月刊消防 2025/07/01号 47(07), 通巻553号 p66-7
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アドレナリンを骨髄に投与する
はじめに
去年11月に秋田市で開かれた救急隊員シンポジウムの抄録を入手した。見ると、心肺停止の患者に対し一刻も早くアドレナリン投与することが必要で、そのためには一刻も早く点滴を取るのが正しい、という内容の演題がいくつかある。
アドレナリン関係で今論文がたくさん出ているのが骨髄内投与である。日本の救急隊は皮静脈の穿刺でしかアドレナリンを投与できないが、アメリカなどでは骨髄穿刺でアドレナリンを投与できる。
骨髄ルート
骨髄内に針を留置し、そこから輸液路を伸ばして点滴を行う。これが骨髄ルートである。骨髄ルートの利点は簡単に補液路が確保できること。骨は中が骨髄と呼ばれる空洞となっている。骨髄には血液が出入りしているので、骨にまっすぐ針を刺し骨髄に針先が届けば輸液ができる。皮静脈のように穿刺後に血管が破れることはない。専用の骨髄穿刺針が市販されていて、小児では手でグリグリと押し付ければ穿刺完了、成人では骨が硬いためドリルを使って穿刺留置する。場所は小児では脛骨(スネ)の膝側がほとんどだが、成人では脛骨足首側や上腕骨に行うこともある。足の骨に比べ手の骨は心臓に近いので薬液を素早く全身に行き渡らせることができる。
骨髄にアドレナリンを投与する
臨床医学誌の最高峰、New England Journal of Medicineに載った論文1)を紹介する。イギリスの11の救急医療システムによる多施設研究で非盲検前向き無作為割付試験である。主評価は30日後の生存率であり、自己心拍再開率と退院時の良好な神経機能も評価対象とした。
対象は6082例。ほぼ同じ数で骨髄ルートと静脈ルートを割り振った。30日後の生存率は骨髄ルート4.5%、静脈ルート5.1%で有意差なし。30日後の神経学的に良好な患者の割合も有意差はなかった。自己心拍再開率は骨髄ルート36.0%、静脈ルート39.1%であり有意差を認めている。
静脈ルートより効果は劣る
いくつもの論文を突き合わせて一つの結果を得るメタアナリシス論文が同時期に3つ出ている。
19編の論文、病院外心停止患者約24万人を対象とした論文2)では、静脈ルートは全体の2/3の患者で、骨髄ルートは1/3で選ばれている。結果として骨髄ルートは成績が悪くて、自己心拍再開率・生存入院率・生存退院率・30日後の生存率のいずれも骨髄ルートは静脈ルートに比べて有意に劣っていた。
約1万人を対象とした論文3)では、自己心拍再開率は骨髄ルートは静脈ルートに比べ有意に低く、30日後生存率と神経学的後遺症軽度の患者割合は両群で差はなかった。
もう一つのメタアナリシス論文4)では1772件の論文を精査し9編の信頼できる論文を選択したのだが、それぞれの内容が違いすぎるためメタ解析は行えなかったとしている。
骨髄穿刺するなら腕に
台湾からの論文5)では骨髄ルートを上肢と下肢で比較している。それによると上肢を穿刺した方が下肢を穿刺するより生存退院率・良好な神経学的転帰・2時間を超える生存が有意に高かった。これはアドレナリンが心臓に到達する時間に差があるためだろう。
ラリンゲアルマスク内にアドレナリンを入れる
蘇生時には気管挿管チューブ内にアドレナリンを投与する方法もある。アドレナリンは気管支粘膜や肺胞隔壁から急速に血液内に移行し効果を現す。ただ、気管挿管している患者では普通は点滴もしているので私は行ったことはない。
気管挿管チューブで行けるのなら、ラリンゲアルマスクでも行けるのではないかと実験した報告がある6)。対象はブタの新生児。麻酔し、ラリンゲアルマスクは口から挿入、気管挿管チューブは気管切開をして挿入している。アドレナリン投与については、ラリンゲアルマスクの場合はマスクの部分からとチューブの部分からの2つのパターンで実験している。結果は、心拍数上昇・頸動脈血流量増加・心機能増加は気管チューブ内投与では認められたが、ラリンゲアルマスクでは認めなかった。しかし採血によるアドレナリンの薬物動態には気管挿管・ラリンゲアルマスクの2方法で差は認めなかった。薬物動態が同じなのに効果が異なるのは不思議ではあるものの、ラリンゲアルマスクからのアドレナリン投与は勧められないようだ。
自己心拍は再開しても植物人間が増えるだけ
心肺停止患者に対するアドレナリンの効については「病院前に自己心拍の再開率が上がる」「病院に入院できる確率が上がる」のは間違いないだろう7)。救急隊にとっては生きて病院に入院させるのが目標なので、救急隊員シンポジウムでアドレナリンの迅速投与の発表が多いのは納得できる。
だが私は医者なので入院後の経過の方が気になる。「神経学的に良好な生存退院率」についてはアドレナリンを使っても使わなくても変わらない。生存退院率が上がるのに社会復帰できる率は変わらない7)ということは、全介助や植物状態の患者を増やすことを意味するのだが、それって正しいことなのだろうか、と消防の雑誌ではあるが私は疑問に思っている。
文献
1)N Eng J Med 2025 Jan 23;392(4):336-48
2)Heart Lung 2025 Mar 21;72:20-31
3)Reusucitation 2025 Feb:207:110481
4)Medicina(Kaunas) 2025 Apr 7; 61(4):680
5)J Am Heart Assoc 2024 Nov 4;13(21):e036739
6)Ramsie M; Pediatr Res 2025 Mar 4, Online adenad
7)Am J Emerg Med 2025 Mar 15:92:114-9
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