210603救急活動事例研究 41 過呼吸症状を主訴とした 非典型的急性心筋梗塞(AMI)症例 (戸田市消防本部 須藤達也)

 
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症例

近代消防 2020/9月号

救急活動事例研究 41 過呼吸症状を主訴とした 非典型的急性心筋梗塞(AMI)症例 (戸田市消防本部 須藤達也)

過呼吸症状を主訴とした非典型的急性心筋梗塞症例

須藤達也

戸田市消防本部

 

目次

プロフィール

氏名:須藤 達也(すどう たつや)

所属:埼玉県戸田市消防本部

出身地:茨城県石岡市

消防士拝命年:平成22年4月

救命士合格年:平成21年4月

趣味:野球

 

はじめに

救急活動において過呼吸症状に伴う出動頻度は多く、その主症状は呼吸困難、テタニー症状など多彩である。典型的な症例では現場活動の中で心電図モニターを装着しない救急隊もいると思われる。本症例もその第一印象から出場した救急隊全員が過換気症候群ではないかと疑った。しかし、現場心電図でST上昇を認めたため急性心筋梗塞(AMI)を疑い直近の循環器対応医療機関に搬送することができた。

本症例を共有し、過呼吸症状を呈する病者を取り扱う際の判断の一助になればと思い報告する。

症例

覚知日時はxx年1月xx日22時10分。「戸田市内のフィットネスクラブの更衣室内で40代の男性がトレーニング後に全身の痺れを訴えている」とので出場した。

傷病者接触時、傷病者は更衣室内で仰臥位(001)。明らかな頻呼吸(002)と助産師の手(003)を認め一見してよく見る過換気症候群の印象であった。既往症はなし。

従業員からの聴取では、傷病者は仕事終わりの21時頃からマシントレーニングをしていた(004)。トレーニング終了後、更衣室内で着替中に症状が出現(005)し救急要請したものである。

初期評価結果を表1に示す。意識レベルは開眼しジャパンコーマスケールでⅠ桁であったが呼吸苦症状が強く会話は困難(006)だった。額に冷汗を確認した。明らかな外傷なく、呼吸音正常。頚静脈怒張や皮下気腫、下腿浮腫等も認めなかった。観察結果を表1に示す。現場心電図ではⅠ誘導にてST上昇を確認した(007,008,009)。

観察結果から、ST上昇型心筋梗塞を疑い、Coronary Care Unit (CCU)を有する直近の 経皮的冠動脈インターベンション(PCI)対応医療機関を選定し搬送を開始した。現場から医療機関までの距離は2分であった。

搬送中、容態変化なく病院収容となった。初診時傷病名は急性心筋梗塞であった。冠動脈6番に100%閉塞を認めたためPCIが施行され、第15病日目に独歩退院した。

 

001

傷病者接触時、傷病者は更衣室内で仰臥位

002

明らかな頻呼吸あり

003

助産師の手を認めた

004

発症前、傷病者は仕事終わりの21時頃からマシントレーニングをしていた

005

トレーニング終了後、更衣室内で着替中に症状が出現した

006

呼吸苦症状が強く会話は困難

 

 

007,008,009(縦に並べて掲示して下さい)

現場心電図。上からI, II, III誘導。I誘導にてST上昇を確認した

 

表1

初期評価結果

考察

本症例ではAMIに典型的な症状の訴えが全くなかった。スウェーデンからの報告では、1996年から2010年までに心臓データベースに登録されたAMI172981例のうち12.7%で胸痛を欠いていた。高齢者、女性、他の疾患の合併が無痛性AMIの発症因子であった。また無痛性AMIは有痛性AMIと比較して短期でも長期でも有意に死亡率が高い。若年発症、初回のAMI発症、心不全・脳梗塞・糖尿病・高血圧の合併があればさらに死亡率が高くなる1)。

本症例では冷汗とST上昇から急性心筋梗塞と判断し事なきを得たが、傷病者背景や梗塞部位によってはピットホールに陥る可能性がある。

010には過去10年、当消防本部で搬送し初診時傷病名が急性心筋梗塞もしくは急性冠症候群と診断された421例を示した。呼吸数に着目し集計したところ、接触時呼吸回数40回を超えたものはわずか2例しかなく、なおかつテタニー症状を伴っていたのは本症例のみであった、このことからも、稀なケースであったと思慮される。

過換気症候群の主病態は低二酸化炭素血症である。低二酸化炭素血症は冠状動脈の攣縮を引き起こし、それにより冠血流低下、冠血管抵抗上昇、心筋への酸素供給低下を引き起こすことがわかっている2)。これにより梗塞への進展や致死性不整脈の出現も考えられることから、過呼吸症状を呈する傷病者には心電図評価が必須と考える。

本症例は、我々救急隊が過呼吸症状を呈する傷病者に対する観察項目として、現場での心電図評価が必要であることを示している。本症例が救急活動の判断の一助になれば幸いである。

 

010

過去10年、当消防本部で搬送し初診時傷病名が急性心筋梗塞もしくは急性冠症候群と診断された421例。呼吸数で分類したもの。接触時呼吸回数40回を超えたものはわずか2例しかない

結論

(1)過呼吸症状を主訴とした非典型的急性心筋梗塞症例を報告した。

(2)呼吸症状を呈する傷病者に対する観察項目として、現場での心電図評価が必要であることを示した。

文献

1)Bjorck L et al: Absence of chest pain and long-term mortalitiy in patients with acute myocardial infarction. Open Heart 2018;5(2), e000909

2)Yasue H,Nakagawa H,Itoh T,et al: Coronary artery spasm-clinicalfeatures,diagnosis,pathogenesis,and treatment.J Cardiol 2008;51:2-17

 

ここがポイント

高齢者の過換気は若年者と異なり、急性心筋梗塞(AMI)の疼痛反応として発症することがある。AMIにおいて過換気症候群が発生するのは、低二酸化炭素血症が心拍出量の低下をもたらすことで心臓の負荷を減らす可能性が報告されている1)。しかし一方で低二酸化炭素血症がAMIの死亡率を高めるという報告2)もなされており、AMIの反応としての過換気症候群の役割ははっきりしない。何れにせよ、高齢者の過換気では重大な疾患を見逃さないことが大切である。

1)Bull Eur Physiopathol Respir 1979;15 (4), 625-38

2)Cron Artery Dis 2006; 17: 409-12

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