プレホスピタル・ケア 2021/06/20 (通巻163号)p4-9
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熱中症が契機となり発症したと思われる急性心筋梗塞の一例
渡邉康之1), 横井政樹2), 松岡宏2), 川上秀生2), 木下晃3), 風谷卓郎3), 川又萌子3)
1)今治市消防本部
2)愛媛県立中央病院
3)愛媛県立今治病院
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プレホスピタル・ケア2021年6月号(東京法令出版)
目次
著者
渡邉 康之(わたなべ やすゆき)
消防司令補
愛媛県今治市出身
昭和56年5月8日生まれ
平成19年4月 消防士拝命
平成27年3月 救急救命士合格
令和2年4月より今治市消防本部西消防署勤務
趣味は陸上競技、家庭菜園
【今治市の紹介】
今治市は愛媛県の北東部に位置し、海峡や島々を渡り、広島県尾道市まで繋がる『瀬戸内しまなみ海道』は「サイクリストの聖地」とも呼ばれ、美しい景観と個性豊かな島々が魅力である。
しまなみ海道
「今治タオル」ブランドに代表されるタオルの製造や造船業では日本一を誇る産業都市であり、2016年4月には、この芸予諸島を中心に戦国時代、瀬戸内海を支配した「村上海賊」のストーリーが日本遺産に認定された。
【今治市消防本部の紹介】
管轄面積は419.14㎢、人口は15万5,422人であり、1消防本部3署5分署で組織され、実職員数は216名、救急救命士が56名(薬剤認定救命士52名、気管挿管認定救命士39名、処置拡大認定救命士48名、ビデオ硬性喉頭鏡認定救命士33名、指導救命士8名)在籍している(令和3年4月1日現在)。
また、令和2年中の救急出動件数は7,521件であり、救急車11台(内予備車2台)、消防救急艇1艇で対応している。
【はじめに】
本症例は、Ⅱ度熱中症(熱疲労)から急性心筋梗塞を発症し、緊急percutaneous coronary intervention(PCI)で社会復帰した事案である。貴重な症例と考え、今後の現場活動の一助となればと思い紹介する。
【症例】
令和2年7月下旬。覚知17時05分。「52歳男性、日中炎天下で作業をして、大型トラックで帰宅途中の路上で気分不良、嘔吐、口渇感を訴えています。」との通報内容であった。
なお、写真1は再現であり、その他の図表は傷病者本人から掲載許可を得ている。
出動途上、通報者へプレアライバルコール(救急車現場到着前電話連絡)を実施し、発生状況から熱中症が強く疑われた。発生機序を表1に示す。
表1 発生機序
救急隊接触時、大型トラックの運転席(写真1)に坐位で意識清明であり、多量の発汗、吐き気、四肢冷汗を認め、橈骨動脈触知不能であった。頭痛、胸痛、背部痛の訴えはなかった。頸静脈の怒張はなく、両下腿に浮腫は認めなかった。
写真1 傷病者(運転席)の同僚により誘導された
車内収容後、熱中症による脱水が疑われたため、心停止前輸液の指示要請を実施後、右橈側皮静脈(22G)に点滴を実施し、滴下速度を全開として搬送した。傷病者本人の普段の血圧は、降圧剤を服用しており収縮期血圧が130mmHgから140mmHgであるが、バイタルサインは血圧が76/54mmHgとショックバイタルであった。ショックの種類と原因疾患を表2、循環血液量減少性ショックの主な原因を表3に示す。モニターⅡ誘導心電図で若干のST低下を認めた(表1、上段)。
図1 心電図波形
接触時、胸痛の訴えはなかったが、搬送途中で胸部不快感の訴えが出現した。しかし、病院到着時まで、モニターⅡ誘導心電図波形には著変を認めなかった(図1、中段及び下段)。車内収容時の体温は、救急車到着までエアコン全開で、頸部、左右腋窩部、左右鼠径部をコールドパックで冷却されていて34.7℃(腋窩測定)であった。病院到着前に再度体温測定すると36.1℃であった。救急活動時系列を表4、時間経過を図2、バイタルサインを表5に示す。体温調節反応と熱中症の病態を図3、熱中症の重症度分類と症状を表6、熱中症の発生時期と人数を図4、熱中症弱者を表7に示す。
表2 ショックの種類と原因疾患。救急救命士標準テキスト改定第10版(へるす出版)を基に作成
表3 循環血液量減少性ショックの主な原因。救急救命士標準テキスト改定第10版(へるす出版)を基に作成
