プレホスピタルケア 32巻5号(2019/10/20) p54-55
「研究」投稿
プレホスピタルケア「研究」投稿
緊急走行時の除細動についての検討
西村基史、井上務、吉井克昌
奈良県広域消防組合
著者連絡先
にしむらもとふみ
奈良県広域消防組合 橿原消防署 東出張所
〒634-0075 奈良県橿原市小房町9-23
0744-29-0119
目次
背景と目的
奈良県広域消防組合は奈良県内の11消防本部が合併し2014年4月に発足した消防組合である(図1)2017年の救急件数は47,596件、そのうち今回検討する心肺停止(CardioPulmonary Arrest, CPA)傷病者は917名搬送している。2018年の救急件数は50,002件で件数は増加傾向にある。
東京消防庁では平成29年6月1日のプロトコール改定によって、難治性の不整脈症例の傷病者に対しては特定の条件を除き現場出発から病院到着までの車内で除細動を実施せず搬送するようになった。奈良県の除細動プロトコールでは、現場出発後の除細動症例では車両を停車させ解析から通電を行っている。車内でも除細動を行うことにより自己心拍再開の頻度は高まると考えられる一方、除細動のために救急車を停止させることで病院到着は遅くなり、高度な医療行為を受けられる時間は遅れる。
今回の論文では、救急車を停止させて除細動を行うことが
(1)自己心拍再開率を上昇させるか
(2)病院到着をどれほど遅延させるのか
検討した。
対象と方法
2017年1月から12月にかけて当組合が搬送した心肺停止傷病者から病院到着前に救急隊が除細動を実施した傷病者のうち、病院到着前に救急隊が2回以上除細動を実施した傷病者を対象とした。なお、1回目の除細動は必ず現場で実施している。なお、奈良県の除細動プロトコールでは包括的除細動は3回までとし、4回目以降はオンライン指示が必要である。
対象とした病院到着前に2回以上除細動を実施した傷病者を搬送前に除細動を実施した群(搬送前群)と搬送中の車内で実施した群(搬送中群)に分け、それぞれの自己心拍再開(return of spontaneous circulation, ROSC)率と現場出発から病院到着までの車両の平均速度を比較した。ここで「搬送前」とは現場もしくは現場出発までの車内のことであり、「搬送中」というのは現場出発後から病院到着までの移動中の車内での除細動事案を指す。
ROSC率についてはカイ二乗検定を行いp<0.05を有意差ありとした。
結果
調査対象である期間中に病院到着までに2回以上除細動を実施した傷病者は52名であった。このうち、搬送前に除細動を実施した傷病者は34名、搬送中の車内で除細動を実施した傷病者は18名であった(図1)。
両群のROSC傷病者数は搬送前群では34名のうち12名(35.3%)、搬送中群では18名中2名(11.1%)であり、有意差はありませんが、搬送前に除細動を行ったほうがROSCする確率は高い傾向となり、搬送途上の車内で除細動をおこなってもROSCする可能性は低い結果となった。有意差は認めなかった(p=0.06)。(図2)。
現場出発から病院到着までの平均速度を比較すると、搬送前群は41.0km/時、搬送中群では36.3km/時で約5km/時の速度差があった(図3)。
図1
傷病者の内訳
図2
ROSC率の比較
搬送前:搬送前に除細動に成功した例数
搬送中:搬送中に除細動に成功した例数
図3
救急車の平均速度の比較
搬送前:搬送前に除細動を行った例
搬送中:搬送中に除細動を行った例
考察
今回の研究で得られた結果は次の2点である。
(1)搬送途上の車内で除細動を行ってもROSC率は上昇しない
(2)車内で除細動を行うことで救急車の平均速度は約5km/時低下する。
奈良県の除細動プロトコールでは搬送中に除細動の適用心電図が出現した場合には救急車を停車させて除細動を行う。だが除細動は1回目の放電で成功する確率が最も高く、2回目以降の放電で成功する可能性は低下する。現場での除細動に反応しない難治性の不整脈症例の傷病者に対しては、搬送先医療機関にて早期の体外循環式心肺蘇生の導入や抗不整脈薬の投与が必要となるため、現在のプロトコールを変更し、現場で実施すべき必要な処置を限定し早期に医療機関へ搬送することが必要となる。
さらに当組合管内には直近の救命救急センターまで1時間半から2時間かかるところもある(図4)ため、すべての事案において搬送途上の除細動を否定することは現実的ではない。そのため地域にあったプロトコールを策定する必要もあると考える。
図4
奈良県広域消防組合の管内図。青色。奈良県の面積の大部分を占める
結論
(1)現場での除細動に反応しない傷病者に対して救急車内で除細動を行ってもROSC率は上昇せず病院到着は遅延する
(2)難治性の不整脈症例の傷病者に対しては現場でできる処置を限定し、早期に医療機関へ搬送するようプロトコールを改定することが必要である
コメント