近代消防2021/8,9,10月号
救急現場ノートの作り方
目次
著者紹介
【名前】
木村 剛(きむら たかし)
【所属】
蕨市消防本部総務課警防係
【出身地】
東京都板橋区
【消防士拝命年】
平成17年
【救命士合格年】
平成24年
【趣味】
ボート釣り、キャンプ、スーパーカブ旅
記事に寄せて
玉川進
旭川医療センター病理診断科
私が医者になった時に、先輩から経験した症例を全て記録しておくようにいわれました。当時は麻酔科だったので、自分が書いた麻酔経過表に、難しかったことや発見したことを書き加えて取っておくのです。ですが無精な私は半年くらいで書かなくなってしまいました。その後病理に転科したときには、ノートを作る代わりに教科書に所見や染色方法を書くようになりました。この教科書は専門医試験を経て現在でも役に立っています。
さて、今回は「救急現場ノートの作り方」をお届けします。ポイントは、自分のためだけではなく、救急隊、ひいては地域住民のためになることです。今は一番下っ端でも、いつか必ず隊長となり、皆を引っ張っていくようになります。その時に役立つのが救急現場ノートです。もっとも最初からそんな大それたことを考えていては続きません。この記事を読んで、「将来役に立つこともあるかな」といった軽い気持ちで作ってみましょう。いつか必ず役立つ時が来ます。
近代消防
救急現場ノートの作り方 ~作成のススメ~
【はじめに】
救急現場で得た経験を自分の知識として定着させるにはどうすれば良いか?その答えは『救急現場ノート』にあります。初めまして、蕨市消防本部の木村と申します。この度はご縁がありまして、救急隊員時代に書いていた救急現場ノートの作成方法についてお伝えします。また、ノートの活用方法も併せて書かせていただきました。これから救急救命士としてスタートを切る人へ特にお勧めです。
いつどんな事案でもベストな判断を求められる―救急救命士の責務ですが、容易なことではありません。現場で経験を積んだとしても多くの人は、何も工夫をしなければやがて忘れてしまいます。記憶の定着の仕方は人それぞれですが、私はノートにその時の活動を書き留める作業を行いました。そして、ノートを見返すことで常に自分の判断の一助にしていました。常にベストな判断をするにはどうすれば良いか?その答えは救急現場ノートの作成にあります。ここでは実際のノートを解説していきたいと思います。まずはルーズリーフとファイルを用意してください。その理由は後述します。
(001:手書きノート・PC版ノート鑑)
(002:ファイル)
【救急現場観察ノート】
~ノート全体~
(003:ノート全体)
(004:ノート全体)
(005:ノート全体)
ノートの構成
1 タイトルと概要
2 事故概要及び主訴・状況
3 観察・処置・判断
4 時間経過
5 医療機関での処置・判断
6 考察及び反省
+α 心電図などの必要な資料
ルーズリーフの最上段にタイトルを書きます。タイトルは主な病態や診断名を参考に記載します。次に覚知日時と搬送先医療機関・科目、初診時傷病名・程度と続きます。ノートが全て書き終わりましたら、このタイトルごとにファイリングをしていきます。タイトルと概要から先は、救急現場の流れをイメージして下さい。それでは、各パートを見ていきましょう。
~発生状況~
(006:発生状況)
ここがポイント!
✓救急活動記録表の記載と同じ、明瞭かつ簡潔に記載する
✓症例にとって重要なキーワードを意識する
✓時間経過とともに書く
書くことで得られるメリット
1 効率の良い問診の実現、問診のスキルアップ
2 プレゼン能力の向上
ここでは発症のエピソード、119番通報に至った経緯や傷病者背景が解るように書きます。家族構成や既往歴、主訴などを簡潔に記載します。概要なので、ここを読めば大まかな全体像が解るように書きます。また、症例には重要なキーワードがあります。例えば脳梗塞疑いの症例では、最終未発症時刻が重要なキーワードとなり、収容依頼をする際にも重要なものとなります。
発生状況の記載のコツは、キーワードを意識して必要な情報から順に相手に解り易く伝える文章を意識することです。普段から事故概要や発生状況を整理してまとめて記載することで、効率良くかつ聞き逃しが少ない情報収集となり、問診のスキルアップに繋がります。要点をまとめて書ける=病院選定時の収容依頼の際に伝えるべき重要な事項から簡潔に伝えることができますので、プレゼン能力の向上が図れます。
~観察及び処置・判断~
(007:観察及び処置・判断)
ここがポイント!