図2 時間経過
図3 体温調節反応と熱中症の病態。提供:京都女子大学 中井誠一先生、中京大学 松本孝朗先生
図4 熱中症の発生時期と人数。2012年。「熱中症診療ガイドライン2015(日本救急医学会)」を基に作成
表4 救急活動時系列
表5 バイタルサイン
表6 熱中症の重症度分類と症状。熱中症診療ガイドライン2015(日本救急医学会)を基に作成
病院到着後の時系列を表8、12誘導心電図を図5に示す。12誘導心電図I、aVL、V1~V5でST上昇、Ⅱ、Ⅲ、aVFでreciprocalなST低下を認めた。血液検査の結果を表10に示す。血液検査では、心筋逸脱酵素のCK及びCK-MBは軽度高値であっが、トロポニンI、AST、LDHの上昇は認めなかった。BUN、Creは高値で、脱水による循環血液量減少により腎前性腎不全(表9)を認めた。LDL-C高値で脂質異常症の状態と考えられた。Naは正常範囲のため、心停止前輸液全開投与の効果が出ている可能性が考えられた。心エコー検査では、前壁の壁運動低下、下大静脈(IVC)の虚脱を認めた。冠動脈造影検査(CAG)では、右冠動脈(RCA)に有意狭窄は認めなかった。左冠動脈主幹部(LMT)、左回旋枝(LCX)に有意狭窄を認めなかったが、左前下行枝近位部(LAD#6)に完全閉塞を認めた(写真2、写真3)。経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を施行(写真4)し、経過は良好である。冠動脈AHA分類を図6に示す。
表6 病院到着後の時系列
表7 熱中症弱者 救急救命士標準テキスト改定第10版(へるす出版)を基に作成
図5 12誘導心電図
表9 急性腎障害の分類と主な原因 救急救命士標準テキスト改定第10版(へるす出版)を基に作成
表10 血液検査の結果
図7 喫煙歴
図6 冠動脈 AHA分類
写真2 LMT狭窄(-) LADに血栓透亮像を認め造影遅延あり
写真3 LCX狭窄(-)
写真4 経皮的冠動脈インターベンションPCI施行
傷病名:急性前壁心筋梗塞
傷病程度:重症
入院加療中、脂質異常症に対してスタチン製剤を導入し、第16病日に退院となった。
【考察】
急性心筋梗塞の発症の機序として既存の動脈硬化病変に脱水による血液粘稠度が上昇し、血栓形成が促進され、その部分へのストレスでプラーク破綻が生じ、血栓閉塞を来すことが考えられる。基礎疾患や年齢、冠危険因子(coronary risk factor)にも影響されるが、熱中症で脱水となれば、心筋梗塞を引き起こしやすいと考えられる。本症例は、左前下行枝近位部の閉塞であったが、左主幹部や左前下行枝起始部、右冠動脈中枢側の冠動脈灌流域であれば、心室細動、心室頻拍といった致死的不整脈にも注意が必要である。
冠危険因子として、高血圧症、脂質異常症、糖尿病、喫煙等があり、特に喫煙は大きな危険因子である。本症例傷病者の喫煙歴を図7、喫煙と心筋梗塞の関係を図8に示す。
また、熱中症や脱水症といった病態であるとの先入観にとらわれず、様々な観察の必要性を改めて感じさせられた症例であった。
図8 喫煙と心筋梗塞の関係。国立研究開発法人 国立がん研究センターHPより引用し一部改変
【結語】
脱水による循環血液量減少性ショック疑いから心停止前輸液を実施して救急搬送した。また、Ⅱ度熱中症から急性心筋梗塞へと進展したと思われる症例を報告した。
◎参考文献◎
1)株式会社へるす出版「改訂第10版 救急救命士標準テキスト」
2)芦田和博:カテーテル検査の種類を教えて下さい! 株式会社医学出版「循環器ナーシング」2014年7月号 9ページ
3)熱中症環境保健マニュアル2018(環境省)提供:京都女子大学 中井誠一氏、中京大学 松本孝朗氏
https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/manual/heatillness_manual_full.pdf
4)国立研究開発法人 国立がん研究センターHP
https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/283.html
5)日本救急医学会「熱中症に関する委員会」熱中症診療ガイドライン2015
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