月刊消防2021/11/01, 2021/12/1
確保と引き込み
高槻市消防本部 坂上紀之
目次
著者
氏名:坂上 紀之(さかうえ のりゆき)
所属:高槻市消防本部中消防署警備第二課救急救助係
拝命:平成17年4月
出身地:神戸市
趣味:釣り、キャンプ
1 はじめに
(1) 高槻市の位置
本市は大阪府の北東部、大阪市と京都市のほぼ中間に位置し、南東及び南側は淀川をはさんで枚方市及び寝屋川市、北東は島本町、北側は京都府亀岡市及び京都市西京区、西側は茨木市及び摂津市に隣接している中核市です。
(2) 市勢
本市の面積は105.29㎢で、大阪府全体の5.5%を占めています。東西に10.4km、南北に22.7kmと南北に長く、北部は北摂連山に入り込み、南部は淀川に面しており、最高の海抜はポンポン山の678.7m、最低の海抜は淀川河川敷の3.3mと北高南低の地形となっています。
(3) 消防本部の概要
本市消防本部は昭和23年10月1日に高槻市単独の消防本部として発足以来、その施設及び人員を増強し現在は1本部2署4分署3出張所1救急ステーション、職員数は336人で、救助隊については中消防署に高度救助隊、北消防署に特別救助隊を配置し、管内35万819人(令和3年3月末時点)の市民に対する「安全・安心」の提供に努めています。
2 確保について
救助隊員の行う救助活動は、災害現場はもとより訓練においても消防救助操法の基準に基づき遂行されているところであります。今回は、その中でも基本的かつ最も重要であり、そして実施する個人の力量等によって大きく左右されがちな確保を題材とさせていただきます。
確保とは、高所等において隊員や要救助者の安全を確実に保つためのものであり、自己確保と他者の確保がありますが、より信頼が重要となる他者の確保について述べさせていただきます。
消防活動の基本で、救助操法でも使用されていることもあり、消防職員であれば誰しも一度は確保を行ったことがあると思います。しかし、支点・支持点の崩壊や救出ロープの破断、解絡等により、隊員や要救助者が落下した場合に確実に止めることができる「正しい確保」が出来ている隊員や、不適切な確保がもたらすあらゆる危険性を理解している隊員がどれだけいるでしょうか。
若手隊員の中には正しい姿勢や正しい要領が身に付いていない隊員もいるかもしれません。また、ベテラン隊員の中には確保への慣れから、確保姿勢が整う前に「確保よし」と呼称してしまう隊員がいるかもしれません。
基本的な技術ではあるものの、隊員や要救助者の命を直接預かる重要な技術として、確保について少しでも認識が深まれば幸いです。
(1)確保の種類(図1)
ア 身体による確保
確保ロープを直接身体にかけて操作する方法で、「肩確保」と「腰確保」に分けられる。
イ 地物利用による確保
地物及び地物に設定したカラビナ等によって確保ロープの方向を変えることにより摩擦力を増やす方法。
(2)確保時の注意点
ア 高所(2m以上)や足場が不安定など転落危険がある場所では自己確保ロープを設定する。
イ 転落危険方向に背を向けない。(地物等による確保の場合等は一部除く)
ウ ロープの摩擦によるやけどを防止するため、襟を立て首を保護する。
エ 荷重がかかる側のロープは弛むことのないようにする。
オ 地物を利用する場合は十分な強度があるものを選定する。
※ 確保用支持点は動的荷重が掛かる可能性があるため、より強固な地物を選定する必要がある。
(3)確保要領
ア 肩確保
(ア)確保姿勢(写真1)
写真1
肩確保の基本姿勢
(イ)引き上げ時のロープ操作(写真2~6:wordファイルに説明あり)
※ 咄嗟の確保に対応できるよう常に2本のロープを握っておくこと(腰確保も共通)。
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(ウ)降下時のロープ操作(写真7~10:wordファイルに説明あり)
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イ 腰確保(立ち確保)
(ア)確保姿勢(写真11)
写真11
腰立ち確保の基本姿勢
(イ)引き上げ時のロープ操作(写真12~15:wordファイルに説明あり)
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(ウ)降下時のロープ操作(写真16~19:wordファイルに説明あり)
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ウ 腰確保(座り確保)
(ア)確保姿勢(写真20)
写真20
腰座り確保の基本姿勢
(イ)引き上げ時のロープ操作(写真21~24:wordファイルに説明あり)
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(ウ)降下時のロープ操作(写真25~28:wordファイルに説明あり)
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エ 地物利用による確保
(ア)単管で確保ロープを折り返す方法(写真29)
写真29
単管で確保ロープを折り返す確保
※ 単管径や巻き付け面・回数によっても摩擦力が変化する
※ 接地面が半周と3/4周でも変化がある
(イ)単管に設定したカラビナで確保ロープを折り返す方法(写真30)