✓バイタルサインを記載する
✓全身図を用いて視覚で見やすい工夫をする
✓判断した際の基準を要点のみ簡潔に記載する
書くことで得られるメリット
1 観察の精度向上
2 系統立てた病態推論の実現
状況評価、初期評価、バイタルサインを記載します。また、全身図に観察所見を書き込むことで、視覚的に情報を得ることができます。実際の救急現場での観察用紙でも活用すると、所見の把握に役立ちます。ここでは自分が判断に至った点や感じたことを記載することがポイントで、ここが肝となる部分です。病院前救護ならではの視点で書かれたものは書店ではあまり見かけません。私たちの視点で感じたこと、判断したポイントを要点のみ簡潔に記載することが重要です。例えばショックと判断したとします。身体所見やバイタルサインで、どの部分からショックと判断したのかを具体的に書きます。
観察及び処置・判断を記載することで、系統立てて病態推論をすることができ、収容先医療機関の早期決定に繋がります。傷病者にとって最も必要な医療を提供するにはどの医療機関への搬送が必要であるのか、必要な選定科目は何かを早期に決断することができます。また、病院選定の収容依頼時には、重要な観察所見から順序良く伝えられるようになります。
~時間経過~
(008:時間経過)
ここがポイント!
✓時間軸で考える
✓活動全体の流れを把握できる
✓時間の羅列ではなく、視覚で考える
~時間を要した部分が一目瞭然~
✓時間経過とバイタルサイン・救急活動をリンクさせる
書くことで得られるメリット
1 効率の良い救急活動の実現
2 現場滞在時間の短縮
入電から医師引継ぎまでの経過を一本の時間軸 (→ 印)として考えると、これまでの行動について、全体像として把握することができます。どの時点で処置を実施したか、支援隊との連携、収容先医療機関の選定状況を分単位で記載することで時間経過が視覚的に解るようになり、活動全体の流れを把握することができます。事後検証する際には時間軸で振り返り、時間を要した原因を分析します。削減できる時間を見つけ出すことは、現場滞在時間の短縮に繋がります。
私が救急現場ノート作成の上で最も伝えたいのはこの部分です。現場滞在時間の短縮が課題となっておりますが、まずは発想を変えてみましょう。目で確認します。
症例検討会のパワーポイントで見かける時間経過は、入電から医師引継ぎまでの時間が数字のみを羅列しているスライドが多いかと思います。これでは時間のかかった部分や救急活動全体が見えません。
(資料1:時間経過の比較)
ここで時間経過の記載について詳しく見ていきましょう。時間軸の矢印より下の部分は、救急活動の一連の流れを示しました。車内収容のタイミング、救命処置をどのタイミングで実施したかが一目瞭然です。数字の羅列とは違い、1分ごとの時間軸で表すと時間経過の長短がはっきりと解ります。視覚という感覚で捉えることにより、時間経過を一目で把握することができます。
矢印より上の部分は、医療機関との連携について記載します。例えばドクターヘリ要請のタイミングや収容依頼開始のタイミングを記載します。また、傷病者のバイタルサイン及び心電図の変化を※印として記載します。
ここで重要なポイントは、傷病者のバイタルサインの変化と救命処置のタイミングとリンクさせることです。適切な時期に適切な救命処置が実施できたかを確認することができます。心停止目前の救急現場では分単位で状況が変わります。1分という時間を大切にすることが重要であり、時間の感覚を身に着けるために、『時間軸で考える!』ことをお勧めします。
このように矢印の上下で分けて整理をして、救急活動全体を把握します。判断や連携のタイミング、時間を要した部分を捉えることで救急活動の効率化を図り、現場滞在時間の短縮が実現できるものと考えます。
~医療機関での処置・判断~
(009:医療機関での処置・判断)
ここがポイント!
✓初診時傷病名と程度
✓初療室で行われた処置
✓検査結果や医師のアドバイス
書くことで得られるメリット
1 病態推論の答え合わせができ、観察の精度が上がる
2 必要な検査・治療を知ることができる
初診時傷病名と程度を記載します。また、初療室での検査項目や今後の治療について、解る範囲で記載します。この作業は、私たちが傷病者へ最も適切な医療を提供できたかという視点で考えます。適切な医療機関選定がなされたか、救急隊として適切な医療の提供をすることができたか?最初の答え合わせとなります。また、画像検査や血液ガス検査等の結果を拝見することができたなら、医師の承諾を得てから書き留めておきます。例えばCPA事案での血液ガス検査では、pHやPaCO2、PaO2をはじめ検査数値を確認します。自分の実施した気道管理と胸骨圧迫が適切であったかの自己評価になります。
~考察及び反省~
(010:考察及び反省)
ここがポイント!
