを確認し現場に向かった。この時点ではドクターヘリの要請までは考慮していない。
現場到着時の状況からドクターヘリ要請まで
現場にて通報者から情報を得ると、最後に目撃したのが3日前(写真4)とのことで、いつ倒れたかは不明であった。傷病者は、自宅1階居間に右側臥位で倒れている(写真5)。顔面は蒼白で意識レベルはJCS30、上肢の屈曲、伸展を反復する体動(写真6,7)が見られた。末梢は冷たく、橈骨動脈の触知は不能であるが、総頸動脈(写真8)では約40回/分の高度徐脈を認める。体幹部も非常に冷たく、鼓膜及び腋下電子体温計では測定不能(体温計の測定範囲は32度から42度)である(写真9)。赤外線体温計で体幹部の表面温を測定したところ、22度4分(写真10)である。神経学的所見で明らかな異常所見及び外傷等は見当たらないことから、本傷病者は重度低体温症による意識障害の疑いと判断し、ドクターヘリの要請をする。
※本症例で使用したドクターヘリランデブーポイントは、コンクリート舗装された専用ヘリポートで、現場から救急車で1分で到着できる場所である。
写真4 傷病者は3日前まで軽作業の仕事をしており、元気だったことが確認出来た。(再現写真)
写真5 傷病者は自宅1階居間で倒れていた。(再現写真)
写真6,7 上肢を屈曲、伸展を繰り返す体動が見られた。(再現写真)
写真8 総頸動脈を触知しているところ。(再現写真)
写真9 鼓膜及び腋下電子体温計では測定不能であった。(再現写真)
写真10 赤外線体温計で体幹部の表面温を測定しているところ。(再現写真)
容態変化から車内収容まで
保温の為に、毛布及びアルミックシート上に傷病者の移動を愛護的に行ったが、直後に急激に容態変化し心肺停止状態となる。初期波形は心室細動(VF)であり、除細動を1回実施する。その後は無脈静電気活動に心電図波形が波形変化するが、2分後に再度VFとなる(除細動は低体温時のプロトコルに従い1回のみとした)。指示要請後にラリンゲアルチューブ(LT)を挿入しようとしたが開口障害(写真11)があり、何とか挿入したが換気不良であった為、一旦抜管し口腔内確認後に再度LTを挿入して換気良好となる。その後、右肘正中皮静脈で静脈路確保を行い(写真12)、指導医の指示のもとアドレナリン1mgを投与し、車内収容後直ちに現場出発する(アドレナリン投与は指導医の指示で1回のみ投与)。
写真11 開口障害の状況。(再現写真)
写真12 静脈路確保を行っているところ。(再現写真)
現場出発から院内処置まで
救急車とドクターヘリが同時にランデブーポイントに到着する。自動胸骨圧迫器を装着後にドクターヘリに収容し、救命救急センターに向うが波形は終始VFであった。
病院到着後の深部体温は26度6分であった。PCPSを用いて復温を開始し、3回目の除細動で心拍再開、その後集中治療室に入室となる。心肺停止移行からPCPS装着まで77分経過し、心拍再開まで132分経過した。
表1 本症例の時間経過
転機
PCPS施行期間は4日、人工呼吸器装着期間は30日に及んだが、第66病日にリハビリテーション病院へ転院、その後神経学的後遺症を残すことなく、完全社会復帰に至ったものである。
【考察1】スイスシステムの活用
日本の救急隊は傷病者の深部体温を測定することが出来ず、腋下で測定できる低体温用の体温計も目安にはなるが正確ではない。しかしながら「スイスシステム」(表2)を使用すれば器具が無くても「①意識②シバリング③バイタルサイン」から深部体温を推察することが出来る。HT1が軽度、HT2が中等度、HT3,HT4が重度になり、PCPSを使用しての復温はHT3,HT4が適応となる。この「スイスシステム」は権威ある医療雑誌の一つ「ニュー イングランド ジャーナル オブ メディシン」に2012年に掲載されたもので、日本の分類より簡潔に分類できるため使用している。
表2 スイスシステム
【考察2】after dropの再確認
やはり傷病者を救命する為には「心肺停止させない」というこが1番である。そのために観察、移動、搬送の刺激を極力抑えて、致死性不整脈を起こさせないようにすることが重要と考える。傷病者の加温時には、末梢の血管が開き深部体温がさらに低下する(after drop)為、救急隊は加温はせずにかつ、これ以上体温低下しないように保温のみを行うことを確認した。
【考察3】今後の活動について
本症例を事後検証し、今後の重度低体温傷病者の対応策を検討した。
①心肺停止へ移行することを念頭に活動する
傷病者に対する刺激を少なくし愛護的に活動しても、心肺停止になる可能性は十分にある。心肺停止になるものと考え、事前に対応することが重要と考える。
②PCPSが施行出来る高次医療機関に搬送する。
PCPSを使用し復温することで、救命率が飛躍的に上昇する。PCPSを施行出来ない直近の病院に搬送をせず、施行出来る高次医療機関へ直接搬送をする。夜間等、長距離搬送になる場合には、自動胸骨圧迫器等を使用し、有効な心肺蘇生を継続して搬送する。
③ドクターヘリの有効活用
重度低体温症を疑ったら迅速にドクターヘリ要請を行う。低体温症は心肺停止に移行しなければ予後は良好であるため、心肺停止移行前に要請を行い愛護的に搬送することが重要である。心肺停止移行後でも諦めず有効な心肺蘇生を継続し、早期搬送を心掛ける。上記のとおり、PCPSが施行出来る病院に搬送する必要があるため、ドクターヘリを有効活用することが重要である。
【終わりに】
今回、現場処置中に心室細動へ移行するも、ドクターヘリとの連携により早期のPCPS導入を実現し、神経学的後遺症なく社会復帰に至った偶発性低体温症の1例であり、重度低体温傷病者の対応方法、ドクターヘリの有効性を再確認出来た事案であった。今後は対応策を元に、更なるレベルアップを図りたい。
※当消防本部管内の重症傷病者は、医療機関まで遠方であるが故に、ドクターヘリ搬送の機会が多く、空路搬送を有効活用する為に、常時使用可能なヘリポート(散水不要)(写真13)の登録増加を進めている。山梨ドクターヘリが平成24年4月に運航開始してから、平成30年4月までに、散水不要のヘリポートが17箇所増加した。学校跡地や広場をコンクリート舗装で改修した専用ヘリポートでは、機長判断で地上支援隊の到着前でも緊急着陸を行う場合もある。フライトドクターが傷病者へ積極的に接触する。攻めの救急戦略に、今後の救急医療の未来を感じている(写真14)。
写真13 今回使用したランデブーポイント。峡南消防本部では、このような散水不要の専用ヘリポートの登録増加に力を入れている。
写真14 現在勤務する中部消防署第1係の次長(救急救命士)及び救急係。左から髙野克哲消防司令補、松澤隼人消防士長、大森勇消防司令、標勇輔消防士長、佐野綾祐消防士。
執筆
山梨県 峡南広域行政組合消防本部 中部消防署 救急係
松澤 隼人
消防士長
消防士拝命 平成15年4月1日
救急救命士取得 平成25年4月取得
出身地 山梨県南巨摩郡富士川町
趣味 バドミントン
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