※ 隊員や要救助者を降下させるだけであればムンターンヒッチ(イタリアンヒッチ)の方が制動力が強くより確実ではあるが、ロープ同士で摩擦力を発生させているため特に三つ打ちロープの場合はロープの撚れやねじれ、摩耗が出来やすいので注意が必要(写真31)
(4)身体確保の限界について
ここまで確保の種類や要領について説明をしてきました。中でも身体確保は救助操法等でも使用することから、身近で簡単にできるものだという誤った認識をしてしまいがちですが、身体確保には限界があり、「気合と根性」だけで止めることが出来るものではありません。以前、国際緊急援助隊の訓練の中で、要救助者救出時の確保を肩確保で対応していたところ、それでは決して安全策とはならず、必ず安全にロープを止める策が必要であるということで、ムンターンヒッチに切り替えて対応したということがありました。
さらに、欧米では万が一の場合でも器具によって確実に落下を止めることができる編み構造ロープ(カーンマントルロープ)及びそれに関連する器具を使用した活動が主流となっており、近年、国内においても導入している消防本部も多いのではないでしょうか。
しかし、火災等の一刻を争う緊急時では身体確保に頼らなければならない場面も必ず発生します。そういった場面でも、身体確保をより安全で確実なものとするために身体確保の限界を知っておく必要があると考えます。
そこで、身体確保の限界を知るため次のとおり検証を行い、結果は表1のとおりとなりました。
表1 検証結果
実施想定:低所から要救助者(体重70kg)をロープにて救出中、救出ロープが破断し一気に確保ロープに荷重が移行した。
実施方法:救出ロープとは別系統の確保ロープ(シングル)を確保員(体重80kg)が引き上げに合わせて確保し、「確保よし」の呼称後、一気に確保ロープに荷重移行させる。
※要救助者は70kgの訓練用人形を使用し、転落防止柵のある場所で確保員に自己確保ロープを設定し十分な安全対策を講じた上で実施しました。
結果:各条件における確保員の状態及び要救助者の落下距離は表1のとおりです。
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(5)応用的な確保方法
火災現場でロープを確保する場合、肩確保や腰確保では空気呼吸器にロープが干渉するため、一旦空気呼吸器を降ろす必要があります。地上の安全な場所での確保であれば空気呼吸器を降ろしての確保が可能ですが、濃煙が噴き出すベランダ内での救出活動時等、空気呼吸器を降ろすことができない状況も想定されます。しかし、次の方法であれば空気呼吸器を着装したまま確保が可能となりますので紹介させていただきます。
ア 使用想定
例えばベランダから三連はしごを使用して要救助者の自力降梯により救出する場合等、荷重側ロープが上方から来る場合等に特に有効となります。
イ 確保要領
(ア)確保対象に正対し、確保ロープを確保員の股の下に通します(写真32)。
(イ)呼吸器を避けて背中から肩の後ろを通り胸の前に確保ロープを持ってきます(写真33)。
(ウ)そのまま胸の前で確保ロープを握ります(写真34)。
ウ メリット
(ア)防火衣を着装していることによりロープによる確保員への身体的負担がほとんどない。
(イ)防火衣及び空気呼吸器を着装していることにより自重が増すため確保対象の幅が広がる。
(ウ)空気呼吸器にロープが干渉しない。
(エ)ロープを股の下に通すため上方から来る荷重側ロープを下方に方向を変えることができ、確保が容易になる。
3 引き込みについて
「余長を取り切ること=弛ませない確保」は、要救助者の引き込み等の際にも非常に重要な技術となります。
表2【救出デバイスの固定長と三連はしごのスパンの関係】は、安全で確実な引き込み等に必要な要素である「高さ」を確保するための目安です。
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この高さを確保するため、余長を取り切ることが重要で「余長とれ」「よし!」には一切の妥協も許されません。
表2を目安に十分な高さを確保することが第一ですが、様々な条件により高さが確保できない(荷重のバランス等によりしない方が安全な場合も含む。)こともあります。
一刻を争う緊急時にありがちな、足りない高さを補うためのマンパワーによる無理やりの「せーの!」は、要救助者を身体的、精神的に動揺させるほか、救助システムを不安定にするなど、多くのデメリットやリスクを含んでいることを知っておかなければなりません。
十分な高さと、「せーの!」のリスクを知ることは、安全な引き込み等への重要な一歩です。
弛ませない確保技術に合わせて、引き込み等の技術も向上させなければならないと考えています。
「確保と引き込みを制する者は、救助を制する」と言っても過言ではないのではないでしょうか。
4 おわりに
冒頭でも述べたとおり、確保は基本的な技術ではあるものの隊員や要救助者の命を直接預かる非常に重要な技術でもあります。
身体確保の限界やロープを弛ませてしまう危険性を理解した上で、確保という重要な技術を確実に身に付け、仲間から安心して命を預けてもらえるよう自ら研鑽を重ねるとともに、自らの命を安心して預けることができるような隊員を育てていかなければならないと感じています。
全ての隊員が「確保よし!」の呼称に責任を持つことが出来るようこれからも日々訓練を重ねていきたいと思います。
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