✓症例で改善すべき点からタイトルをつけて書く
✓病態についてまとめる、絵を書いて印象付ける
書くことで得られるメリット
1 同じ失敗を繰り返さない
2 後輩の指導に役立つ
どんなに上手くいった活動でも改善点や明日に繋げるべき点はあると思います。そんな点を重要事項からタイトルをつけて記載します。搬送時に得られた医師の助言や症例検討会等で医師からアドバイスを頂いたことを書きます。医師からの助言を書き留めることで、後輩への指導の際に、医学的根拠の観点から説得力を持たせることができます。また、医学的根拠の裏付けとして、各種のガイドラインや教科書、資料等を用いて、この判断が正しいのかの整合性を取ります。
CT検査や解剖について絵を描くことをお勧めします。下手でもいいのです。視覚的に覚えることができ、医学的知識の定着に繋がります。
救急隊で問題点を出し合った事項や支援隊の意見等も考察して記載すると明日の救急活動に繋がり、連携強化となります。
(011:手書きの絵)
【ノート作成の5つのコツ】
最重要ポイント!
1 鉄は熱いうちに打て
―すぐに活動の振り返り、感じた点を話し合うこと―
2 初めは箇条書きでも構わない
3 自分と素直に向き合うこと
―恥も後の財産に!―
4 自分で調べる、自分の言葉にすること
5 病態別に整理し、いつでも読み返せるようにすること
(資料2:ロッカー)
救急現場活動ノート作成の最大のポイントは、すぐに救急活動を振り返ることです。救急隊の中で意見を出し合える信頼関係も重要です。そして、継続して作成することです。文章を書くのが苦手な方もいるかと思います。まずは箇条書きでも構いません。そこから始めると、数をこなすうちに段々と記載する内容が濃くなります。まずは継続してノートを取る習慣をつけることです。ノートを取る事案は、すべての事案ではなくて良いのです。緊急度・重症度の高い事案や特殊事案だけで構いません。当消防本部の一日平均出動件数は約10件で、私の経験上では一日に多くても2件でした。これなら不可能な数ではありません。
次のポイントは、自分と向き合って素直に改善すべき点や良かった点を記載することです。論文ではありません。自分のノートなので自由に感じたことを記載します。失敗したことは今後に生きる課題となり、恥も後の財産になります。
医学的な根拠は自分で調べて、自分の言葉でまとめてからノートに書き込みます。考えをまとめて書くという作業をしていますので、自分の言葉は自然と記憶に残ると思います。
そして病態別 ・ジャンル別にファイリングし、ノートを見返せば良いのです。例えば、内因性疾患のファイルで、脳血管障害―くも膜下出血というようにファイリングをします。新たに経験した事案と前回の事案を比較したり、失敗した点や注意すべき点を読み返すことでより一層記憶の定着ができます。この繰り返しで、現場で過去の経験が生かされるものだと考えます。
(012:ファイル)
(013:見出し)
【救急現場観察ノート活用方法】
~自分自身の成長のために~
✓過去の事案を振り返り、知識・経験のアップデートを行う
✓学習の5段階―伝える力を身に着ける―
救急現場ノートを書くことで、いつ類似した事案に出動しても判断に迷うことは少なくなります。過去に遭遇した事案と似ている救急現場に出動した後、過去のノートを見返します。その都度過去の経験を再認識し、知識の定着が図られますので、現場で類似した事案に遭遇した場合の迅速な判断に役立ちます。また、ノートを見返すと当時の自分の考えが記載されており、当時の未熟であった考察が書かれていることがあります。当時は隊員で出動していたものが、今では隊長として出動しているので、考え方や視点が違っています。記載した当時とは、各種のガイドラインやプロトコール改定もありますので、アップデートが必要です。また、搬送後の治療や経過を知ることは非常に大切ですので病院実習の際に予後調査をしたときにも書き込みます。ノートに書き足して行く作業が重要となりますので、ルーズリーフとファイルが必要となります。
(014:上書き)
自分自身の成長として、伝える力を身に着けるということも必要な要素です。救急現場ノートは救急隊員育成の際にも有効です。学習の5段階という言葉を良く耳にしますが、意識しないで人に教えることのできるレベル(学習の5段階のレベル5)に達することはとても難しいです。後輩にこれまでの経験を教える際にもこのノートを活用します。ノートを見返すと当時の自分はどの点に判断の迷いが生じたかが記載されているため、後輩の指導にも役立ちます。疑問に感じた部分を後輩に尋ねてみると、疑問に思うポイントがほぼ同じであることを知りました。そうしたポイントを押さえることで、判断に迷いが生じた点や疑問点に対して的確に教えることができます。また、その際に心掛けていることがあります。疑問に対する答えを教えるのではなく、ヒントを与えて本人に調べてもらい、考えさせる指導をしています。救急現場ノートに通じることですが、自分で調べたこと知識は自分の財産となるからです。ノートを活用しての救急隊員育成は、実体験をもとに伝えられるので説得力も生まれます。日々の積み重ねたノートが役立ちます。
