200804救急活動事例研究(38)車椅子を活用した傷病者搬送(松江市消防本部 満田一樹)

 
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救急の周辺

近代消防 2020年6月号 p88-91

車椅子を活用した傷病者搬送

満田一樹

松江市消防本部

目次

1.松江市消防本部についての紹介

【水の都】と称される松江には、汽水湖の宍道湖(001)や国宝松江城を囲む堀川(002)、そして日本海もある。当消防本部は、島根県の東部に位置し(003)、管内人口は約20万人で、松江市全域を管轄している。2署、3分署、3出張所で、救急車両13台を運用している。なお、今回の発表の中で車椅子を活用した搬送を実施している署所については、朱書きの3署所となる(004)。救急出動件数と人口の推移を005に示した。

001

宍道湖

 

002

国宝松江城を囲む堀川

 

003

当消防本部の位置

 

004

松江市消防本部 管内図。朱書きは車椅子搬送を行なっている署所

 

005

松江市の救急出動件数と人口の推移

2.車椅子を活用した傷病者搬送

傷病者搬送に車椅子を活用することで、救急隊員の疲労が軽減され傷病者の安全も向上できることを紹介する。

(1)背景

救急現場で、ストレッチャーを傷病者の直近まで持ち込めない現場では、ターポリン素材などで作られた簡易担架を使用しての徒手搬送を余儀なくされる。しかしこの方法では救急隊員に肉体的疲労がかかり、傷病者には、窮屈な姿勢での搬送を強いることとなる。また、屋外でストレッチャーを曳航する際は、路面の傾斜や、小さな凹凸や段差でストレッチャーのバランスが崩れる。これらの問題は、搬送に車椅子を使用することで改善される。

(2)車椅子使用エリア

車椅子を使用している3署所は、エレベーターを有するホテルや旅館、大規模商業施設といった高層建物が、管内の約9割集まっているエリアとなる。このエリアは人口も多く抱えている(006)。

006

車椅子使用エリア。管内の高層建物の9割がこのエリアに存在する。

(3)車椅子の使用条件

傷病者を安全に搬送することを第一に考え、表1の条件を全て満たす傷病者を搬送する際に車椅子を用いることにした。

—————————–

表1

車椅子使用条件

・意識が保たれている

・症状の急変のする可能性が低い

・自身で座位の状態が維持できる

・座位の状態が症状を悪化させない

——————————

(4)隊員の研修と訓練

車椅子を使用する救急隊については、車椅子の取り扱いについての資料を作成(007)し、事前学習や事前訓練(008,009)を行った後に現場使用を行っている。

 

007

取り扱い資料の一部

 

008

坂道を押す訓練

 

009

段差を乗り越える訓練

(5)車椅子の選択

車椅子は用途により形状に違いがある。消防本部で最初に現場で使用を始めたものは「自走型」(010)と呼ばれる車椅子であった。市中で最も目にするのがこのタイプの車椅子である。しかし、動力を伝えるハンドリムの存在と後輪の大きさにより、折りたたんでも車内に収めるスペースがなく、常時積載ができない。当初は持ち出しや回収を応援隊に行わせていたが、自隊のみで活動完結を考えた中で「介助型」車椅子(011)へ変更した。

「自走型」と「介助型」の車椅子を救急車内へ収納した状態を示す。「自走型」の積載は、患者室を狭隘にしていた(012)が、「介助式」は、本来自動心臓マッサージ機を収める目的で艤装されていたスペースに車椅子を収める(013)ことができ、自隊での活動完結が可能となった。この艤装については当消防本部の救急車両の統一した艤装であり、車椅子を利用する2署1出張所については、管轄エリアに医療機関が充足されていることから、自動心臓マッサージ機は積載しておらず、そのスペースを有効に利用したものである。

 

010

自走型車椅子と介助型車椅子での後輪の大きさの違い

011

自走型車椅子と介助型車椅子での上から見た幅の違い

 

012

「自走型」車椅子の積載は、患者室を狭隘にしていた

 

