230413最新救急事情(232)歯が抜けた時に漬ける保存液

 
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最新救急事情

月刊消防 2022/09/01号 p70-1

 

 

歯が抜けそう

歯が抜けた時に漬ける保存液

本の執筆のため、今年の4月にJRC蘇生ガイドライン2020を買った。税込5500円もする。ガイドライン2020についてはガイドライン2015とほとんど変わっていないので大枚叩いて本を書くまでもないと思っていたのだが、単行本を出すとなるとちゃんと原典に当たらなければならない。
以前から、ガイドラインで一番面白いのは応急処置の欄だと思っている。今回はその中で、脱落歯の保存液についてお伝えする。脱臼した歯は適当な保存液に漬け込み、歯科医へ持って行って整復してもらえば高い確率で定着する。この保存液は以前は牛乳が一番のように言われていたが、卵白や唾液でも良いらしい。今回はこの保存液についての研究を中心に報告する。

目次


歯根膜


歯の骨に埋まっている部分は歯根膜と呼ばれる線維性組織で覆われている(001)。この膜が周囲の骨と接着することで歯はその場所に留まっていられる。事故で歯が抜ける時には歯根膜は歯根についたまま抜けるので、素早く同じ場所に埋めれば抜けた歯はそのまま接着する。このように再接着には歯根膜の細胞が生きていることが必要であり、歯が抜けた場合に歯根膜を長期に生かすための保存液が研究されてきた。その保存液の一つが牛乳である。

歯根膜の顕微鏡像。65歳女性


経口補水液、もしくはラップフィルム

 

ガイドラインのファーストエイドの項目には保存液のエビデンス要約が載っている。そしてJRCの見解として「経口補水液、もしくはラップフィルムで脱落歯を一時的に保存することを提案する。それが入手できない場合には、牛乳を使用することを提案する」としている。
経口補水液が良いとした実験では、抜歯した後その歯を30分から60分乾燥させ、その後ハンクス液(実験室で細胞培養に使う代表的な培養液)・経口補水液・牛乳に40分から90分漬けて、その後歯根膜から細胞を分離して生存する細胞数をカウントしている。ハンクス液と経口補水液は細胞が生きている割合は同等で、牛乳はそれらより劣る、としている1,2)。
ラップフィルムというのは野菜などを包む〇〇ラップのことである。〇〇ラップが専用保存液と同等なら専用保存液は買う必要がないだろう。ラップフィルムが良いとした実験では、歯の専用保存液、牛乳、生理食塩水、水道水、ラップフィルムの比較を行っている。その結果、ラップフィルムは包埋後2時間ですでに細胞増殖を認めており、6時間後の細胞増殖も歯の専用保存液と同等の結果を示した。また、牛乳、生理食塩水でも細胞は増殖したが、水道水では細胞の増殖は見られなかったとしている3)。


唾液はどうした

臨床の先生に話を聞くと、抜けた歯は自分の口に入れてそのまま持って行く、それができないなら唾液ドロドロにしたティッシュペーパに包みビニール袋に入れて持って行くと教えられる。ところがこのガイドライン2020の見解では唾液について触れていない。唾液についてはどこにでもあるし、自分のでも他人のでも牛乳より優れているのはエビデンスとしてガイドラインにちゃんと書かれてあるのだから見解として触れて欲しかった。


小児のタニケット

応急処置からあと2つ取り上げたい。一つ目。ガイドライン2015の時には禁止されていた小児のターニケットが認められている。以前のこの連載にも取り上げたのだが、アメリカでは小児でも積極的に使われているのに、日本では小児には使えず、その理由もエビデンスがないからというお役所的なものだった。
ガイドライン2020ではタニケット について「直接圧迫止血法に加えて止血帯止血法を行うことを提案する」。信頼性の高い論文が集まったことから、小児への使用を認めるというのがその理由である。引用されている8つの文献は2015年以前が2編、2015年以降が6編となっている。


外傷性頚椎損傷患者への用手頚椎固定

二つ目。私がJPTECを受講したのは10年以上前で、そこからは随分と変わってきた。頚椎のケガが疑われる場合の用手頚椎固定はガイドライン2015の時代から「十分なエビデンスがないため、推奨も否定もしない」となっている。しかし次のページではJRCの見解として「覚醒している成人の傷病者に対しては、用手固定は必要歳なのかもしれない」と書かれてあって、固定はごく限られた人に行うべき手技となっていることを示している。
外傷患者へのネックカラー装着は今回のガイドラインでも完全に否定されている。バックボードについても見解が欲しいところだが、それについては取り上げられていない。


引用

一般社団法人日本蘇生協議会:JRC蘇生ガイドライン2020,医学書院、東京、2021,pp369-74(脱落歯保存液), 363-4(小児タニケット ), 365-7(頸椎固定)


文献

1)Dent Traumatol 2011 Jun;27(3): 217-20
2)Dent Traumatol 2015 Feb; 31(1):62-6
3)Dent Traumatol 2020 Oct; 36(5):453-76

 

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