『自分自身の成長のために』という項目に書かせていただきましたが、人に教えることで更なる知識・経験の定着に繋がります。隊長として後輩育成に携わる救急救命士の成長には、指導経験が重要であると思います。
~救急隊員育成のために~
✓机上訓練の題材
✓シミュレーション訓練のシナリオ
✓事後検証体制の基礎
救急現場ノートを自分自身のためでなく、救急隊員育成にも活用できます。手書きノートから題材になる事案を選出し、ExcelやWordで作成した『PC版ノート』を活用し、机上訓練やシミュレーション訓練のシナリオに使用します。
机上訓練とは、シミュレーション訓練の机上版であり、ディスカション方式で行う訓練です。受講者を囲むように机を配置し、ファシリテータが入電から始まる一連の救急症例を提示し、受講者から考えを聴いていく訓練をします。
(015 机上訓練)
(016:机上訓練の風景)
始めに用意するのは普段使用している観察用紙とペンのみです。医師引継ぎまで終了した後にPC版ノートを配布します。総括として、その事案で最も伝えたいポイントを提示します。そして最後に机上訓練で提示したポイントについて各自で調べるように伝え、課題を示して終了とします。
(資料3:PC版ノート)
シミュレーション訓練のシナリオでは、ノートの事案を基に作成します。実例なのでリアルな救急現場を再現することができます。訓練での評価項目は、ノートに記載された考察及び反省に当たる部分とします。シナリオの中で評価すべき『主眼』を明確にすることによって、印象強く効果的なシミュレーション訓練となり、今後の救急活動に活かされるものと考えます。
令和2年から事後検証体制を再構築しました。その際の基礎となったのも救急現場ノートです。救急活動事後検証は、出動した活動隊(支援隊を含む。)の検証『活動隊検証』から始まり、一次検証→二次検証→三次検証へと進みます。各検証が終了した場合に検証票を作成しますが、救急現場ノートの考察及び反省の部分を記載する構成となっております。単に決められたチェックリスト項目に沿って検証するだけでなく、隊活動の中で自分たちの活動を振り返り、反省点や改善点、良かった点を抽出します。事案を振り返る習慣作りの体制として構築しました。コンセプトは『考える救急隊員』の育成であり、日々の救急活動を通じて、救急隊員の育成と連携強化を図ることを目的とします。検証終了後は、救急隊全体にフィードバックし、共有できるシステムを構築しました。
(資料4:フローチャート事後検証)
(資料5:活動隊検証票)
救急現場ノートの活用についてお伝えしてきました。これらはすべて普段から取り貯めているノートが基礎となっており、指導的立場の救急救命士となった現在では貴重な財産となっています。
【終わりに】
いつどんな事案でもベストな判断を求められる―救急救命士の責務ですが、正確な判断を導き出す工夫として、救急現場ノートがあります。また、救急救命士がプロフェッショナルとして、知識・技術を伝承する手段としても重要な役割を果たします。この現場ノートは救急現場だけでなく、火災現場や救助現場にも有効です。これからを背負って消防を牽引される若手職員に、災害現場を経験したことや改善点をとりまとめる現場ノートづくりをお勧めします。これから救急救命士としてスタートする方々へ特にお勧めです。このノート作りがお役に立てれば幸いです。
今回、ご縁がありまして自由に原稿を書かせていただきました。この機会を与えてくださいました玉川進先生(旭川医療センター)に感謝を申し上げます。実際にここで紹介させていただいた救急現場ノートをもとにして、第29回全国救急隊員シンポジウム・救急活動 3(内因性)で発表させていただきました。また近代消防2021年11月号にも掲載させていただきましたのでご覧いただけたら幸いです。ありがとうございました。
【蕨市消防本部の紹介】
埼玉県南部に位置する蕨市は、日本一面積が小さく、かつ、人口密度の高い市です。
87名の消防職員がこの街を守っています!(令和3年4月1日現在)
(資料6:蕨市紹介)
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