201026今さら聞けない資機材の使い方(87) 背板機能を持った改良ストレッチャーマット (福山地区消防局水上消防署 中元康博)

 
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基本手技

近代消防 2020/8月号

今さら聞けない資機材の使い方

背板機能を持った改良ストレッチャーマット

中元康博

福山地区消防組合消防局

目次

はじめに

現在、救急車内で胸骨圧迫を実施する際、ストレッチャーマットのみではマットがやわらかいことから、質の高い胸骨圧迫を実現するため「背板」を使用しています。しかし、「背板」の使用には3つの難点があります。

・心停止と判断してから背板を挿入するため、胸骨圧迫開始までに時間を要する。

・挿入時に傷病者を持ち上げる必要があり、大柄な傷病者や隊員が非力な場合は挿入に苦労する。

・傷病者を持ち上げる時にカテーテルやチューブ等が抜けないように注意する必要がある。

これらは全て背板を挿入しなければならないことに起因しています。そこで、ストレッチャーマットに背板の機能を持たせるべく改良を行いました。

材料と方法

(1)材料

001に材料を示します。改良型ストレッチャーマットの重要な役割を担うものは「陰圧ギプス」です。JRC蘇生ガイドライン2015 オンライン版に「CPR(心肺蘇生)中は空気で膨らんだマットレスを常に脱気すべきである。』とあるのを読んだときに、ガイドラインに記されてある「脱気できるマットレス」は「陰圧ギプス」で代用できるのではと考えました。

001

材料。上段左から陰圧ギプス、低反発マット。下段左からストレッチャーカバー、吸引器、固定バンド。

(2)作成方法

ストレッチャーマットの胸部に当たる部分を陰圧ギプスの大きさに合わせて(002)を切り取ります(003)。そこへ、背板の代用として「陰圧ギブス」をストレッチャーマットの胸部に当たる部分にはめ込み、一体化にします(004,005,006)。こうすることでマットの上に敷いても凹凸がなく、平らな状態となる(007)ため、寝転がった際、違和感がありません。それを専用のストレッチャーカバーで覆い、陰圧ギプスのジョイント部分を外へ出(008)し、ゴムバンドでズレないように固定します(009)。以上で完成です(010)。

002

胸にあたる部分で、陰圧ギプスの大きさの見当をつける

 

 

003

その部分を切り取る

 

004

陰圧ギプスを嵌め込む。黄円はジョイント

 

005

裏面。陰圧ギプスを固定したところ

 

006

ジョイント部分の拡大。ここから脱気する。

 

007

陰圧ギプスを嵌め込むことで平らになる

 

008

ストレッチャーカバーを被せ、バンドで固定する。黄円はジョイント

 

009

ジョイント部分の拡大

 

010

完成

(3)使用方法

胸骨圧迫時、陰圧ギプスのジョイント部分に吸引器のチューブを接続し空気を脱気します(011)。これにより背面が硬くなり背板の代替となります。完全に脱気できるまでに約5秒しかかかりません。急病等の一般救急時には「陽圧」でやわらかくします。

 

011

胸骨圧迫時には吸引機を用いてジョイントから脱気する

検証

この改良型ストレッチャーマットが背板と同等の効果を持つのか検証しました。

(1)方法

自動心臓マッサージ器「サンパー」を用いて胸骨圧迫の圧力を一定条件とし、マット部分の条件を変えて、ハートシムにより胸骨圧迫の効果を解析し比較しました(012)。マット部分の条件は以下の3群です。

1)現行型ストレッチャーマットかつ背板使用

2)改良型ストレッチャーマット「陰圧」のみ

3)現行型ストレッチャーマットのみ

 

012

サンパーにより一定の圧力で胸骨圧迫を行い、ハートシムにより胸骨圧迫の深さを測定した

(2)結果

結果を013, 014, 015に示します。これらは胸骨圧迫の深さを示したもので、青線がガイドラインで推奨される深さ、赤線は過剰な深さを表しています。「現行型ストレッチャーマットかつ背板使用」と「改良型ストレッチャーマット「陰圧」のみ」は同等の深さが得られているのに対して、「現行型ストレッチャーマットのみ」では深さが青線に達することはありませんでした。

「改良型ストレッチャーマット」は背板と同程度の効果が得られることが実証できました。

 

013

現行型ストレッチャーマットかつ背板使用

 

014

改良型ストレッチャーマット「陰圧」のみ。013と同じ効果を得た

 

015

現行型ストレッチャーマットのみ。青線に達していない

考察

現行型ストレッチャーマットの場合、心肺停止と判断したのち背板を挿入するため、ただちに胸骨圧迫を開始することは困難でした。しかし、改良型ストレッチャーマットでは、現行の背板挿入にかかっていた時間、つまり、心肺停止と判断してから胸骨圧迫までにかかる時間を短縮し、ただちに胸骨圧迫を開始することができます。さらにこの改良型ストレッチャーマットは、マットと背板の性能を兼備し、傷病者を起こす動作が不要となり、利便性及び安全性も向上します。今後この改良型ストレッチャーマットが普及し、多くの傷病者の命を救い、社会復帰率の向上に寄与することを期待しています。

プロフィール

 

名前:中元康博(なかもとやすひろ)

所属:広島県 福山地区消防組合水上消防署警防第1係

出身地:広島県福山市

消防士拝命年:2008年(平成20年)

救命士合格年:2011年(平成23年)

趣味:漫画読書・Mリーグ観戦

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