近代消防 2022/12/11 (2023/01月号) p82-4
小児の脳梗塞症例
小林靖典*、山口玲**、橋本真理**
*渋川広域消防本部北分署
**群馬大学医学部附属病院脳神経外科
**群馬大学医学部附属病院小児科
著者連絡先
渋川広域消防本部
警防課 救急係 藤 木 雅 様
〒377-0008
群馬県渋川市渋川1815-51
TEL:0279-25-4192(直通)
FAX:0279-20-1203
目次
はじめに
脳梗塞を発症する傷病者はほぼ全例が成人である。今回私たちは小児脳梗塞を経験したので報告する。小児の脳梗塞の発症率は年間10万人に1人であり、脳梗塞の可能性を除外してしまいやすい。なお、写真は再現である。
症例
7歳男児。
既往歴と家族歴に特記すべき事項なし。
x年5月x日。ゴールデンウィークに家族でデイキャンプに行った。14時頃に気分の悪さを訴え、自家用車で約1時間ほど仮眠をとり回復した。夕食を摂り、その後アスレチック等で遊んだ。
18時30分頃、帰宅途中の車内で、左半身のしびれを訴えていたが、後部座席に兄弟で乗っていたためにしびれたのだと思い、そのまま帰宅しました。19時に帰宅後も左半身のしびれを訴え、寝起きのように泣いていたので、自宅まで抱えて連れて行き、寝かせていたが、痺れは改善しなかったため救急要請となった。救急隊接触時の観察結果を表1に示す。シンシナティ病院前脳卒中スケール(CPSS)陽性(001)、倉敷病院前脳卒中スケール(KPSS)で1点であった。
小児救急輪番病院での観察結果を表2に示す。両手を挙上させると左上肢は肩までしか挙上できず(001)、水平の維持も不可能だった(002)。左手の離握手はほとんどできなかった(003)。鼻指鼻試験にて左手の誤差も認められた(004)。CT及びMRI検査で後大脳動脈閉塞による脳梗塞と診断され即日入院となった。この時にはCPSS, KPSSとも症状が消失していた(表3)。
翌日の5月x+1日7時に起床した時には、左半身のしびれ、左手の運動障害については、症状が改善していた。構語障害もなくしっかりと会話可能であり、若干の脱力感は認められたが、自力歩行することができた。5月x+2日には、前日よりも左手の動きはスムーズとなった。小児脳梗塞の原因として血管攣縮が疑われたため、カルシウムブロッカーの投与を受けた。
脳梗塞の原因検索のため5月x+13日に群馬大学医学部附属病院へ転院搬送となった。心電図検査や血管造影CT検査等を行ったが、原因については不明のままであった。5月x+21日に退院となり、その1週間後から学校へ通い始めた。現在は、視野障害が残っているものの、スイミングや陸上教室に通い元気に過ごしている。
001
両手を挙上させると左上肢は肩までしか挙上できない
002
左上肢は水平維持もできず落ちてしまう
003
左手の離握手はほとんどできない
004
鼻指鼻試験にて左手の誤差を認める
考察
本症例では脳梗塞を疑う所見に乏しい上に、小児のために身体の異常を上手く伝えられない、もしくは伝えずに黙っているため、軽症の病状と判断してしまいやすく医療機関の受診の遅れが生じやすいと考える。症状を見ると次の日には上下肢の左右差の運動障害も消失していたため、熱中症等の別の病態と間違いやすい症例であった。
脳梗塞は成人の病気と決めつけず、小児であっても詳細に観察を行い、脳梗塞の所見を見逃さず、小児脳梗塞の可能性があることを念頭に置き活動する必要がある。
ここがポイント
小児の脳梗塞の一例報告である。ほとんどの症状は一過性脳虚血発作であり短時間で消失しているが、視野障害が残ったことから脳梗塞と考えるべきだろう。
小児の脳虚血発作もしくは脳梗塞はカナダからの報告1)では18歳以下の有病率は年間10万人あたり1.72人なのでまれな疾患である。優位症状は新生児では痙攣発作が88%、それ以外の年齢では手足のしびれや麻痺などの巣症状が77%である。この調査が行われた1992年から2008年までの死亡率は5%であったが、現在は凝固療法が進歩したため死亡率は低下してきている。
小児で10万人あたり1.72なら大きな消防なら数年に1例は経験する。著者が述べる通り、小児でも脳梗塞があることを覚えておこう。
文献
1)Pediatr Neurol 2017 Apr;69:58-70
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