240609_救急活動事例研究 76 チェックシートに当てはまらない急性大動脈解離症例〜観察シートの改良を提案する〜 埼玉西部消防局 瀬沼耕一

 
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症例

近代消防 2023/10/11 (2023/11月号) p67-9

 


チェックシートに当てはまらない急性大動脈解離症例

~観察シートの改良を提案する~

埼玉西部消防局

瀬沼耕一

平井隆幸

竹下貴之

目次

1.はじめに

埼玉県では2022年4月1日から埼玉県大動脈緊急治療ネットワーク(Saitama Aortic Emergencies Treatment Network, SAN)の運用が開始された。その目的は、大動脈解離などが疑われる傷病者に対し、SAN観察シートを使用することで、緊急手術が可能な基幹病院や、検査や初療が可能な連携病院へ搬送する判断を可能とすることである。

しかし、私たち救急隊員は大動脈緊急症の非典型例に遭遇することがある。そこで、私が経験した症例を元に、SAN観察シートの改良を提案したい。

2.SAN観察シート

000にSAN観察シートを001示す。

前提条件として、胸痛、背部痛、胸背部痛の有無を確認する。

次に症状として、①突発的発症で、発症時間が明確に特定できるか。②50歳以上で高血圧既往があるか。③冷汗をかいているかを確認する。この症状に全てチェックが入ると、重症度・緊急度チェックに進む。

最後に重症度緊急度として①麻痺症状があるか。②収縮期血圧の左右差が20mmHg以上あるか。③最高血圧が90mmHg以下か、が問われる。1つでもチェックが入れば、スタンフォードA型解離などを疑い、緊急手術などが可能な直近の基幹病院を選定する。また、1つもチェックが入らなくても、直近の基幹病院、または連携病院を選定できるようになっている。

    

001

SAN観察シート

3.症例

47歳女性。店舗内に設置されているトイレで助けを求めていると、店員からの通報である。接触すると、便座下に右側臥位で倒れており、何を尋ねても「左の太腿(ふともも)が痛い」とのみ訴えていた(002)。バイタルサインに切迫した数値はないと判断し、一旦車内収容することにした。その際、不穏状態のような激しい体動の割りには、脈がやや遅いことに違和感を感じた(003)。

本人の訴えでは「腹痛があり力んだ際に左の太ももに激痛が走った。いま思えば胸も痛かったような気がする。」と、胸痛が先行し、後に下肢痛が出現したとのこと。

心電図ではST部分に低下を認め、T波は陰性であった。傷病者に心疾患の既往歴はなく、この心電図と今回のエピソードには因果関係があると考えた。左右上肢での血圧測定では左右差は認めなかった。この間も激しい痛みのため不穏状態だったが頻脈になることはなかった。心音は減弱していた。状況や心電図などから急性大動脈解離および心タンポナーデを併発しているのではないかと考え、大動脈緊急症を考慮し、観察シートを用いることにした。

この傷病者ではシートに一つもチェックが入らなかった。しかし、現場での違和感、救命士の生涯教育などで学んだことを振り返れば、大動脈緊急症を否定することはできず、チェックは入らないものの大腿部痛は「関連痛」と考え、医療機関を選定した。その結果、急性大動脈解離スタンフォードA型と診断され、人工血管置換施行し生存退院している。

002

接触時の状況

狭いトイレ内で不穏のため観察が進まず、最低限のバイタルサインの測定のみで車内収容に移行

003

車内収容時

ストレッチャー曳航時にも左大腿部の激痛のためか不穏で体動が激しい。しかし、橈骨動脈の触知において脈拍数がやや遅いことに違和感を感じた。

004

車内観察中

心電図異常があり心音聴取すると、消失と言っても過言ではないほどに減弱していた(筆者は大動脈解離では心タンポナーデを併発していることを考慮し、Beckの三徴を見逃さないようにしている。)

4.考察

(1)本症例をSAN観察シートに当てはめる

・胸痛が先行していることが判明したが接触時には消失しており、主訴は大腿部痛であった。

・前提条件チェックとして必要な、発症時間、年齢、冷汗については、全てチェックが入らなかった。

・前提条件が全て揃わないと進むことができない重症度緊急度判断についても比較しても該当項目はない。

・心電図では虚血性変化を疑わせる波形が出現していた。

(2)SAN観察シートを改良する

(1)を踏まえての改良を提案する(005)。

・前提条件や重症度緊急度判断というカテゴリーをなくす。

・胸痛、背部痛、胸背部痛を訴える傷病者に、①突発的発症の有無、②血圧の左右差、③低血圧症状、の1つでもチェックがあれば、直近の基幹病院を選定できるようにする。

・1つもチェックが入らない場合でも、今回の症例のように大動脈緊急症を疑う所見が1つでもあれば、基幹病院や連携病院を選定できようにする。

・危険因子を予め記しておく。これは大動脈緊急症を疑うための判断材料となる。

大動脈緊急症を見逃さずに適切に搬送するためには、埼玉県との連携による救急隊員の意見を取り入れた観察シートの発展と、救急隊員自身の観察能力の向上が不可欠である。

005

提案する改良型SAN観察シート

5..結論

(1)大動脈緊急症の典型ではない症例を報告し、これがSAN観察シートでは捉えられないことを示した。

(2)SAN観察シートの改良を提案した。

ここがポイント

本症例は女性だったが、急性大動脈症候群(急性大動脈解離・血管壁内血腫・貫通型大動脈潰瘍など)は男性の方が女性より発生頻度が高い(私の身の回りで大動脈解離を起こしたのは全員が男性である)。これは動脈硬化の程度が男性の方が強いことが関係している。女性では有病率が年齢とともに急激に上昇する。男性に比べ女性では症状発現から受診までの時間、および受診から診断までの時間が長くなる。さらにA型解離は男性に比べて保存的な治療が多く、これが早期死亡率や合併症を押し上げている。

文献

Curr Opin Cardiol 2023 Mar 1; 38(2):75-81

プロフィール
氏名
瀬沼耕一
せぬまこういち
(45歳)
所属
埼玉西部消防局入間消防署藤沢分署
出身地
埼玉県所沢市
消防士拝命
平成11年4月
救命士合格
平成23年3月(救急救命東京研修所:第38期)
趣味
ロードバイク(育児のため休止中)
親子マラソン
映画鑑賞
症例
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