013

「介助式」車椅子は、本来自動心臓マッサージ機を収めるためのスペースにを収めることが可能

(6)車椅子搬送の効果

エレベーターを使用する場面では、3人で行っていた搬送が1人の隊員でも実施可能となった(014)ことで、肉体的な疲労を感じなくなった。

また、1名ないしは2名の隊員で安全な搬送が実施できることから、他の隊員が病院手配の実施や、関係者からの聴取などに人員を置けることにより活動時間の短縮効果も期待できる。

傷病者からは「進行方向を自分で確認できる安心感がある」「通常の搬送に比べて、圧迫感や威圧感がなくてよい」などの意見が聞かれている。

このほか、車椅子を活用する中で、私たちが予想していた以上に使用に適している状況や現場も経験した。階段移動では、車椅子自体に持ち手となる場所が多く設計されているため、車椅子自体の重さを気にすることなく、また傷病者の姿勢を変えることなく搬送が可能である(015)。このことは階段と平行移動を繰り返すような駅のホームなどで有利となる。また、傾斜や段差、未舗装の路面では、前輪のキャスターを浮かせることで、安定した走行が可能(016)である。

 

014

隊員一人で搬送可能。空いた隊員は他の業務を行う

 

015

車椅子は持ち手となる場所が多い。車椅子自体の重さを気にすることなく、また傷病者の姿勢を変えることなく搬送が可能

 

016

傾斜や段差、未舗装の路面では前輪のキャスターを浮かせることで、安定した走行が可能

(7)ターポリン性担架との併用

車椅子の運用を開始して5年が経過するなかで、使用途中の容態悪化や、搬送途上の傷病者からの苦言を受けることなく運用を実施できているが、さらに適応範囲を広げていくためには、安全性の向上と、感染防止に対する対応が必要である。

現在は、車椅子を使用する際には必ずターポリン性担架を合わせて使用することで、簡易的ではあるが安全ベルト(017)の役割と、素材が耐水性であることから車椅子の座面の汚染防止を果たしている。また、この併用によりストレッチャーへの移動もスムーズに行うことができる(018)。

 

017

ターポリン性担架に安全ベルトの役割を持たせる

 

018

ターポリン性担架のみを垂直に引き上げることでストレッチャーへの移動もスムーズに行うことができる

(8)最後に

現在車椅子の適応としている項目を満たすものの大半を占めるのは軽症症例であることからも、救急出動の多くの割合を占める軽症症例において車椅子を活用することで、傷病者の安全の確保と、救急隊員の労務の軽減がなされていることは、救急業務全般を見たときに、大きな功績を果たしていると考えている。

バリアフリー化が進む現在の社会構造を考えると、車椅子の活用できる現場は今後も増えていく。現在使用している市販の車椅子で、これほどの成果を感じていることからも、救急隊の活動に特化した車椅子の考案や、車椅子に座った状態で車内収容可能な、救急車両の艤装の提案を行っていくことで、安全性や労務軽減につながるものと考える。

プロフィール

氏名

満田一樹(ミツタカズキ)

所属

松江市南消防署 湖南出張所

出身地

島根県 松江市

消防士拝命年

平成4年4月

救命士合格年

平成12年

趣味

野球

ここがポイント

車椅子を利用した患者搬送は病院では普通に行われているが、救急隊が現場に車椅子を持ち込んで使っているとは私は初めて聞いた。Pubmedで救急現場での車椅子使用を探しても見つからなかったことから、世界的に見ても珍しい試みなのだろう。

筆者は2種類の車椅子を比較して介助式車椅子がコンパクトで現場持ち込みに適していることと、階段などの障害物にも有利であると述べている。車椅子使用に伴う事故で最も多いのは椅子から滑り落ちることで、次は車椅子ごと転倒することである1)。松江市では前者はターポリンの安全ベルトを使用することで、後者は救急隊員の搬送訓練で対応している。使用場所については床や地面が平坦な都市部に限られるが、この搬送方法が広がれば、今よりもっと軽く小回りの効く車椅子が開発されるはずである。都市部の救急隊は導入を考えてはいかがだろうか。

1)Inj Prev 2006;12:8-11

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